第0.5部第4話
5日後。言われた通りに連と令次はハチロクで、そのパルサー以外の走り屋はあらかた倒した。
だが、車の性能的にどうしても適わないチームも多数…。
そこは仕方が無い、と諦め、ライバルリストにどんどんチェックを入れていった。
それから情報収集もして行く内に、面白い話も聞いた。何でも「ミドルボス」、「ゾーンボス」には暗黙の了解があるらしい。
「小排気量車に乗っていないと出現しないボス」、「中排気量車に乗っていないと出現しないボス」、「大排気量車に乗っていないと出現しないボス」
の3人ずつ、ミドルとゾーン合わせて計6人で、1エリアが構成されているらしいのだ。
それぞれの排気量ごとに、環状線で1番速かった者が選出されたらしい。しかも全員が新参者なのだとか。
令次の場合はハチロクなので、「小排気量車に乗っていないと出現しないボス」に当たってしまったというわけだ。
だがそれとはもう1つ別に、良い情報も舞い込んできた。
「1度出現したボスは、倒すまで何度でも挑戦することが出来る…が、その他の排気量のボスとは戦えない」
といった暗黙の了解・その2が制定されているらしい。
つまりこのルールをうまく使うと、こうだ。
まずは小排気量車で「小排気量車に乗っていないと出現しないボス」を出現させ、一旦負ける。
そしてその後そのボスに大排気量車で挑めば、比較的楽に勝てる、という訳だ、というのは令次の弁である。
「よ、良くそんな手段を思いついたな」
「姑息というか…」
「やだな、クレバーと言ってくださいよ、岸さん」
一瞬、令次のその顔に、嗜虐(しぎゃく)の笑みが見えたような気がした岸と連であった。
((もしかして…結構サディストか?))
その後。沢村の元へと向かった3人を待っていた車は…何と!
「これは…! 俺のR32と同じくらい凄いじゃねーかよ…」
「え…え? これを本当に俺が!?」
「すげーな…こう来るかよ…沢村さんも結構、えげつないことするもんだな」
3人の目の前に現れたその白い車…全日本GT選手権で活躍している、大排気量FR車。
そう、トヨタのJZA80・スープラRZだ。
「ハチロクはFRだからな。同じトヨタの車でFRで、首都高最速を狙える車と言ったら、これしか無いだろう?」
沢村は自信満々に答える。
「初期型だけど、280馬力あるしな。これでいいか?」
「は…はい! 勿論です! 本当に…本当にありがとうございます! 沢村さん!」
令次、岸、連は深々と頭を下げた。
早速使えるパーツを移植…する前に、令次の作戦を実行するために沢村に計画を話す3人。
「んーむ…まぁ、悪くは無いかもしれないが…」
「が?」
「向こうのパルサーは環状線のボスだ。奴はコーナリングが相当速い筈だ。こっちがスープラだからって油断は出来ないと思う。
そこでだ。まずはこのノーマルの状態に慣れてから、色々問題点を指摘してくれ。
コーナーで踏ん張りが利かないとか、加速の伸びが悪いとか。その上でカスタムの方向性を決めようと思う」
という訳で、まずはスープラに乗り換えて首都高サーキットへ。バトルもするが、今回は性能もチェックする。
となれば、後ろから令次を連と岸でR32で追いかけ、後ろからスープラの動きをチェックすることになった。
スープラとR32の2台が環状線内回りを駆け抜ける。
そしてR32の中で、令次の運転を見ていた岸が感想を漏らした。
「うーん、全体的にハチロクの名残が残っていると言うか、突っ込みすぎてグリップアウトしちゃってるというか」
要は、スープラの重さに振り回されているということだ。
時折バトルにも突入するが、スープラの性能で勝っているといわざるを得ない。
まずはこの癖から直していく必要がありそうだ。
「俺と同じ…だな」
連はシルビアからR32に乗り換えたばかりの頃の自分を思い出し、苦笑いをもらした。
令次にハンズフリーで連絡を入れ、近くのPAで今度は連がスープラの助手席に乗り、岸が後ろからR32で追いかける。
そして他の走り屋たちとバトルを交えつつ、令次の突っ込みすぎる癖を直していくのだ。
ハチロクでは突っ込みで勝負し、その後は堅実にグリップ走行、と言ったスタイルの令次だが、スープラは何よりもそのパワーがある。
