第0部第3話
翌日、仕事を終えた連はオヤジの元へ向かった。
「決まったのか? 自分が何をしたいのか」
そのオヤジの問いに、連は自信を持って頷いた。
「はい、俺…首都高サーキットでトップに立ちたいです。…俺は最近、首都高サーキットで負けてしまったんです。
…このままじゃ終われ無い。だから、だから俺は…環状線を制覇したいです!」
その連の熱い語りに、オヤジは顎に手を当ててしばし考え込んだ。
「…なら、まずはそのシルビアで出来る限りのライバルに勝って来い。それが格下でもな。
自分に自信をつけることは、勝つことだ。そのためにはまず、自分がどれほどのテクニックがあるのかを把握する必要がある。
それが終わったら勝ったライバルのリストを作り、俺に報告して持って来い。
それで今後のカスタムの方針を決める」
「はい、わかりました。それではもう1度出陣します!」
しかし、そのまま出て行こうとする連を、オヤジが止めた。
「あ…っと、その前に」
「はい?」
「一応名前だけ控えさせてもらってもいいか?」
「あ、そうですね。連です。椎名 連」
「わかった。連だな。俺は沢村 洞爺(さわむら とうや)だ。それじゃ、健闘を祈る」
そのままオーナーのショップを後にした連は、再び首都高サーキットへと向かう。
シルビアの助手席には、ライバルリスト用のメモ用紙とペン。
格下でも何でも良い。とにかく「勝つこと」。マシンに性能差があろうが、まずは「勝つこと」だ。
首都高サーキットへともう1度上がった連は、また前のように走り出す。
しかし何かをつかんだのか、はたまた気持ちが吹っ切れたのか、走りに元気が見えている。
がんがんアクセルを踏み込み、突っ込み重視でコーナリング。
バトルも何回も繰り返し、タイヤとブレーキがギリギリバトルで使えるところまで首都高を走り回る。
もともと軽い車重を更に軽量化した今のシルビアは、意外とタイヤとブレーキが持ってくれるのだ。
自分の給料は全て消耗品代だ。タイヤを替え、ブレーキパッドを替え、オイルを替え。
そして毎日、手当たり次第にバトルを仕掛ける連。
ハチロクやS13シルビアなどには、コースに慣れて来たおかげもあり、何とか勝てるようにはなってきた。
あの黒いアルテッツァにも勝利した。
だがそれ以上のパワーを持つGT−RやS2000、スープラなどには…といった具合で、かすりもしない。
今度はパワーが必要だな、と思うようになってきた。
とりあえず倒しただけのライバルリストを作ってみると、40人ほど。そこそこの戦歴だ。
かかった時間は1週間。
1日に5〜6人は倒している計算になっている。
PAでの情報収集も欠かさず、どんなチームが居るのかと言う情報を事細かく集めてリストを作る。
どうやらここには全部で120人ほどのライバルが居るらしく、これで3分の1は倒したことになる。
そのリストを持って、翌日仕事が終わった後に連は沢村の元へと向かった。
リストを見た沢村はしばし黙り込む。
「…………」
「ど、どうでしょう…沢村さん」
「まぁ、このシルビアの性能ならここら辺が妥当だな。車の性能差がきついだろう」
「え、ええ…。それでもう少し、パワーがあればな、と思いまして」
すると、連に向かって沢村がこんな提案をした。
「パワーもそうだが、テクニックの方も伸び悩んでいるんじゃないか?」
「…え?」
考えてみれば、連自身はシルビアの性能差で勝ってきている。
突っ込み重視の走りとはいえ、まだまだ詰められる余地はありそうだ、とも思っている。
「ただ闇雲にアクセルを踏み込めば良いわけじゃない。勢いだけでコーナーに
突っ込めば良いわけじゃない。それはわかるな?」
「はい」
「軽量化しているとは言っても、乱暴な走りをすればすぐにタイヤとブレーキは終わる。
1戦だけならまだしも、連戦するのであればエンジンのパワーだってそうだ。
がんがん高回転まで回して行くのであれば、必ずパワーは走っているうちに落ちてくる。オーバーヒートとかな。
それをどこで補うかと言ったら、この環状線のことを考えるとコーナーで勝負するしか無い。
パワーが下がった分は、コーナーで補う。かなり難しいがな」
「コーナーで…」
すると、沢村は連に、工場の中へシルビアを入れるように指示。
「…ま、40人倒したとあれば、そこそこ根気はあるみたいだからな。今から少しだけこのシルビアをカスタムしてやる。
それからまた次の指示を出す」
沢村のその言葉に連は目を見開いたが、1つ気がかりなことが。
