第0部第4話


内回りでの1周全開走行を終え、PAで停車したシルビア。

「どうでしたか?」

しかしその連の問いかけに、沢村の表情はというと微妙なものだった。

「…基本はそこそこ出来ているんだが、そこから先が闇雲な運転だな。前も言った様に突っ込みすぎるだけじゃダメなんだ。

コーナーと言うコーナーでブレーキを我慢しすぎてる。

だからその分、向きを変えられないから立ち上がりで失速してるし、アンダーっぽい挙動になってあわてて修正もしてる。

整備が出来るのはいいんだが、良いタイヤを履いても、足を固めても腕がこれじゃあな…」


それから更に、と沢村は付け加える。

「回転数を上げすぎてシフトアップしているな。エンジンの最大回転数は知っているだろう?」

「ええ…たしかカタログの…」

「それで合わせてやらなければいけない。たとえば280馬力の6500RPMだったら、6500回転でシフトアップだ。

回転数を上げすぎてもダメだ。人間でも実力以上の力は出ない」


その2点を踏まえ、今度は沢村がシルビアを運転することに。

「俺が運転するのは久しぶりだから、現役の頃の実力が出せるかどうかはわからないがな」

そうぼやきつつ、環状線内回りを全開走行する沢村。

連とは違い、コーナー進入で早めにブレーキング。派手さを抑えて堅実な走りで攻める。

他に走行している走り屋の、車の流れを的確に読んで、直線的に抜けられるところは直線的に抜ける。

回転が落ち込む前にシフトアップ。


それを助手席で見ていた連は、思わずぽかんとした表情で口が半開きになっていた。

(すごい…俺のシルビアって、本当はこんなに速かったのか…)

