第3部第4話
ランエボ3を買い、夜遅くまで仕事が長引こうが早めに終わろうが、毎日箱根へ繰り出す石田。
上りにバトルを絞るが、これまでのスターレットとは大違いだ。
「マイベック信幸」と呼ばれているミラージュだろうが、「スペシャリティ蘇我」と言われるプレリュードだろうが、
「ハイカムの彷徨」と呼ばれるインテRだろうが、あっさり振り切れる。
走り込んでしまった時はそのまま銭湯へ行き汗を流す。エボ3で会社へ行き、車の中で着替えをしたり朝食を取ったり、
また新聞を読んで時間を潰し、目薬を差して出社する。
セダンならではの車内の広さも、石田にとっては嬉しいらしい。
(速い上に移住性もある。便利だ)
相変わらずプログラミングは疲れるので、上司の目を盗んで街道掲示板をチェック。
するとこんな書き込みを発見。
「FRは車の王者であり、それはつまり街道の覇者でもあり、つまりは私に破綻は無いのである!!
異論があるヤツは書き込んでくれ!」
とりあえず「異論あり!」と書き込み、仕事が終わってから箱根PAへ。
そこには大字が待っていた。
「あれ? 久しぶりだな。最近は榛名の方に行ってボスを倒したって話だったが…どうした? 車もランエボになったな」
「FRは街道の覇者といっている書き込みがあったから、返信して来たんだ」
その言葉に大字の顔が変わる。
「それ、多分俺が前に話したシルビアの倉川って奴だ。麓のPAに居るからついてこいよ」
というわけで、軽く大字とバトルしながら麓へと下る。
(さすがにランエボは速い! 俺でもついていくのがやっとだな)
三菱好きな大字は、石田がランエボに乗り換えたのがちょっと嬉しそうだ。
麓のPAに着くと、そこには薄いイエローと灰色のツートンのS13シルビアが。その横には黒髪黒目の男が立っている。
その男は石田に気付くと、こっちに向かって歩いてきた。
「あなたですか? 私の論説に異論を唱えたのは」
「そうだ。あんたが倉川って人か?」
「倉川 巧(くらかわ たくみ)と申します。…ランエボですか。4WDはアンダーが出やすいでしょう? FRは簡単に向きを変えられるから楽ですよ」
「それはバトルで証明してもらおう」
「良いでしょう。榛名のボスは倒せても、私は一筋縄ではいきませんよ?」
スタート地点に2台が並ぶ。カウントは大字だ。
「良いか、行くぞ! 3,2,1,GO!」
最初はすぐに左コーナーがある。イン側に並んでいた石田は、4WDのトラクションも手伝ってあっさりと前に出る。
その後には長いストレート。
そこであっさりと振り切れるかと思ったのだが、何と離れるどころか加速で前に出ようとしてくるではないか!
(・・・速い!?)
何とかブロックして凌ぎ、左ヘアピンでのブレーキングで差をつける。
しかしコーナリングはシルビアが速い。
立ち上がりも最初は勝てるが、その後の加速の伸びがすごい。
(さぞかし驚いているでしょうね。私のシルビアはライトチューンですが、ギア比を思いっきり中低速重視にして
ストレートで負けないようにしているんです。手を抜いてると、どこからでも抜きますよ!)
連続コーナーを抜け、中盤にある高速コーナーを抜けてストレートへ、ここで巧は思いっきり抜きにかかってきた。
(…ここでシルビアが来るのか…!)
(突っ込み勝負で前を取る!)
横並びになり、右ヘアピンへブレーキング。巧はものすごい突っ込みを見せ、半車身リードしたまま左ヘアピンへ。
イン側にいる石田が有利かと思われたが、何と巧はアウトからハイスピードでコーナリングし、そのまま石田は抜かれてしまった!
(このまま逃げ切って、私が勝利ですよ!)
(まだだ…パワー的にはこっちが有利! 落ち着け…)
深呼吸をして、シルビアより勝っている所を探す。
突っ込みは互角、コーナリングスピードは向こうが上、ストレートの加速の伸びも奴が上! 勝っているところは…立ち上がりで加速していくところだけ!
そこに的を絞り、最後の少しダウンヒルが混じるストレートで勝負をかけることにした。
コーナーでは何とか突っ込みでくらいついていき、最後の1個手前にある左コーナー。ここの突っ込みで巧の横に並び、立ち上がりで抜き返す。
巧のシルビアは若干失速したが、後残っているのは左のコーナーとストレートのみ!
神にすがるような思いで、思いっきりエボ3のアクセルを踏み込む。
(俺は首都高の時みたいに、途中であきらめたくはない!)