「え…で、でも、代金は…」
「俺が指示を出し、それを完遂(かんすい)できたらまたカスタムしてやる。それが代金の代わりの条件だ。
だが、タイヤとかオイルとかの消耗品は連が持つんだ。
走りこむ分だけ速くなる。なんでもそうだ。練習を積めばよっぽどセンスが無い限り、上手くなる」
と言うわけで、沢村はこの連のシルビアをカスタムすることに。
「まずはパワーだ。リストを見る限り、負けたライバルのリストも作ってるみたいだからな。
それを見て思ったのは、やはり大排気量のマシンが多い」
そう言って一息置いた沢村は、連に向かって残酷とも言える言葉を吐いた。
「正直に言うぞ。このシルビアじゃあ、最後までは勝ち抜けない」
「え…!?」
「こんなことを言うのは不本意だが、ワインディングとかでも無い限りパワーの差は圧倒的だ。
富士スピードウェイとかのサーキットでも、それこそあの首都高サーキットでもな。
だからまずは、このシルビアに少しだけカスタムを施す。次に俺がシルビアの助手席で連の走りを見る。
そしてきっちり乗りこなせている、と俺が判断したら、また次の指示を出す。良いな」
「…わかりました。よろしくお願いします」
軽量化はもうしてあるので、後やることはまずエンジン関係。
それからそれに見合う足回りとブレーキを入れる。エアロパーツはノーマルだ。
派手なエアロなんかつけたって、効果なんて少ししか得られない。
純正でエアロがついているならまだしも、GTウィングは保安基準とかあるので面倒くさいのも1つ。
その代わりにタイヤをハイグリップな物に履き替える。
かかった時間は約2日間。他の作業もあるので平行してやっていると、以外に時間を食うもの。
沢村は1人でこのショップを切り盛りしている。
シルビアの他にもファミリーカーやミニバンなど、一般の整備や車検なども手がけているのだ。
その間連はと言うと、会社では休み時間に首都高サーキットの攻め方をイメージトレーニング。
空手道場では精神と肉体と動体視力を鍛え上げていた。
そしてシルビアが仕上がり、沢村は早めに店じまいをして連の隣へと乗り込む。
果たして、シルビアの出来はいかに…。
「よし…まずは慣らし運転だな。最初は500キロ程様子を見よう」
「はい」
慣らし運転をしないと、思わぬトラブルが発生することがある。人間で言うと、体育の授業前の準備運動のようなものだ。
80キロで首都高C1サーキットをぐるぐると回り、フィーリングを確かめる連。
「ん…何だか力強い感じがする…」
「ああ。手入れはしっかりしているみたいだったな。新車で買ったのか?」
「はい。1991年…8年前に、高校卒業して免許とって…就職祝いに親が買ってくれたんです」
「そうか。まぁその頃は、段々バブルが膨らんできた頃だったからな。シルビアもデートカーとして人気だったな。
エンジンは赤ヘッドだったから、2リッターだな」
結構連の親は金持ってるんだな、と沢村はぼやきつつ、慣らし運転は2日かけて雑談を交えて終了した。
さすがに80キロで6時間半走るとなると、1日では無理だ。
「よし、慣らしは終わったな。次は俺がドラテクを教える。伸び悩むのは誰にでもあることだからな」
その言葉を聞いた連は、沢村にこんな質問をぶつけてみた。
「あの…沢村さん。俺、このショップの事を聞いたときに、元レーシングドライバーだった人が経営している、と聞いたんですが、本当なんですか?」
「…ああ、本当だ」
答えを渋るのかと思いきや、意外にもあっさりと沢村は答えた。
「まぁ、俺はあまり良い成績は残せては居なかったんだが。んで、もういい年だし引退して、普通に整備工場を始めることにしたんだ。
…でも、今は昔みたいに、活気のある奴がなくなってきてな。
やれ派手なエアロだ、でっかいマフラーだ、シャコタンだって。そういうのに俺は失望した。
見てくれが全部悪いとは言わないが、そういう奴らの8割はろくにメンテナンスもせずに「壊れましたぁ〜、直してください〜」だからな。
少しは金をかけるところを考えて欲しいもんだ。
…中にはお前のように、きっちりメンテナンスをしている奴らもいるがな」
ふう、とため息をついた沢村だったが、気を取り直してドラテクを教えることに。
「こんな話をしていても、何も始まらないか。よし、ならまずは慣らしも終わったことだし、全開で攻めてみろ。
癖とかしっかり見つけておかないと、直しようが無いからな」
「はい」
そしていよいよ、リニューアルしたシルビアで、連の全開走行が始まった。