パワーを最大限に直線で活かすには、コーナーの立ち上がりできっちりアクセルを踏めるようにしなければいけない。
「よし、ブレーキは今だ!」
連のアドバイスを受けて、汐留S字コーナーで練習してみる令次。
ブレーキのタイミングとコーナリングライン、前加重をきっちり載せてアンダーを殺す走り方を教え、そこに令次の荒業である
アザーカーの動きを読む能力をミックスさせる。
立ち上がりできっちりアクセルを踏むのは最もだが、銀座の直線の先にあるきつい左コーナーの様な所だと
低速で立ち上がるため、いきなりアクセルを思いっきり踏むとオーバーステアが出てしまう。
ハイパワーのFR車は、低速コーナーの立ち上がりが1番辛い所だ。
その後ろでは、R32を運転して追いかけていた岸も、連のアドバイスを受けた令次のスープラの動きや、ブレーキングポイントを真似していく。
岸は重い車には乗ったことが無いため、少しずつではあるが岸も成長していく。
「おっ、おっ…いい感じだ!」
NSXほど軽快に振り回せるわけではないが、それでも良い感じでターンインできるようになってきた。
3周ほどして首都高を下り、令次自身に今度は、スープラの挙動で不満だった所を質問する連と岸。
「ええと…コーナーで踏ん張りが利かないというか…後それから6速ミッション積んでる割に、5速からの伸びがちょっと…。
後はブレーキングが怖いです。止まらないと言うか」
「そうか…わかった。ならそれを沢村さんに報告だな。後、連。このR32…結構楽しい車だよ」
「…あ、ああ、そうか。そりゃよかったな」
沢村の元へと戻った3人は、スープラのカスタム依頼を令次が不満に感じた点に沿って申し込んだ。
「わかった。ならこっちで何か考えておくよ」
「よろしくお願いします」
スープラを預けている間は、連と共にハチロクでの走りこみも欠かさない令次。
若い奴にはまず経験をたくさん積ませることだ。
どうやったらこの首都高サーキットで速く走れるのか? と言うわけで、バトルの経験もどんどん積んでいく。
ハチロクとスープラ、2台を乗り換えながら、令次は技術の引き出しも増やしていくのだ。
軽い車での走り方、重い車での走り方、それぞれ違ったスタイルを会得するためには違う車に乗ってみるのが一番良い。
そして3日後。スープラが沢村の手によってできあがった。
「とりあえずフロントが重いのは、軽量なエアロボンネットに変えて解決した。ミラーもエアロミラーにした。
それからクロスミッションキットを入れて加速力重視にセッティングして、ブレーキも強化品に変えた。サスペンションも強化品に交換して、
車高を少し上げてコーナーでの踏ん張りが効くようにもした。その代わり、直線の安定性は悪くなってるから気をつけろよ。
後はマフラーを替えて、ブーストコントローラーも入れた。ガスケットやピストンも強化品に変えた。タイヤもハイグリップな物を入れた。
これで万事OKだとは思うが、後は…令次自身の問題だな」
沢村の手によって強化されたスープラに再び乗り込み、連と岸と一緒に、令次は首都高へと乗り込む。
まず驚いたのは加速だ。以前よりもコーナーを立ち上がる時の加速が良くなり、
さらにターンインからコーナリングにかけても、止まる・曲がるといった要素が強化されている。
沢村の手によってレベルアップしたスープラを、後は令次がどれだけ乗りこなせるか、と言うことだ。
それを連がアドバイスしつつ、たまに運転を入れ替わって実践していく。
「前と違ってスピードが上がっているから、早めにブレーキングをするんだ。直線はしっかりハンドルを握って、安定性を自分自身で高めるんだ」
FRの醍醐味であるオーバーアクションなドリフトは封印し、ぐぐっと前に押し出すようにコーナリングする令次。
それからバトルもこなし、徐々に徐々に新しくなったスープラに慣れていく。
バトルの時は連は岸のNSXに乗り込み、後ろからじっくりと観戦する。
と、その時だった。
後ろからパッシングの光…後ろから令次をNSXで追いかけていた岸は、ハンズフリーで令次に連絡を入れる。
「もしもし、令次? …パルサーVZ−Rだ!」
「何ですって!?」
令次が後ろを振り向くと、そこには確かにハチロクの時に振り切られた、灰色のN15パルサーが。
前回はハチロクだったが、今回はスープラ。果たして勝負の行方は…!
