第0.5部第5話
あのシビックの事が気になり、とりあえずハイスピードで1周してあの場所に戻ってみると…いない。
どこか近くの出口で下りたのか? と思い、行ってみると…居た。
黄色いシビックは無残にもフロントがぐちゃぐちゃに潰れ、その横にはがっくりとうなだれる派手な色の髪の男が1人。
3人はどうしようかと迷ったが、とりあえず無事かどうか確認するために声をかけることにした。
「あ、あの〜、大丈夫ですか?」
「あ? 何だよあんたら! 向こう行ってろ!」
シビックを破壊した事でかなり興奮しているのか、怒りからか男は興奮気味に口を開いた。
しかし、それでも令次は落ち着いて言葉を続ける。
「あ、えーと俺、さっきあなたとバトルしたスープラの奴なんですけど…」
「…はい?」
男の表情は一変してあっけに取られたようになり、更に一変して悔しそうな顔になった。
「マジかよ…見た感じ凄く若いじゃん。でも大排気量車で俺みたいなシビックに挑んでくるのは、はっきり言ってフェアじゃないとは思ったがな」
さっと涙をぬぐい、深呼吸して男は気を落ち着ける。
「ああ…そうか。和人を倒したって話は聞いてるよ。宝坂令次だっけ? で、そっちの2人は岸って人に、椎名って人か」
「はい、そうですけど…あなたは?」
「俺は明。稲本 明(いなもと あきら)だ。良くサッカー選手を連想されるんだけど、俺は違う。
それにしても…こんなに若い奴に俺が負けるとはな…引退しようと思ってたけど、まだ上るべき階段が現れたらしいな。
今度はそのスープラに負けないくらい凄い車を持ってきて、いつかリベンジさせてもらうぜ! それじゃあな! あばよ!」
しかし、かっこよく立ち去ろうとした明に対し、連が一言呟く。
「シビック…壊れてるけど、どうやって帰るんだ?」
「!!」
連のその一言ではっとした顔になった明は、ゆっくりと振り向き涙目になりつつ、3人に向かって要望を申し出た。
「……レッカー車…呼んでくれないか…。俺のケータイ今、バッテリー切れだからさ…」
それから3週間ほど経ち…4月。桜の季節がやってきた。ついに新環状、湾岸線、横羽線、13号地がオープンする…はずだったのだが。
何と、新環状と13号地以外は工事の関係でトラブルがあったらしく、2ヶ月ほど遅れるらしいのだ。
なので、先に新環状線と13号地だけがオープン、という形になった。
それでも、それと同時に大量の走り屋達が首都高に流れ込んできた。
サーキットで走って居た者、峠で走って居た者、ドリフト族、族上がりの走り屋、大阪や名古屋などから遠征してきた走り屋なども…。
チームも各地にたくさん出来上がり、連の時とは格段に走り屋の量が違う。
そして更に1ヶ月後の2000年、5月。
スープラにもすっかり慣れ、少しずつではあるが新環状線に遠征して、スープラで新しく出来たチームのメンバーを倒してきた令次。
4月からは医大5年生になったので、少し忙しくなったのである。更には新しくバイトも見つけて、走る時間も前よりは減ったものの、
それでも論文やレポート、バイトなどで忙しい合間を縫い、連と岸と3人体制で走りこんできた。
更に、岸と連に関しては嬉しい知らせが。
何と岸が新環状線の、大排気量クラスのゾーンボスに選ばれたと言うのだ。
そして連はというとその更に上を行く、あのRX−7の孝司と同じ「BIG BOSS」に選出された。
やはり1回首都高のトップに立った、ということは大きかったのである。
令次の方は少しずつではあるが、新しく3人で力をあわせて作成したライバルリストを埋めていく。
ハチロクでは段々厳しくなってきたが、一旦ボスを出してしまえばこっちのものだ。
新環状線になだれ込んできた殆どのライバルは、銀座のあの橋げた区間を苦手としている者が
多いらしく、他の走り屋に橋げたで詰まったりどっちに行こうか迷って蛇行する者が多いとか。
それを最大限に利用し、令次はなるべくそこの区間で相手のミスを誘う。
わざとアザーカーが走っている方の橋げたの通路に相手を誘導して自爆させたり、どっちに行こうか迷ったライバルが
蛇行している間にスパッと抜き一気に突き放して勝負を決めたりと、クレバーな戦法で勝利を収めていく。
そしてついに、ハチロクで何とか小排気量のミドルボスを出すことに成功した。それは何と、「ハチロクの再来」と
謳(うた)われたトヨタのセダン、アルテッツァだ。
でもこれは小排気量ではないんじゃ…と思ったが、何か理由があるに違いないはず。
まずはとりあえず銀座付近で仕掛けるが、かなりパワーが出ているらしく、そのオレンジのアルテッツァは
一気にハチロクを追い抜き闇の中へと消えていく。
見た感じは何だか、派手過ぎないエアロパーツをつけたアルテッツァだったが…。
それから数日後、今度はそのアルテッツァにスープラでリベンジバトルを申し込む令次。
何故かと言うと、この数日間は沢村にブーストアップをしてもらったので、そのブーストアップに慣れるために走りこんでいたのだ。
ちなみに今日は岸と連は仕事が忙しいらしく、令次1人でのバトルとなる。
湾岸線を駆け上がって、大きく回りこむ左コーナーを曲がり、さらに環状線の方へ向かうとS字コーナーがある。
そこを立ち上がった所でアルテッツァが現れてパッシングしてきたので、ハザードで応対しバトルスタート。しかし後ろのアルテッツァは加速が凄い。
だが令次もそう簡単に前に出すわけには行かず、しっかりブロックして前に出させない。
(そう簡単に先行させるわけにもいかないって!)