直線のスピードも、しっかり向きを変えてコーナーを立ち上がるので、連が運転していたときよりも少し速い。


ゴールしたときには、連は半分放心状態になっていた。

「…おい、大丈夫か?」

沢村が連の目の前で、ひらひらと手を振る。

「あ、は、はい大丈夫です。凄いですね沢村さん…」

「俺もブランクあるからな。今日のところはこんなもんだろ」


その日から、連は仕事が終わって道場に行った後、沢村の元へと寄って首都高でドラテクを教えてもらう日々が続いた。

沢村の仕事が忙しい時は雑用をこなしたり、買出しに行ったりもした。

そして勿論バトルもこなし、少しずつ、でも確実に首都高サーキットのライバルを倒して行く。

連のドラテクも確実に、少しずつであるが進歩していく。


「やっとこれで60人か。半分だな」

「ええ。でもまだまだ速い奴がたくさん居そうですね、この首都高には」

「そうだな。…ほら、ライバルリストを作るのを忘れているぞ」

「あ、は、はい!」

メモ帳とペンを取り出し、再び情報収集を始める連。沢村は飲み物を買いに行った。


すると、情報収集をしていく連の元に、気になる話が舞い込んできた。

ここには「環状線の四天王」と呼ばれる者達が居るらしい。その名が示す通り、4人組なのだろう。

四天王と呼ばれるほどの実力を持っている4人組…。


「環状線の四天王だと?」

「ええ。多分今、環状線の頂点に君臨しているのは、この4人かと」

「そうか…それで、車は?」

「いいや、それが良くわからないそうなんです。どんな車に乗っているのかとかまでは…」

「…その情報提供者は、バトルしたんじゃないのか?」

「何でも噂だけ広まっているらしくて…滅多なことでは姿を現さないんだとかで」

「めんどくさいもんだな」

バリバリと頭を掻きつつ、沢村ははぁ、とため息を吐いた。

「よし、今日はこれで帰るとするか」

「はい、また明日もよろしくお願いします」


「環状線の四天王」は間違いなく、自分の前に立ちふさがる存在となるであろう。

しかし乗っている車がわからないとなると、どう対策を立てれば良いのかがわからない。

とにかく今はライバルを倒すこと。走りこむこと、だ。

空手の方でも精神と肉体を鍛え、過酷なバトルに耐えられるようにする。



だが、それから3日後。いつものようにバトルへと繰り出した連と沢村の元に、

パッシングをしてくる1台の車が現れた。

チームリーダーは総じてパッシングをしてきたが、今回はそのチームリーダーを倒した直後にパッシングされた。

初めての経験だ。

「連続バトルか…連、体力は大丈夫か?」

「俺は平気です。これでも空手3段ですからね。タイヤとブレーキもまずまずですか」

「そうか。後ろの車は…暗くてよく見えないな。そっちから見えるか?」


青白く光るHIDヘッドライトを装備し、連のシルビアとかぶるエンジン音。

その車はパッシングしたまま、横にずいっと並んできた。

「これは…S15シルビア?」

1月に発売したばかりの、連のシルビアより2個後の最新モデル。こんなマシンが…?

「S15…? 珍しいな。俺の店にはまだ1台も来ては居ないぞ」

「…まさかこいつが…四天王…?」

S15シルビアのリーダーは前にも居たが、この黒いS15は何だか不気味だ。ボディカラーも合わさって気味が悪い。


とりあえずパッシングしてきたら断れないため、ハザードを消してバトルスタート。

環状線内回り、江戸橋と言う銀座の橋げた区間を過ぎ、その後の直線を突き当たったところにある

きつい左コーナーの入り口からスタートとなった。

最初は運良くイン側に居た、連のS13シルビアが前に出た。

シルビア同士の対決だ。

「よし、先行したな。ブロックはしっかりな」

「はい」

性能は向こうが上。S15は250馬力出ているとの話もある。

ノーマルで200馬力ちょっとのS13とは、50馬力もの大きな差だ。この性能差をどうするかだ。

しかし車重を考えるとそのパワー差は埋まる。

連のS13は1070キロ位。向こうのS15と加速が同じくらいということは、車重で相殺されているということだろうか。


「エンジンパワーは向こうが上だ。だが、だからと言ってびびることはない。俺の言う通りにやってみてくれ」

「は…はい!」

「よし、ならこの連続アップダウンの高速コーナーは、今なら最初のコーナーだけブレーキ、後はアクセル全開とハンドル操作で行けるぞ!」

「ええっ!?」


いつもはアクセルを何処かしらで抜くのだが、そこをアクセル全開?とりあえず指示に従うしかS15には勝てないと思い、

沢村の言う通りコーナリング。すると連の目の前にあり得ない光景が。

何と、他の参加者がいないではないか…!

