第0.5部第3話


4月まではまだ3週間程時間がある。そこで連が令次にドラテクを教え、岸が駆け引きの相手として一緒に走ることになった。

聞くところに寄れば、令次は山梨県生まれ。ちなみに早生まれだそうで、3月2日生まれの連とは2日違いで3月4日生まれらしい。

5年前に東京の医大で外科医になるために、上京してきたらしい。今月で22才になったばかりの、まだまだ走り屋としては若造だ。

しかし、日本の医大は6年制が原則なので、今年で5年生…再来年の2002年3月には、令次は卒業してしまう。

「22か、若いんだな」

「そう言う連さんは、おいくつなんですか?」

「俺は27。4つ上だな。…しっかし、医者の卵かよ。医大は下手な大学入るよりきついって聞いたぜ。

そんな頭が良い奴が、何で車で馬鹿やってるんだ?」


だが、その連の質問に対し、令次は目を泳がせる。

「あー…えっと、俺は本当は、プロレーサーになりたかったんですよね。でも…でも、俺の家は代々医師の家系なんで、俺も…。

俺には妹が居るんですけど、その妹は先にこっちに来て、走り屋になったって…」

「走り屋に?」

「ええ。でも、それ以外の情報は何も…。でも、あいつがうらやましいですよ。俺と違って自由気ままに過ごしているんで」

聞いたところに寄れば、医学部を卒業して医師になったとしても、結構労働時間が長いのだ。

確かに給料はそこそこ良いのだが…というのが令次の調べらしい。

どうやら、あまり触れたくないことを連は聞いてしまったようである。

「あー…わ、悪かったな、変な事聞いて」

「いえ、全然大丈夫ですよ。ところで…具体的にはどんな練習をするんですか?」


連の提案したメニューはというと、まずは走り込みの量を増やすこと。

新環状線や湾岸線がサーキットとして開通した時の為に、新しく買う車の資金を貯めること。

ハチロクで湾岸線で、GT−Rやスープラ相手に直線勝負だなんて無謀だ。

そして…最終的に「首都高最強」の名前を得ること。

「俺らは資金的な面で援助は出来ないから、そこは自分で何とかして欲しい。

それから最近は、新しいチームがどんどん首都高サーキットに乗り込んできている。ライバルリストも作成しないとな」

令次自身は免許を取ってからこのハチロクで、忙しい授業やアルバイトの合間をぬって、山梨のワインディングや箱根を攻めていたらしい。

そんな折に首都高がサーキットになったという話を聞き、安全に走れるコースという事で今年から乗り込んで来たと言う。


ちなみに今回からは「SPゲージ」に変更が加えられ、他者との接触や壁への接触でも、SPゲージが減るようになったのだ。

前は「後ろに居る時だけ」減って行くといったSPゲージだったが、今回からは更にバトルに臨場感が増しそうだ。



それから3日後。全ての準備が整った3人は、まずは環状線へと乗り込む事になった。

と言っても、ハチロクでどこまで戦えるか…。

という訳でまずは情報収集を行うことになった。連は前に情報収集をしていたが、

今回岸が強力な助っ人となった。


岸の普段の仕事はジャーナリストなのだ。基本的には印刷メディアのために書く人。日本においてはジャーナリストを名乗る際の

特別な基準は存在せず、実績を伴わない者や名乗るに値しない者でも、何らかのメディアに寄稿さえしていればジャーナリストを

名乗っても間違いとは言えない。また、ジャーナリストとなるために必要な資格も存在しない。より専門的な分野を

得意としていることを示すために、●●ジャーナリスト(例 野球ジャーナリスト、軍事ジャーナリスト など)を名乗ることもある。