その後も幾度と無くバンパーをつつかれるが、きっちりブロックする令次。だが、アルテッツァの本領発揮は直線ではなかった。
それは更に環状線のほうに行った所にある、分岐の後の左コーナー。
何とここで、アルテッツァは令次が驚くほどの突っ込みを見せる。明の様な無謀な突っ込みであるにもかかわらず、
紙一重の所でそのドライバーはアルテッツァを巧みにコントロール!
しかし突っ込み重視な分、立ち上がりでもたついたアルテッツァは、うまく前に出られずにスープラの後ろにまた張り付く事になった。
(何だよあの突っ込みは! 心臓に悪いぜ!)
今さらだが、バトルの勝敗はゴールではなくSPゲージで決着が着く。
ずっとスープラの後ろにアルテッツァが居る上に、スープラのリヤバンパーに車体をゴツゴツぶつけてきているのでSPゲージはもう残りわずか。
勝負は新環状線から銀座線の合流手前にある、きつい左のヘアピンカーブに持ち込まれた。
ここでアルテッツァが前に出られなければ、敗北確定だ。
(ここさえ乗り切れば…!!)
が、アルテッツァはもはや自爆覚悟で、令次のスープラに当てながら曲げる方法を取った!
(うわ!? そんな…!)
アルテッツァの動きがおかしいことに気がついた令次は、咄嗟に思いっきりコーナリング中にブレーキを踏み込み、
テールスライドさせて右のリヤを壁に当てる。
そのままアクセル全開にして、コーナー出口に向かってアクセルオン!
行き場を失ったアルテッツァの方は、そのまま壁に向かってすっ飛んで行き、ガリガリガリと変な音をさせつつコーナーを曲がりきる。
これによりアルテッツァは失速。再び加速でスープラに追いつくも、SPゲージを一気に減らしてしまい勝負ありとなった。
下道に下り、令次はリヤバンパーの傷をチェックする。結構ぶつけられまくったのでひどい。
しかし、それは後ろのアルテッツァに比べればマシである。
アルテッツァは悲惨なことになっており、ミラーは曲がっている、ボディ右半分は目も当てられないほどへこんでいる。
そしてそのドライバー自身もへこんでいたが、令次は自業自得だと思っていた。
(何だかなー…)
と、その男は令次の姿に気がつくと、一目散に令次に向かってダッシュしてきた!
「う、うぉああああああああああああああああ!」
「えっ…?」
変な雄たけびを上げつつ突進してくる男に対し、令次はすんでの所で体をひねって回避。
男はそのまま行き場を失い、後ろにある茂みに突っ込んでいった。
その様子を見ていた令次が心の中で一言。
(で、デジャヴ…)
何とか男を落ち着かせ、アルテッツァに寄りかからせる。
「すいません…取り乱しました。…この前のハチロクの…で、今回はスープラか」
「ええ。あ…名前は宝坂令次です」
「たからざか…? 変わった名前だな。…まぁ、いいや。俺は栗山 祐二(くりやま ゆうじ)だ。よろしく」
男は栗山と名乗った。茶色っぽい赤髪に、茶色の目が特徴的だ。
「怪我は…」
「いいや、それは全然平気。でもアルテッツァはもう廃車にしようと思って。あんな大排気量マシンで
挑まれたら勝機無いもん、俺。……んで、無理な突っ込みしすぎた。悪かったな。そっちの方は怪我とかは…」
「俺も大丈夫です。レッカー呼びますか?」
「いや、俺が自分で呼んだからいいや。後は1人で何とかできると思うから…あ、
それとゾーンボスなんだけど…小排気量車は何だか結構マイナーなグレードの車に乗っているらしいよ。
でも気をつけな。俺よりも格段に速いぜ」
令次は踵(きびす)を返し帰ろうとしたが…その前に、栗山に1つだけ聞きたい事があった。
「あ、あの、そのアルテッツァって2リッターですよね?」
「…そうだけど?」
「なら…あなたは中排気量クラスじゃないんですか?」
その令次の質問に「ああ」と栗山は頷く。
「いやこれは…力のあるRS200ではなく、AS200だ。RS200の方が中排気量クラスで、
AS200は小排気量クラスになってるらしくてな。でもこっちを選んで少しはよかったかな…」
「何故ですか?」
「実は俺…つい最近まで傭兵…戦場に行ってたんだ。向こうで色々な事やって、日本に帰って来た時には余り金が無くてな。