ストレートでブロックをかわしてシルビアが並んできたが、時既に遅し。エボ3がリードして勝利したのであった。
「速いな…シルビアも。加速で追いつかれるとは思わなかった」
「私も…少しだけ、FR以外のマシンも認めざるを得ないのかもしれませんね。いい勝負でした。ありがとうございました」
2人はがっちりと握手を交わして分かれた。
翌朝には掲示板に巧の書き込みが。
「出直しますので、私が負けた事は、内緒に・・・・あっ、書き込んじゃったよ。管理人さん、削除お願いします。」
書いてる途中で気づけよ、と思いつつも、これで箱根は完全制覇。続いては榛名の上りのボスを倒すことに。
巧に勝ったのは水曜日。金曜日にまた榛名へ繰り出し、上りのライバルを3日かけてどんどん倒していく。
その後はまたプログラミング…と最近行動パターンがマンネリ化してきているよなぁ、と思いつつ、次の週も榛名へ。
「ミッドランディング」と呼ばれるMR2や、「ライドスティール」と呼ばれるスカイライン、富士スピードウェイでS2000を
廃車にされた「湾岸青龍」と呼ばれるS2000などを次々と倒す。
翌日の土曜日には、「RBスピリッツ」と呼ばれるドリンクを飲みまくるR32GT−R、
「MMC菊池」と呼ばれる、大字の通っている喫茶店のマスターのランエボ6を、タイムアタック勝負で打ち破った。
ボスはまだか? と思いつつ、翌朝は日曜日。
この日もカテゴリーレースに参加しまくり、この2週の間でたまった資金は50万に上る。
これを使い、1週目はシートをバケットシートに変更。リアシートをはずすなどして軽量化も施し、エンジンのパワーアップも少し施した。
2週目にはコンピュータを自分でいじくりリミッターを解除し、ストレートで負けないように中速のトルクを太くする。
伊達にプログラマーをやっているわけではない。
空を見ればもう夕方。ロムを組みつけて旅館に戻り、BBSをチェックする。すると…。
「この辺ウロチョロしてるヤツ、出てこーーーーい!! 返事しろ!!バトルだ!! ウォーーー!」
駄目だこいつ…早く何とかしないと…と思いつつ、俺ですと返信して榛名PAへ。
そこに行くと、銀色の80スープラが停まっていた。
だが次の瞬間、石田は自分の目を疑うことに。何と降りてきた男は……!
(俺…ついに目がおかしくなったか?)
何とパンツ一丁。それでも何事もないかのように団扇で扇いでいる。
石田は話しかけずに帰ろうかと思ったが、あろうことか奴は石田に気づきこっちに来た!
(こっちくんな…)
「あ〜ん? お前か? この辺ウロチョロしてるって言うエボ3乗りは? 全く、俺を差し置いてトップになろうとは度胸があるな」
あんたのその格好で動き回れる度胸がすごいよ…と思いつつ、話したくないのだが自己紹介。
「俺は石田義明といいますが、頭大丈夫ですか? 一歩間違ったら犯罪ですよそれ」
「がはははははは! まぁいいじゃないの? それよりバトルだバトル!! 俺は矢部 洋司(やべ ようじ)だ。俺のスープラと勝負してもらおう!」
これ以上話していると頭がおかしくなると感じ、黙ってエボ3に乗り込んでスタート地点へ。上りは右に曲がりながらのスタートとなる。
矢部はパンツ一丁でバトルするらしい。
色々突っ込みどころ満載だが、これ終わったらさっさと帰ろうと心に誓った。
「3,2,1、GO!」
スープラはイン側だったが、エボ3がトラクションのよさでまずは先行。最初は中速コーナーが連続するので、
ここでなるべくリードを広げておくことに。
(とりあえず、負けたら末代までの恥だな)
中速コーナーを抜けて、シビック自爆ストレートへ。ここでは3リッターのスープラが一気に差を詰めてくる。
(コーナーは負けるが、ストレートは負けられないぜ)
実は矢部のスープラ、峠仕様にディチューンされているのだ。パワーを落として扱いやすさを重視している。
突っ込みからコーナリングではエボに負けるが、立ち上がりでは3リッターを活かしてくらいつく。
特に連続ヘアピン後の高速セクションは速い。
ストレートでスープラがエボ3を追い抜き、怒涛の加速でエボ3をスープラが引き離していく!
(またストレートで負けるのか?)
石田は少しずつ離れていくスープラを見るが、顔つきは冷静だ。なぜならこの後に待ち構えているのは…。
(ここまで差をつければ奴もあきらめて……あきらめ……て!?)
ストレートで思いっきり引き離したと思っていたのだが、左ヘアピンコーナーへのブレーキングで追いつかれる!?
高速ブレーキングは石田の十八番だ。
上りなのでブレーキも利きやすいため、思い切った突っ込みで飛び込む。
スープラはボディがでかいため、コーナリングはあまり得意ではない。
反対にエボ3は切れるようなコーナリングでインに飛び込み、スープラを抜き返す。
連続中速コーナーの区間でどんどん引き離し、エボ3がスケートリンクを駆け抜けると、スープラはゆっくりとスローダウンして行った。
(駄目だ…勝てない。コーナーで負けてたら、このスープラのパワーで、ストレートで追いついてもまた離される! ここまでか…!)
矢部とはもう関わりたくないので、そのまま旅館で1泊した後高速に乗って、東京へ戻る石田。
すると、矢部から書き込みがあった。
「勝負には負けたが、気迫では俺は勝っていたな!! ガハハハハハ!」
知るかと思いつつ、インフォメーションを見るとこんな記事があった。
第二いろは坂が走れるようになった、と。榛名よりは近いからいいか、と思いつつ、目薬をさして布団にもぐりこむ石田であった。