第3部第7話
バトル後、広也との会話は特になく、疲れたので社宅へ戻ることにした。
翌朝起きてBBSをチェックすると、広也から書き込みが。
「うーむ! 確かにその腕しかと見ました。なんか君はプロ向けなドライバーと見ました。広い世界に出てみてはどうですか?」
広い世界…?街道以外にも行けと言うことか? そう考えたはいいが、まだ下りのボスを倒していない。
考えるのはそれからでも遅くないだろうと掲示板を閉じようとすると、今度は別の書き込みがあった。
「軽量化は私の最大のテーマであり、それは街道を走る上で一番効果的なチューニングであり、
つまりは私の車と勝負をしてくれる方を募集ということであります。」
もしかしてこれが、下りのボスからの書き込みなのだろうか?そう考えて返信をし、仕事へと向かった。
相変わらず仕事は単調で飽きてくる。
プログラムコードは字が小さいので目が疲れてしょうがない。まぁそれもいつものことなので目薬を差し、8時に仕事を終えて六甲山へ。
頂上のPAにつくと、青い小柄なマシンが1台。しかもハデだ。石田も雑誌などで見たことがある。
(ロータスの…エキシージ?)
エキシージはロータス・エリーゼのクーペである。2000年〜2001年にイギリスを中心として開催された、
エリーゼによるワンメイク・レースである、autobytel championship用に開発されたスポーツエリーゼがベースとなっている。
スポーツエリーゼとエリーゼとの違いは、フロントとリアのトレッドを拡大し、
タイヤはインチアップされ、ブレーキ・サスペンションは専用品、カウルはカーボン化され、クローズドボディ化されており、
外見は通常のエリーゼよりもかなりアグレッシブに変わっている。
そんなスーパーライトウェイトマシンがこんなところにいるなんて…。そのエキシージを見ていると、後ろから突然声をかけられた。
「何見てるんだよ人の車…? パーツでも盗もうって気じゃないだろうな?」
なんだこいつは…と思った石田だったが、確かにじろじろ見られたら不愉快だ。
「…すいません。あの、俺は石田義明って言うんですが、BBSに軽量化がテーマで…とか書き込んだのはあなたですか?」
その男は赤髪で片方の目を隠している。隠れていない方の目が僅かに細まる。
「ああ、あんたか。あの書き込みは俺だ。俺は手塚 彰介(てづか しょうすけ)。…エボ3か…まぁ、エボシリーズの中では軽い…か。
だがダウンヒルは軽さだ! 軽さは全てに置いて多大な影響力を持つ。ブレーキング、コーナリング、加速力。悪いが君のエボ3に勝ち目なんて無い」
ここのボス達は自信ありまくりだなぁ、と石田は内心で関心していた。
エボ3とエキシージが横に並ぶ。
「行くぜ! 3,2,1,GO!」
最初はトラクションが良いエボ3が先行。エキシージはぴったりくっついてくる。
連続低速S字セクションは下りでは結構こたえる。
最初のストレートを抜ければ、コーナリングの勝負へ移り変わっていく。踏めるところもほとんど無い。
(あいつの走りもなかなかのものだ。気を許したら負ける。パワーは圧倒的に俺のエボ3のほうが上だが…)
エキシージはその軽さと小柄なボディを生かし、少しでもスペースがあれば抜けるとばかりに鼻面をねじ込んでくる。
突っ込み勝負では軽いエキシージに軍配が上がるので、立ち上がり加速で差をつける。
必死に連続S字セクションをクリアし、連続ヘアピンセクションに入る。
必要最低限のテールスライド、立ち上がり重視の走り。
サイドブレーキターンを上手く使い、トラクションの差でエキシージを引き離す。
(ブレーキングとコーナリングでは差をつめられるが、立ち上がりはこっちの方が断然有利だ。突っ込みで追いつかれても、立ち上がりで引き離せる!)
(速い…! ランエボやインプレッサとは何台もバトルしてきたが、今まで立ち上がり勝負でここまで引き離されることはなかった!)
唯一ランエボより利点である軽量ボディを頼りに、手塚はギリギリのブレーキングで進入。
ミッドシップのため立ち上がりも良いが、ランエボと比べると劣る。
橋のストレートでは石田が思いっきり手塚のエキシージを引き離していく!
そのストレートで140までスピードを出す石田。そして思い切り手前からブレーキングも併用してサイドを引き、
エボ3を横にしてきつめの右コーナーをクリア!
ちょっとリアがぶつかったが、その反動を利用して左コーナーもクリア。それを見て手塚はショックを受け、エキシージをスローダウンさせた。
(この狭い六甲で、あそこから車を横にして突っ込むか!? 俺にはあんな真似できねぇぜ!)
手塚のエキシージを振りきり、停まるのもめんどくさいので社宅へと戻った石田。
翌朝、BBSをチェックすると手塚から書き込みが。
「車の軽量化もそうだが先ずは私が軽量化しないといけない様だ。目標60キロ!」
そんなの知るかと思いつつ、簡単に朝を済ませて目薬を差し会社へ。
すると上司から、石田の代わりに新人が入ってくるのでもう東京に戻って良いとの通告があった。
石田の六甲でのバトルは、こうして終わったのだ…。