ジャーナリストの中でも、特に記事執筆のために必要なデータ収集を専門とする人間を「データマン」、

そしてデータマンの集めてきたデータを元に記事を執筆する人間を「アンカーマン」と呼ぶ。

いわばデータマンはアンカーマンのアシスタント的な役割を果たしており、

多くのジャーナリストはまずデータマンとして経歴をスタートし、経験を積んだ上でアンカーマンとなるのが一般的である。


岸は一応データマンとして主に活動している為、その経験を活かしてPAで情報収集をしていく。

もちろん令次、連も一緒にだ。



こうして集まった情報を元に整理してみると、新興チームがたくさん出てきていることがわかった。

更に、その上にいる「MIDDLE BOSS(ミドルボス)」と「ZONE BOSS(ゾーンボス)」の存在もわかった。

ミドルボスはいくつかのチームを束ねる存在で、めったなことでは勝負に乗ってくれない。

ゾーンボスはその通りそのゾーンをまとめる存在で、今のところ環状線では、それぞれ3人ずつ決まっているのだという。

4月に新しくオープンする新環状、横羽線、湾岸線のボスはまだ決まっていない。

そして更に、重大な事がわかった。


「おい連! あの…RX−7の奴は、BIG BOSS(ビッグボス)になっているんだってよ!」

「ビッグボス…?」

ビッグボスはその通り、「首都高最強」になった者に与えられる称号らしい。

当然、連は納得が行かない。

「首都高最強だと!? 俺は確かに負けたが、あそこは首都高じゃねえ…これは納得できないな!」

「僕も…それは納得行かないな。…でも、僕等じゃ今のあいつには…」


連と岸は令次を見た。

「え…え?」

「だからこそ、若くて体力があって、頭が切れる奴に代わりにやってもらう…そうだろ?」

「そうだな」

何でも弟子に任せるのは良くない…が、この状況ではそうも言っていられない。

だったら、可能性のある方に賭けてみるのである。


まずは環状線の制覇の為に、そのミドルボスとゾーンボスを倒す事だ。

と言っても、すでに何チームかのメンバーはハチロクで撃破してきている令次。

そこで、岸は令次にこんな事を聞いてみた。

「令次はどこでハチロク、カスタムしてるの?」

「カスタム…? ああ、知り合いからパーツもらったり、中古パーツつけたり…ですね」

「アルバイトはしてるの?」

「いえ…3年まではしていたんですけど、生活費に…。で、今の時期は論文やらレポートやらで、バイトの時間が無くて…」

「そっか…」


すると、その話を聞いていた連がこんな事を言い出した。

「あ…令次がもしよかったらなんだけど、俺が世話になっているパーツショップがあってな。そこ、行ってみないか?」

「え、良いんですか?」

「ああ。岸も行くか?」

「あ…じゃあ、行って見ようかな」

そう、連が2人と共に向かったのは、ご存知…。



「…弟子…か」

「沢村工房」のオーナー、沢村洞爺は3人を店の中に案内し、連と岸から事情を聞くと何やら考え込んだ。

「ええ、それで事情は説明した通りなんです。令次なら…令次なら、俺は…やってくれると思うんです。

勿論俺も最大限の協力はします。だから…どうかお願いします!」

「ぼ、僕からも! 僕からもお願いします!」

岸と連は沢村に、必死に頭を下げる。


それを見てあっけに取られている令次に対し、沢村が声をかけた。

「宝坂令次…だったか?」

「は…はい」

「令次は、本当にトップを取りたい…それもこの連とは違って、今度は湾岸線や横羽線を含めた、首都高全域だぞ?