それで、レギュラーガソリンで走れるこっちを選んだんだけど、2.5リッターにボアアップしたら結構走るんだよ。
…でも、このアルテッツァとは今日でお別れだ。今度はもっとハイパワーな車を買って、また走り出してやるさ」
ゾーンボスの噂を栗山から聞きつけ、再びスープラで新環状線を走りまわる令次。
デザイン的に空気の抵抗が小さいスープラは、直線でも結構速い部類に入る…はずだ。
しかしシビックやパルサー、アルテッツァなどに直線で追いつかれたとあればあまり速くも無いよなぁ、と令次は苦笑いをもらした。
軽いことはコーナーでも加速でも良い事らしい。
バトルの方は段々ハイパワーな車が増え、スープラでもやや苦戦するようになって来た。
お得意の銀座線で勝負を仕掛け、ちまちまと潰していく。
それはハチロクでも変わらず、少しずつではあるが、時間をかけて潰していった。
そして1ヵ月後の2000年、6月。ついにゾーンボスに遭遇する事が出来た。
ハチロクでバトルし、銀座線で勝利を収めた後少し流していると…後ろからパッシングの光が。
斜め後ろに並んできた車を見ると、そこに居たのはひょうたん型のヘッドライトが特徴的な、深い青緑の…。
(S15シルビア…?)
しかし小排気量クラスと言う事は、このシルビアはおそらくターボではなくNAエンジンなのだろう。
バトルがスタートし、何とか粘れる所まで粘ってみようとブロックしてみる。後ろからはタービンの音や
ブローオフバルブの音は聞こえてこない。やはりNAのシルビア…スペックSだろう。
後ろからテールをどつかれつつも、汐留S字コーナーをクリア。しかし立ち上がりで後ろの
シルビアはひゅん、とハチロクの横に出てブロックされる前にあっさりとパワーで抜き去り、夜の闇へ消えて行った。
(くっ…やっぱりダメか…)
しかし本番はスープラに乗り換えてから、そして銀座線の直線で勝負だ。
スープラに乗り換えて湾岸線を駆け上り、環状線へ向かう。そして栗山がクラッシュした左コーナーを
抜けた瞬間…あの青緑のシルビアが現れた。
(来たな!)
ハザードで応対し、バトルスタート。シルビアの加速はすさまじく、スープラに追いついてくる。
しかし、今回は運も味方していた。
直線では確かに食いつかれていたが、目の前の橋げた区間に目をやると両方とも走り屋が走っている。
令次は先行の利を活かし、とっさに判断して左の通路に入ろうとしていたランエボを避け、うまく通路へ入る事が出来た。
しかし後ろのシルビアは、令次が飛び込んだ後には飛び込む事が出来ずに遅い走り屋に両方とも通路をふさがれてしまう。
右の通路の方が早く抜けられそうだと判断したシルビアのドライバーは、とっさに右の通路へと車線変更しようとしたが、
その時運悪くリアが滑ってしまった。立て直す事も出来ず、左フロントから橋げたにぶつかり
激しくクラッシュしたシルビアはここでリタイアとなり、令次の勝利となった。
下道へと下りた令次を待っていたのは、栗山、明の時と同じく大破した車とそのドライバーだった。
(…あれって…)
そう、さっきのシルビアだ。そしてそのシルビアのドライバーは令次のスープラを見つけると、
手を振って停まる様に指示した。
「よぉ、さっきはどうも。おかげで俺のシルビアはこの有様だ」
声をかけてきたのは金髪の男だった。
「す、すみません…」
「謝るなんて生意気なことしてくれるじゃねーか。この俺、穂村 浩夜(ほむら こうや)に勝ったんだ。
今度は13号地にでも行ってみろよ。そこに次のゾーンボスが待っている筈だ」
「はい!」
だが、返事をして令次はふと気がつく。
「あれ? 今ゾーンボスっておっしゃいました?」
「ああ、言ったけど?」
「ミドルボスは?」
「ミドルボス? 13号地にはいないんだ。そこで速いのが2人しか居なかったらしくて、13号地はゾーンボスだけ」
何と、これで少し手間が省けた事になった。そして当の浩夜はと言うと。
「まぁ、このシルビアも壊れた事だし、思い切ってターボモデルにでも買い換えるかな。
その時はまたバトルしてくれよ。じゃあな!」