「こんな事はごく稀だが、たまに他の車がいない時がある。こういう場合は全開のラインを取れるぞ」

後ろのS15は若干アクセルを抜いてコーナリングするので、連との差が開いてしまう。


「凄い、S15が離れて行く!」

「一気に引き離して、あいつをリタイアさせるぞ。このままアクセル全開だ!」

パワーで追いついてくるS15ではあるが、沢村の的確なアドバイスで連は良いコーナリングを見せる。

そのコーナリングスピードはS15よりも速い。

「大丈夫、アンダーに気をつけて1つ1つ確実にクリアすれば良い」


ちらっとバックミラーを見れば、ジリジリと引き離されていくことに焦ったのか、

S15はコーナーというコーナーでアンダーを出しまくっている。

「動きが怪しいな」

沢村はこの時、後ろのS15に対して嫌な予感を感じ取っていた。


そしてその嫌な予感は、悪い事に的中することになってしまう。

後ろで派手なスキール音が聞こえたかと思うと、次の瞬間には何かが砕ける音、派手な破壊音が響いてきた。

「い、今の音って…」

「………やっちまったな。でもこの状況じゃ停まれないし、サポートカーが巡回しているから

事故処理は大丈夫だろう」

ともかく、S15は無理をしすぎたようでクラッシュ、走行不能で連の勝利となった。


PAに戻り、連と沢村は飲み物を買って一休み。

すると1台の黒いS15が、ボロボロの状態でPAに入ってきた。見るも無惨な状態である。

修理に出せば100万弱はかかるだろう。

「…さっきの奴じゃないですかね?」

「そうだな…」

リアウィングは半分どこかに吹き飛び、フロントバンパーはどこかに行っており、ガラスは全部割れている。

おまけにライトは片目が潰れ、サイドミラーも片方どこかへ行き、しかも助手席のドアはボッコリと凹んでいる。

何だかこっちまで、見ててげんなりしてきそうだ。

「…どう思う? 連…」

「自業…自得ですかね?」


その中から1人、もうこの世の終わりだというようなオーラを漂わせた男が1人降りてきた。

しかも、こっちに向かって歩いてくる。

「ちょ、ちょっと、こっちに向かって歩いてきますよ!」

「…え?」

あわてて逃げようとする2人だが、その男はスピードアップして一気に近づいてきた!

「お、おわああああ!?」

「…!?」


「……お前らか……」

しかもその男の顔面には、大きなガラス片が2つ突き刺さっていた。

「な、何がですか!?」

「さっきのS13…お前らかな…ぁぁあああああああああああ!?」

「う、うわあああああああで、でたあああああああああ!?」

連と男はそのまま、追いかけっこに突入して行った。そしてそれを目を見開きながら、放心状態で見ている沢村の姿もあった。

(…何だか…なぁ)