いくら安全なハイテクサーキットになっているからと言って、車をコントロールするのは人間だ。

一歩間違えば高速スピン、そしてクラッシュ、下手すれば死ぬ。…それでも、令次にはその「首都高最速になるための覚悟」はあるのか?」

「……!!」


そう、確かに沢村の言う通りだ。ヘルメットとグローブの装着、最低限の安全確保に関する車の装備が

義務付けられた首都高サーキットだとは言え、ベースは公道。

路面はぐちゃぐちゃで荒れ放題、定期的にメンテナンスがされてるとはいえ、ホコリやゴミだって

コーナーに溜まって滑ったりする事がある。


そして、令次自身は何の為に首都高を走っているのかは…自分自身でも良くわかっていない。

しかし、この2人と出会って目標が出来た。やるからにはトップに上り詰めてやる、という感情が湧き出てきた。

「…はい、あります。やるからには上へ…俺は頂点を目指したいです!」

その令次の力強い言葉に、沢村ははぁ、とため息を吐いた。

「はは、全く連と言い、この令次と言い…ここまで打ち込もう、とする奴は現役時代から見てもあまり居なかった。

…よし、わかった。なら…ハチロクを入れろ。面倒見てやるから」

「ほ、本当ですか!? ありがとうございます、沢村さん!」

令次もガバッ、と頭を下げた。


カスタムの当ても決まったが、見返りはやはり「バトルに勝つ事」だ。

そのために環状線外回り、内回りで連の指導を受けつつ、バトルを数多くこなしていく令次。

令次はなかなかセンスが良く、ハチロクだけのチームのリーダーを倒したり、はるか先を走るアザーカーの動きを読んで

相手の動きを封じるなどの荒業を成し遂げる。

これも頭の回転のよさから来るものなのだろうか? それとも偶然か…。


しかし、インプレッサとレガシィのチームリーダーや、セダンばかりのチームのリーダーにはまるで歯が立たない。

元からの性能差が違いすぎる。

ハチロクをこのままカスタムした所で、所詮はハチロク。首都高で走るには余りにもきつ過ぎる。

それでも粘り強く、コーナーで仕掛け、相手が突っ込みについて来れなくなったり

アザーカーに上手く引っかけたりと強引な手も使って、チームリーダーを12チームある中で、4人撃破した。


すると、後ろから誰かがパッシングしてくるではないか。

チームリーダーや、たまにチームメンバーからパッシングされたことのある令次だが、リーダーを倒した直後というのは…初めてだ。

「誰か来てるな…えーと…?」

連が後ろを見てみると、そこには見たことの無い灰色に近いシルバーの車が1台。

甲高い音からすると、NAマシンのようだが…連はこの車を知らない。

(何だこの車…どうもハッチバックの車みたいだけど…)