ハザードを消しSPバトルがスタート。しかし、パルサーは何と直線でスープラに追いついて行く!
「うわ、何だよあの加速!?」
「すげぇ…あれ、結構FFにしてはパワー出てるな。僕のNSXなら楽勝でついて行けるけど…あのパルサーは何なんだ!?」
2人はNSXから観戦しつつ、率直に驚きの感想を述べる。
しかし、令次はスープラの大きなボディを活かし、ブロックをして前に出させない。
(このままブロックし続けて…!)
内回りの銀座の直線から始まったバトルは、その先のきつい左コーナーに突入。ここでコーナリングして行く2台だが、
何とパルサーはコーナリング中のスープラのテールをゴン、とつつく!
(うあ!?)
だが、つつかれたのは某漫画のハチロクのようなリアフェンダーの辺りではなく、スープラの真後ろ。
スピンも何もせず、逆にパルサーの減速を招いてしまった。
そのまま令次は先行するが、ここでパルサーに異変が起こる。
何と連続高速コーナー区間に入った途端、徐々にパルサーのスピードが落ちてきている。
少しずつではあるが、令次がパルサーを引き離し始めた。
「おっしゃ! 行け、令次!」
岸がNSXの中で、令次に対してエールを送る。
そのエールに応えるかのように、じりじりとパルサーを引き離し続ける令次は、そのまま逃げ切って勝利をつかんだのであった。
パルサーに勝った令次は、そのまま首都高を下りる。するとそのパルサーも後ろからついてきたので、
更に後ろに居た連と岸も、パルサーの後に続いて下りた。
そしてパルサーの中から出てきたのは、アクセサリーを身に着けた緑っぽい灰色の髪の毛をした男だった。
「よう、こんばんは。この前の借りは返されてちまったみてーだな」
「ど、どうもこんばんは。あなたはミドルボスの…」
「高崎 和人(たかさき かずと)だ。小排気量の車で大排気量の車になんて、逆立ちしたって対抗できないっての」
更に和人は後ろを振り向き「所で…」と続ける。
「そっちのNSXのお2人さんは、知り合いか?」
「あ、そうだけど…僕は岸 泰紀って言うんだ。よろしく」
「椎名 連だ。このスープラの奴は宝坂令次」
「たからざか…不思議な苗字だな」
やはり令次の苗字は変わった苗字であるらしい。
ほう、と一息つき、和人は次の情報を教えるために口を開いた。
「一応ゾーンボスのことについて教えておくぜ。ミドルボスの俺と、環状線のチームリーダーを8人倒すことだ。
別に小排気量車に大排気量車でゾーンボスも挑んでもいいけど、小排気量クラスの人は…俺よりは若干速い…かな」
「え?」
「いやまぁ、大して差が無いんだよな、俺とその小排気量の人は。だから俺を倒せたんなら、勝てるんじゃねーの? まぁ、せいぜいがんばりな。それじゃあな」
それだけ言い残し、和人はパルサーに乗って走り去って行った。
次はゾーンボスを倒す事が首都高制覇に繋がると思い、岸と連は引き続き令次がスープラでバトルに勝てる様に
連がPAでギア比のセットアップをしたり、岸がドラテクを教えたりする。
実は連は1年前から沢村の工場でたまにアルバイトとして働き、徐々に実務経験を積んで来ているのだ。
岸は岸でドラテクの伝授以外にも、ジャーナリストとしての経験を活かしてPAでの情報収集を進めていった。
ゾーンボスを出す為に、まずはスープラで残りのチームのチームリーダーを殆ど倒す。
そしてゾーンボスがパッシングしてくる前に首都高から下り、ハチロクに乗り換えた後再び首都高へ。
それから何戦かライバルとバトルを繰り返していると…来た!