「はぁ、はぁ、はぁ…落ち着きましたか?」

「ああ…」

とにかく男を落ち着かせ、各PAに作られたメディカルセンターへと運んでガラス片を取り除いてもらった。

病院はもう真夜中なので、やってはいない。

「ああ疲れた…何だかあんたら2人のおかげで、俺まで体力消耗してしまったんだが…」

「俺はあまり関係ないと思いますよ…沢村さん」


傍らでは男の治療も終わり、やっと一安心だ。

「ここまで運んで来てくれて、礼を言うよ。ありがとう。それと、さっきは取り乱してすいませんでした。

俺は藤尾 精哉(ふじお せいや)って言うもんだ。さっきの黒いS13シルビアはあんた方だな? 俺のS15とバトルした人は…」

どっち? とばかりに沢村と連を見比べる、この藤尾という男に対し、連が名乗りを上げた。

「俺…ですけど」

「そうか。あんたのことはぽつぽつ噂に上がってる。黒い見た目ノーマルっぽいS13が、ここの走り屋を次々と倒していることをな」

「は、はあ…それはどうも」


今度は逆に、沢村が藤尾に話しかけてみた。あの事を確認するためにだ。

「1つ聞きたいんだが、いいかな?」

「何だ?」

「俺らは「環状線の四天王」を探しているんだが、ひょっとしてそれは…」

その沢村の問いかけに、藤尾はああ、と頷く。

「それは俺のことだな。まぁ、俺が1番下っ端なんだが。後の3人はほとんど別格だ」

やはりこの藤尾精哉は、四天王の1人だった。

しかし、そんな事実を認めた藤尾は、何だかどんよりしている。

「まぁ、でも…あれだけ俺のS15がボロボロになったんじゃあ、俺はもう四天王なんかじゃ無いな。四天王失格だ」

「え…?」

「俺、今まではあまり車に愛着とか考えてなかったけど、これからはもう少し、大事にしていこうと思うんだ。

この顔に出来た2つの大きな傷も、消えないって言うしな…」

顔には包帯が巻かれ、2箇所から赤い血がにじんでいる。目にガラス片が突き刺さらなかったのが奇跡だろう。


そんな話題に耐え切れなくなったのか、藤尾は自ら話題を変えた。

「と、とりあえずだ。こんな話しててもあれだから、次の四天王のことについて話しておこうか」

「あ、お願いします」

連が承諾すると、藤尾は1枚の写真を取り出した。そこには赤い髪の女が1人、後姿で写っている。

「…これは?」

「次の四天王。女だからと言って、なめてかかったらひどい目に見るぞ」

女のドライバー…は何人かこの首都高では見てきたが、四天王の中にも女がいたのか…と驚くと同時に関心する連。

藤尾はその後、自分でS15に乗って帰って行った。


連と沢村は工房へ戻ると、今後の方針を決めることにした。

「さて、今後の方針なんだがな…単刀直入に1つ、聞きたいことがある」

「何でしょう?」

キリッ、とした顔で、連の顔を覗き込んで話しかけて来る沢村。


「シルビアを手放す気は…無いか?」


突然の問題発言とも取れる、沢村のその言葉。

「え? 何でですか? それって…」

「前にも言ったとおり、あのシルビアじゃ最後までは勝ち抜けない。もうワンランク上の車が必要だ」

その言葉に、連はしばし考え込む。

今自分が乗っているこのS13シルビアに、愛着が無いといえば嘘になる。しかし、この首都高サーキットを制覇する!

という目標を自分で立てた以上、やはり乗りかえるしかないのだろうか…。


「まぁ、無理にとは言わないさ。最終的に決めるのはお前自身だ」

「…俺がですか…」

この首都高サーキットでトップに立つ。8年間乗ってきたシルビア。新しい車…。


どれだけの時間が過ぎたのだろうか。沢村の傍においてある灰皿に

3本目のタバコが潰された時、連は顔を上げた。

「わかりました。正直に言えば、今のシルビアと別れるのは少し抵抗があります。

ですが、俺は首都高サーキットで勝つという目標を立てました。だから…だから俺、シルビアから乗りかえます!」

その言葉を聞き、沢村の目つきが変わった。

「よし…わかった。なら、今の貯金を下ろせる限り全て下ろして、明日ここへ持って来い。最高の車を用意しておく」

「…はい」



翌日、沢村の元に空手の鍛練を終えて、貯金を下ろして向かった連。残高はもはやゼロだ。

残りの生活費は6万ほど、財布の中に入っているほどになっている。

「来たか…」

シルビアに乗って現れた連を、沢村は腕組みをして出迎えた。

「金…持って来ました。一応250万あります」

「よし、ならこっちへ来てくれ。車はもう届いてる」


そして連の前に現れた車は、文字通りレースで勝つためだけに生まれてきた、最高のマシンだった。

「…これは…!」

「結構程度のいい物を探すのには、苦労したんだ。しかもニスモ仕様だぞ?」


新たなマシンは今までのシルビアと同じメーカー、日産のR32スカイラインGT−R。

日本国内のみならず、日本国外の自動車レースを席巻した。内に秘めたポテンシャルでは

当時のフェラーリ・348等を上回ると絶賛された。

更にグループAホモロゲーションモデルとして、タービンをセラミック製から耐久性の高いメタル製へ、

ダクト付きフロントバンパー(通称ニスモダクト)、フードスポイラー、リアワイパーレス等の変更を加えたニスモ仕様が発売された。

何と、限定500台である。


「本当に俺が、このR32を…!?」

「そうだ。かなり高かったんだがな。…連を見ていると、昔の俺自身を思い出す。上に行こうとしてもがいていた、あの頃をな」

しんみりとした表情になりながら、沢村は連にシルビアのキーを渡すよう指示。

「さて、このシルビアは出来る限りノーマルに戻して売り払うぞ。ノーマルパーツはまだ残っているのか?」

「あ、俺のアパートのガレージにあります」

「そうか。なら明日、お前が空手の道場終わった後に、俺も一緒にお前の家へ行く。

改造車だと買い手がつかないからな。

だからノーマルに戻して、シートとかこっちに移植できるもの以外は全て、パーツ単体で売り払う」

「その後は…R32をカスタムするんですか?」


だが、その問いかけに沢村は首を横に振った。

「まずはこのR32に慣れてからだ。ノーマルの挙動も知らないのにいきなりパーツごちゃごちゃつけても、どうすれば良いのかわからないはずだからな」

「……わかりました」


新たにR32というスーパーマシンを手に入れた椎名 連。

これから先、一体どうなっていくのであろうか。


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