ハザードを消し、いつものごとくSPバトルがスタート。

しかし、令次のテクニックは確かに凄かったが…それだけではどうしても越えられない壁が、目の前にこの瞬間現れた。

「れ、連さん…!」

「何だあの加速!?」

そう、謎のハッチバック車はテクニックがどうこう以前に、明らかに性能がハチロクよりも上。

内回りで、しかも霞ヶ関トンネル入り口の右コーナーからスタートしたが、瞬く間に引き離されていく。

コーナリングの挙動からすると、どうやらFFっぽいが…コーナーで詰めようにも詰められず、

あっという間にそのハッチバック車は令次と連の視界から消え去っていった。



「と言う訳だったんですけど…コーナーでも直線でも、引き離されるばかりで…」

連と令次は沢村のショップで、待っていた沢村と岸に謎のハッチバック車のことを話した。

「ハッチバックでそこまで速い…奴が居るのか?」

「ええ。それで俺も見たことが無い車だったんで、沢村さんなら何かわかるかな、と思いまして…」

カー雑誌の編集者である連でも、あの車は見たことが無いと言う。

「何か…わかる事は無かったか? メーカーとか、車名とか…」

「いえ…速すぎて呆気に取られているうちに、振り切られましたよ。な、令次」


その連の同意に令次は首を縦に振り、あのハッチバック車のことを思い出す。

「はい。でも運転席側から見ててわかったのは、ええと…3ドアのハッチバックで、NAエンジンでした。後FFっぽかったです、動きが」


すると、今度はその話を横で聞いていた岸が口を開いた。

「もしかして…」

「え? 何かわかったのか?」

「あ、いや、わかったんじゃないけど、心当たりがあるってだけで…参考になるかどうか」

「何だよ、話せよ!」

連も令次も沢村も、岸の次の言葉にワクワクしていた。


そんな3人を見て、岸は決心して口を開く。

「じゃあ話すよ。……それ、多分日産のパルサーじゃないかな」

「「ぱるさー?」」

岸の言葉に、連と令次の声がハモった。

「ああ。僕は最初、3ドアのハッチバックでNAでFFって聞いて、シビックあたりかなって思ったんだよ。でも違ったんだろ?」

「ホンダ…には見えなかったな」

「だとしたら…頭の中の人海戦術で車種リストに追い込みをかけて行ったら、それが浮かび上がったんだ」


だが、岸はまだ確信がもてないようで、沢村にパソコンを貸してもらえないかとお願いしてみる。

「パソコン? 良いけど、何に使うんだ?」

「えっと、インターネットに繋がってますか? そのパソコン」

「ああ、繋がっていることは繋がっているけど…検索かけるのか?」

「はい。お願いします。『パルサーVZ−R』で。VZ−Rはアルファベットで」


沢村はパソコンを起動させ、岸に言われた名前を入力して検索をかける。するとその車の画像が貼ってあるサイトに行きついた。

その途端、連と令次の顔が変わった。

「あ、これ! これだよ岸! 俺と令次が見た奴!」

「そうです! これで間違いありません!」

「やっぱりか…」


4人の目の前に現れたの画像の車、それはかつて日産から発売されていたパルサーセリエ3ドアに、スーパー耐久(S耐)レース向けとして、

専用のSR16VEエンジン(通称赤ヘッド)は専用シリンダーヘッドや吸排気を採用し、

クランクシャフトとフライホイールのバランス取り、ポートと燃焼室、吸排気マニフォールドの研磨などのチューンを施し、

当時1.6Lクラス最強の200psを発生した『パルサー セリエVZ−R N1』だった。

N1はハッチバックとセダンを合わせ、全部で限定200台という超希少モデルである。



その説明文と画像を見た沢村が、ポツリと呟いた。

「こんな車相手じゃあ…単なるスポーティカーのハチロクじゃ、歯が立つわけ無いな…。N1仕様だったら確かに速いだろうな。

本当にレースの為の限定…連、お前のニスモのR32と同じだ」

「俺のと…ですか?」

「そうだ。シビックタイプRに勝つために、日産が気合入れたと書いてある。…テンロクで200馬力なんて、考えられないぞ、これは」

沢村は本気で驚いている様だ。

そして3人の方へ向き直った沢村は、はっきりと令次に告げた。


「この際だからはっきり言おう。ハチロクじゃあこの車に勝つのは無理だ!」

「ええっ!?」

令次が驚きと悲しみが混じった声を上げた。

しかし、それにかまわず沢村は続ける。

「ハチロクはどんなにエンジンを改造したって、せいぜい出て200馬力くらいが限界だ。かといってエンジンを載せ変えたら、

今度はボディや足回りもごっそり別パーツに変えなきゃいけない。

向こうはノーマルで200馬力。こっちは限界ギリギリの200馬力。それにFFだから向こうも軽い。大して車に差は無いな」

「な、ならどうすればいいんですか、沢村さん!」

連が必死の形相で沢村を問い詰める。

「とりあえずそいつが出てきても無視して、他のチームのメンバーたちをもっと倒して来い。そいつはミドルボスとか言われる存在なんだろ?

凄い車に乗っている奴…だったら、こっちも凄い車を用意する。…5日くらい待ってくれないか。当てがある。

それまでになるべく、多くのチームメンバーを倒して来るんだ。…レギュレーションが無いんだから、この際何でもありだ」


いきなり車を乗り換える発言をし出した沢村。しかしそれに対して令次が、最もな質問を沢村にぶつける。

「なら、ハチロクは売るってことですか?」

だが、それに対しては沢村は横に首を振る。

「いいや、ハチロクからはバケットシートやステアリングを移植するから、その車が来るまで待っていてくれ」

凄い車を手に入れられることになってしまった令次。果たしてこの先、どうなってしまうのだろうか?


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