Run to the Another World第52話


「また始まったか」

「え?」

隣に立つ、グラカスと話していた茶髪の男がぼやいたのを見て思わずアレイレルは男の方を向いた。

「何時もあいつはああなんです。気に食わない奴は徹底的に打ちのめす。そんなスタイルの男ですよ。

それでも私と同じ様に貴族の出身ですからこうして騎士団に居る訳ですけど」

「あの、貴方は?」

アレイレルの問いかけに、首だけを動かして男は答える。

「私は第2騎士団団長のエリフィルです。グラカスとは同期です。宜しく」

「あー、それで呼び捨てだったんだな」

「そうです。古い付き合いですから」

「武器も同じくロングソードなのか」

「はい。さぁ、そろそろ始まりますよ」

エリフィルの声に視線をハールとグラカスの方に向けると、両者が腰を落として構えて向かい合っていた。


ハール・ドレンジー。カナダのトロント出身で現在38歳。彼が日本にやって来たのは酒の研究をする為であった。

実家が酒屋を経営しており、幼い頃から酒に親しんで来た彼にとって、欧米には無い日本独自の日本酒の

作り方を研究する為に日本へと単身でやって来たのである。

そして18歳の時に日本酒の研究をする為に東京へと渡り、酒の修行を積みつつ首都高で車と出会った。

カナダで免許を取得したハールは、車の運転は実家の酒の配達でしかした事が無かったが、高速道路を

猛スピードで駆け抜けて行く世界に一瞬で虜になり、それ以来酒の修行の傍ら車の道にも進む様になる。

欧米人だけあってパワー至上主義のハールは、車も大排気量の物が良いと思い高級スペシャリティクーペの

JZZ30ソアラを中古車で購入。それからは給料が入ればそれをソアラの改造費、そしてテコンドーにつぎ込んだ。


地元は余り治安の良い場所では無かったので、親が自衛の為にと近所のITFテコンドーの道場で

ハールに5歳から修行を始めさせた。最初は嫌がっていたハールだったが、7歳の時にいじめっ子に絡まれ

それをテコンドーで撃退した事から改心してテコンドーに打ち込む様になる。

東京に来てからもテコンドーの道場を見つけ、朝から夕方迄は酒造り、夕方から夜迄はテコンドーの道場、

そして夜に首都高に繰り出すと言う生活を送っていた。そのテコンドーで鍛えた動体視力と運動能力は彼の

首都高での活躍も助ける結果になり、それによってソアラで湾岸線のボスに迄成長する事が出来た。

また、市松孝司のチームであるゾディアックにもスカウトされた他、サーティンデビルズと言う

チームにも移籍して長らくトップクラスの首都高サーキットの走り屋として君臨する。


そして30ソアラも老朽化が進んで来たので2002年に売り払い、乗り心地の良い高級セダンの

セルシオを所有している。今のサエリクスとバラリー以外のメンバーは全て首都高で出会った

メンバーばかりであり、特に同じ北アメリカ大陸出身同士とあってアレイレルとは仲が良い。

更にはアレイレルと一緒にプロのレースの世界にも飛び込み、マスターと言う役職に就く事も出来た他に、

サーティンデビルズのメンバーとして友人から安く譲ってもらったヴェロッサで蔵王の走り屋と勝負したりもした。

今では酒造りを終了し、自分で酒屋を東京で開いて経営している。首都高も降りてセルシオでたまに

サーキットへと繰り出している他に今ではテコンドーも実に33年目と言う長い長い経験を持っているのである。



ハールはその33年のテコンドーの実績と、首都高や峠のバトルで培った度胸を武器に攻める事に。

だが、そのハールの弱点を首都高で出会ったメンバーは知っている。それを真っ先に心配していたのはアレイレルであった。

(あいつ、優しすぎるのが問題なんだよなぁ。気を抜かなければ良いが)

優しい事が悪い事では無いが、その優しさを時には捨てなければいけない事もまた事実だ。

そうして先に動いたのはグラカスで、一直線に走って前蹴りを浴びせようとするがそれをハールは横に身体をずらして回避。

そこから回し蹴りでグラカスに攻撃を当てようとするも、グラカスも剣で上手くハールの足をブロックする。

「ほっほっ!!」

剣と素手ではリーチの違いもあって明らかに勝ち目は無い。となれば接近戦に持ち込むしかないと考え、グラカスの

一瞬の隙を突いて懐へ飛び込みテコンドーの足技は封印してパンチで接近戦に持ち込む。


そうなれば剣のリーチも意味を成さなくなるので、グラカスも距離を置こうとする。

パンチのラッシュの隙を突いてハールの腹に逆に右のストレートパンチを入れ、そこから前蹴りで更に距離を置こうとする。

前蹴りを放った足はハールの腹に入ったが、ハールも強靭な肉体を持っているので

何とか踏ん張ってもう1度接近戦へ持ち込み、グラカスの顔にお返しのパンチ。

「ぐお!」

そして怯んだ所にもう1つさっきのお返しで右の前蹴り。その前蹴りで2人の距離が少し離れる。

それをチャンスと見たグラカスは再び剣を構えて向かうが、ハールもギリギリの所で剣をかわして行く。

それに業を煮やしたグラカスは身体全体でタックルを仕掛けるが、足技主体のテコンドーで培った屈強な

ハールの足腰は滑るだけで倒れない。

「っのお!」

ハールは剣を繰り出して来たグラカスの右腕の上腕二頭筋を、自分の右腕の

上腕二頭筋で受け止め、それを利用して懐に飛び込み彼の身体を地面に押し倒そうとする。

だがグラカスはそれに抵抗し、逆にハールを押し倒そうとするがハールも抵抗。


もう1度押し倒そうと試みるハールだが、グラカスの右足が自分の目の前に来たのを見てその足を左手で、

そしてグラカスの腰を右手で掴んでそのまま投げ飛ばそうとするもグラカスも上手い事1回転して着地。

しかしグラカスの体勢は上半身を屈めているので、そのグラカスの背中の上を今度はハールの方から背中合わせで

回転しつつ飛び越える。そこで体勢を立て直したグラカスはハールに右のキックを繰り出すが

足技の達人であるハールはいとも簡単にブロックし、そのまま逆にグラカスの足を軽く払って彼がバランスを

崩した所で、連続でグラカスの腹から顔に2連続の右のキックを叩き込む。

「ぐあ!」

頭へのキックで後ろによろけたグラカスに一気にハールは接近し、自分が今蹴った彼の頭を掴んで跳び膝蹴り。

更にその跳び膝蹴りそのままの勢いで着地した後に間髪入れず右の回し蹴りを繰り出し、グラカスの胸を思いっ切り

蹴って後ろへと蹴り飛ばした。

「ぬあっ!」

そのまま後ろへと蹴り飛ばされたグラカスは連続攻撃に踏ん張りきれず、よろけて地面へと倒れ込んだ。

これで勝負はハールの勝ちだ。


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