(…お出ましか)
令次はハチロクのハンドルを握り締め、ミラーを見る。
後ろからR32で令次を追いかけていた連と岸は、令次のハチロクにパッシングした車を見る。
「あれは…! でも、ゾーンボスだからやっぱり速いんだろうなぁ」
「かもな。和人と同じくハッチバック車なのは何かの偶然なのか? でもパワー的にきついかも」
それはハチロクのライバルと言っても過言ではない。テンロククラスでは最強と言って良い、170馬力のスポーツエンジン搭載の
レースベースモデル、ホンダのEG6・シビックSIRだった。ちなみに色は黄色だ。
バトルがスタートしたが、今回も和人の時と全く同じ展開になってしまった。
シビックはパワーがかなり出ているようで、あっさりハチロクの前に出て夜の闇の中へと消えて行ってしまう。
しかし、これはまだ序章。相手の車がどんなものかを見るいい機会にもなる。
翌日。スープラに乗り換えて今度は環状線外回りへと出向く令次。連と岸はR32で向かった。
バトルを1戦こなし、少しばかり外回りを流していると…。
(…来たな、シビック!)
今度が本番だとばかりに、令次は気合を入れる。
ハザードを消してバトルスタート。和人の時と同じく、かなりカスタムされているのであろうシビックは、ゴツゴツとスープラのテールをつつく。
しかしそれは覚悟の上。シビックが唯一対抗できない…トップスピードで勝負できる所まで粘れば良い。
現在、3台が居る地点は霞ヶ関トンネル内。ここでスープラがシビックをパワーで引き離す事が…出来ない。
相当パワーが出ているのか、もしくは軽量ボディで加速が良いのか。
そして出口の下りながらコーナリングする左コーナーでは、シビックが軽さを活かしてインから仕掛ける!
(こ…のぉ!)
しかし、そこは何とか粘ってシビックをブロックし、丸の内トンネル内の直線でトップスピード勝負に持ち込む。
この長いトンネル内の直線で、シビックのトップスピードが判明した。
後ろから見ていた連が、シビックのトップスピードと自分のR32のスピードを比較する。
「240…くらいか」
「え? 何が?」
「あのシビックの最高速。ほら、令次のスープラに引き離されてるだろ。だが…問題はこの後のコーナーだな」
そう、直線の後に待ち受けるのは、内回りでも外回りでも難しいきついコーナーだ。
外回りでは上りながらの右コーナーになる。
そして令次のスープラがブレーキングする…が、シビックは明らかに突っ込みすぎだろう、というところまでブレーキを我慢する!
「お、おい、あいつやばいぞ、連!」
「それはいくら何でも、突っ込みすぎじゃねーのか…!?」
そして、その予感は的中してしまった。軽くてブレーキがよく利くとはいえ、突っ込みすぎたシビックは
ふらついてコントロールを失い、大アンダーを出してスープラの右リアを掠めて、右コーナー外側の壁に激しくヒット!
連はというと、大アンダーを出して壁にこすって行くシビックを、何とかかわしてクリアした。
「あああーーーぶなかったーーー! 流石連!」
「いやそれよりも、あいつは大丈夫なのかな!?」
バックミラーでシビックを確認すると、左フロントが激しく破損しているために足回りがガタガタだが、何とか自走で帰れるようで一安心する2人。
この瞬間、シビックはバトル続行不能で令次の勝利となった。