第3部第10話(エピローグ)
翌朝、隆からはまた短い書き込みが届いていた。
「……良かったぜ」
街道を走り始めて数ヶ月。
全てのエリアを制覇した石田だったが、同時に失ったものも大きかった。
エボ3のエンジンブロー、業績不振による会社の倒産。
俺はこれからどうしようか、と考えていた石田であったが、広也の書き込みを思い出した。
「うーむ! 確かにその腕しかと見ました。なんか君はプロ向けなドライバーと見ました。広い世界に出てみてはどうですか?」
「広い世界…か」
誰に言うでもなく、部屋の中で石田はぽつりと呟いた。街道のバトルはもう卒業かもしれない。
全てのエリアを制覇した今、戦う相手がいなくなってしまった。
おもむろに立ち上がり、通帳を見る。
残金は50万円。またエボ3は買えないだろう。しかし就職も今の不況では厳しそうだ。
思いついた案といえば、これしかない。
まずは安い車を買ってカテゴリーレースで賞金を稼ぐ。そして今度は街道サーキットではなく、本当のサーキットへ行くのだ。
富士スピードウェイや鈴鹿サーキットなど。
そこで目をつけられれば、レーシングドライバーとして活躍することも夢ではない。
何か良い車はないものか…と中古車雑誌を漁る。すると1台の黒い車が目に入った。
それは黒い…今まで乗っていたランサーの前身。
(ランサーEXターボか。ドリフトがしやすそうだ)
カテゴリーレースではドリフトバトルになる。ドリフトがしやすいFRなら、何とかいけそうだ。
石田は雑誌に印を付け、そのランタボが売っている中古車屋へ行くために靴を履いて玄関を出て行った。
その夜。現金一括で購入し、そのまま中古車屋から乗ってきたランタボに乗って、もう1度だけいろは坂へと向かう石田。
月末の嵐の日。こういうコンディションで攻めるのは初めてだ。
PAへ向かう前に、何度か上りと下りを往復してみる。FRマシンに乗るのも久々なため、かなり手間取っている様子だ。
(コントロールが難しいな。こういった狭いコースでは車の差って奴はあまり出ないだろうが、それでもな…)
それでもここまで培ってきたテクニックをフルに発揮し、ヘアピンでは手前からサイドブレーキを引いてリアを滑らせる。
2時間ばかり走りこみ、雨はさらにひどくなって風まで吹いてきた。
一旦頂上のスタンドでガスを補給し、そのままPAへランタボを入れる。
すると1台のマシンが目に入った。
黄色のGC8インプレッサ…しかも4ドアだ。
その横では雨が降っているというのに、タイヤの前にかがみこんで何やらもぞもぞしている男が1人。
石田はその男の隣に、ランタボを停めて降りる。
それに気がついた男がこちらを振り返り、話しかけてきた。
「ん…何だよ? あんたのように若い奴が、こんなオヤジに用はねえだろ?」
中年のオヤジ…だが、すさまじいほどの威圧感がある。おそらくあの街道プレジデントよりも速い…?
「あの…俺とバトルしてくれませんか? あまり見かけない方ですから、この機会に…」
「勝負しろだって? うーん…いい歳こいて、ガキと張り合うってのもなぁ…。……しょーがねー、ちょっとだけだぞ」
「ありがとうございます。俺は石田義明と言います」
「藤之木 文太(ふじのき ぶんた)だ。そっちが先行で良いぞ…」
石田先行、文太後追いでバトルスタート。石田のランタボはノーマルだが、先行なのと道幅が狭いのが幸いして
インプレッサをブロックしたままコーナーを駆け抜ける。
130キロに到達し、ヘアピンカーブが見えてきた。石田はサイドブレーキを引き、すべる路面をものともせずアクセルワークで綺麗にクリア。
文太もサイドブレーキターンを使い、4WDのトラクションの良さで立ち上がりで追いついていく。
(失速したら終わりだが…この狭いコースならパワーが無いこのランタボでも、何とかなる)
(ほーう…それなりにはやるな)
石田のコーナリングは悪くない。ノーマルにしては上出来であるが、立ち上がりでもたつくのですぐバックミラーに映るインプレッサの姿が大きくなる!
これには少しばかり危機感を覚える石田。ヘアピンの攻め方がより激しくなる。
急激なブレーキングによりテールスライド発生。そこからターンインしてサイドも利用し、とにかく車を素早く反転させる。
まさにぎりぎりの走り。とてもノーマルとは思えない速さだ。
コーナーで差を広げても、立ち上がりですぐインプレッサが追いついてくる。
しかも…、石田は徐々に車の剛性が失われていくような感覚を覚えた。ランエボ3では感じなかったことだ。
自分の走りは完璧なチューンドカーだからこそ、何度もなせるものだった。
ノーマルもしくは付け焼き刃程度のチューンでは、今のような走りをすると1回のバトルでもう使い物にならないほどになることも。
現に、強い横Gに身体を踏ん張っていたせいかシートががたがたになってきた。
ノーマルのシートではホールド性がない。
(くっ…脚が…!)
次第に体中が痛くなり、気がつくと脚がすり切れてそこから出血している。それほど、強いGを出してそれに耐えているのだ。
それにあまり差が広がらない。このままでは高速セクションで逆転されてしまいそうだ。
連続ヘアピンセクションも残り少なくなってきた。
ここからスパートを駆けて、少しでも文太を引き離そうとする石田。雨が降っているにもかかわらず、異常とも思える突っ込みから
サイドターンとブレーキング、ハンドリング全てを駆使し少しでもインプレッサと差を付ける。
ここらまでくれば、ヘアピンとヘアピンの間の直線が短くなるのだ。
そうして少しだけ差を付けることに成功してはいたが…問題はここからだ。
この後の高速セクションでは2速の領域から一気に4速の領域になる。高速に目が慣れてないため
高速コーナーが鋭く感じる。それはバトルに慣れているほど感じやすい。
(後はここだけ乗り切れば…!)
しかしその一瞬の気の緩みを見逃さず、文太が横にインプレッサのノーズをねじ込んでくる。
(ふーん…まぁ勝負をかけるとしたら…ここぐらいしかないか)
1つ目のトンネルの中の橋をクリアし、サイドバイサイドに。その後の2つ目の橋でも同じだ。
その後はコーナーが3つあり、3つ目の橋を渡って後はストレートだ。
石田のラインは3つ目の左コーナーに対してはアウト側だったが、アクセルべた踏みでに突入!
(曲がりきれるのか…?)
文太はアクセルを抜くが、石田はいけるという自信があった。
首都高で鍛えた高速コーナリングと、
ここで鍛えた走り…全てを合わせ、見事にぎりぎりのラインでクリア。
(よしっ!)
また前に出ることに成功し、その後のストレートではきっちりブロック。石田は抜かれることなくゴールしたのだった。
「ほお、今のガキもなかなかいい筋してるじゃねーか。ちょっとだけ驚いたぜ。…さてと…そろそろ帰るとするか…。じゃあな」
そういい残し、文太はインプレッサに乗り込んで走り去っていった。
全神経を使い切った石田はランタボに乗り込み、死んだように眠りについていった。
翌朝、そのまま朝まで眠ってしまった石田が家に戻ってパソコンを開くと、文太から書き込みがあった。
「ふーん。オマエ、いい腕してんなぁ」
それを見た石田はパソコンを終了させ、ランタボのキーを持って富士スピードウェイへ向かうために、玄関を出た。
また桜の時が来て、次のステップへと踏み出される。
石田の物語の舞台は、新たなステージへと進み出す。
第3部 完