第0部第5話


限定車といわれるだけあり、中古ではあるが大事にされていたのであろう。内装も外装もピカピカであった。

だが、このR32GT−Rは「走るために生まれた」マシン。

ただの飾り物にしておくのはそれこそ「宝の持ち腐れ」である。


早速沢村と共に、連は首都高サーキットへと繰り出す。まず最初に驚いたのは加速だ。

「すげえ…これが280馬力の力か」

環状線を120キロで走り抜け、ぐるぐる回る。まずこの車のフィーリングをつかむ。この感覚はシルビアでも感じられかった。

まさしく最強。このパワーは今まで感じたことがない。


一般的に車体が重く、アンダーステアが出やすいといわれる今のGT−R。このR32でも、

更に後のR33、R34でもその欠点は顕著に現れる。

その事を沢村が、ハンドルを握る連の横でウンチク並に走りながら解説していく。

「だからこういった重い車を運転するなら、今までのシルビアのような走り方はダメだな」


とりあえず、全開で攻めてみろと沢村は連に指示。それに従って連はアクセルを踏み込む。

目の前に迫るは、芝公園手前のきつい左カーブ。

連はシルビアより早めにブレーキングし、ハンドルを切り込んでコーナリング。だが!

「ま、曲がらない…!」

「アクセルとハンドルを戻せ!」


外側でも内側でも、車が流れ出したらとにかくタイヤのグリップを回復させるのが一番。

FRならドリフトに持っていくのだが、GT−Rはドリフトが苦手だ。

「コーナーを完全に抜けるまでアクセルは我慢だ! まだ…まだ踏むなよ!」

FFや4WD車はフロントタイヤのグリップが命。

完全に立ち直らないうちにアクセルで加速しようとすると、フロントの荷重が抜けて不安定になる。

「よし、今だ!」

沢村の指示したタイミングに合わせ、連はアクセルを踏み込み加速を始める。

完全にコーナーを抜けたのを見て、沢村はふう、と息を吐いた。

「危なかった…。シルビアよりブレーキのタイミングは早かったが、まだR32にしちゃあ遅い方だ」

「え…?」

「ちょっと俺が運転してみるから、運転代われ」


PAで沢村にドライバー交代し、再び環状線内回りへ。

「こういった重い車は、扱いがあまり簡単じゃないんだよな」

連と同じように全開で攻める沢村。

だが、連と決定的に違う所はコーナーの入り口から出口までの流れだ。連より早めにブレーキを踏み、

スパッとコーナーの出口に向けて加速する。


更に次のコーナーで詳しく説明し、かつ自分で間違った例を出しながらどこが悪いのか解説する。

主にラインの取り方を教えるのだが、前荷重を乗せてのコーナリングも教えた。

タックインを利用して車の向きを変える方法も教えた。

しっかりブレーキングして荷重を残しながらターンインしないと、FRベースのGT−Rとはいえ

フロントが極端に重いため、アンダーになってしまうのだ。


さらにタイトコーナーでは、突っ込むブレーキングよりも立ち上がりを重視させるようなブレーキングを教えた。

重い4WDやMRの武器はコーナリングよりも立ち上がり。

江戸橋の藤尾とバトルを始めた所の左コーナーで、それを実践してみせる。


こうして一通りレッスンを終え、今度は連の番だ。

「良いか、落ち着いて行けよ?」

「は…はい」

どう見ても返事から落ち着いているようには見えないが、果たして大丈夫なのだろうか、と沢村は不安になった。



連は沢村のアドバイスを再び受けつつ、環状線内回りをノーマルのR32で攻める。

1周目はブレーキのタイミングが早く、初期制動が甘かったのだが、周回を重ねるに連れてやや突っ込んだブレーキング、

そこから4WDでもテールスライド気味にターンインして、方向を素早く変えてコーナリングするようになる。

「いいねぇ、さっきより全然速いぞ」

「本当ですか? ありがとうございます!」


自信をつけた連は、更にアクセルをがんがん踏み込んで加速。

しかし丸の内トンネルの中のコーナーで、盛大にスピンをかましてしまうのであった。

「うわわわわわわわわ……………!! あー……危なかった……!」

「び、びっくりした…。今のは少し攻めすぎだな」

何でも調子に乗るとダメなようである。空手も熱くなりすぎると打ち込まれたり、ミスをしてしまう。

ドライビングも同じだ。

「まぁ、今日はこの辺にして、帰るとするか。明日から少しずつ、バトルもしつつカスタムして行こう」

「はい」



そして翌日から、サス、ブレーキ、エンジン、吸排気、ボディ…など、何日も時間をかけてじっくりと

カスタムされていくR32。

それと同時に、R32でバトルもする。前とは違い更に直線が速くなった。

コーナーで少し負けても、直線で巻き返せる。立ち上がり重視のコーナリングを戦法とし、派手な走りは一切無しだ。

リストもどんどん埋まって行く。

沢村は「もう教えることは全て教えた」と言い残し、助手席に乗ることは無くなった。


そんな時、ライトカスタム仕様になったR32に、1台の車高が低いパッシングしてくる。

それに独特のエンジンの音も。

環状線外回りを流しつつ、バトルを1戦終えた連はバックミラーでその車を判断する。

(このエンジンの音って…ロータリーエンジン?)

ロータリーエンジンを開発しているメーカーは1社しか無い。それでいて車高が低い車といえば…。

(まさか…)


その車がR32の横に並んできた。横を向いてその車を確認した連は、確信したように頷いた。

紫と青のツートンでボディが塗られている。

(FD3SのRX−7…か。……しっかし、変な色だなー)

長年サーキットで渡り合ってきた、GT−Rのライバル。GT−Rとは逆にコーナーで勝負してくるマシンだ。

そしてうっすらと見えたドライバーは、髪が長かった。

(女…? ってことは…)

藤尾が見せてくれた1枚の写真の記憶が、連の頭に蘇る。あれに写っていたのは…。

(四天王か…!)


ハザードを消してバトルスタート。しかし、何とRX−7が前へと出て行く。かなり加速が良い。

RX−7に載せられているロータリーエンジンは軽量コンパクト。

それゆえに車重も軽く出来る。

これが「コーナリングマシン」と評価される、RX−7の所以(ゆえん)である。

(くっそ…速い…!)

直線でも負け、コーナーでは全然適わない。ましてここはコーナー主体の環状線。

何とか踏ん張っていたが、徐々に遠くなっていくRX−7のテールランプを見て、戦意喪失。

車内に取り付けられたSPメーターも警告音を鳴らし続け、ゼロになってしまった。

(もう…だめなのか…)

フルブレーキで120キロまで減速し、クルージングに戻る。

さすがに四天王相手には、R32といえどもライトカスタムでは厳しかった。

今思えば、藤尾に勝てたのだって沢村のアドバイスがあったからだ。

仕方が無いので四天王は諦め、他のライバルを打ち破っていく。こっちの方は四天王のRX−7よりは強くないので楽だ。


「女の走り屋か…しかもRX−7だとはな」

「はい。そのRX−7、相当パワーが出ていたと思います。…お願いします。俺にもう1度、アドバイスを下さい!」

連は他のライバルを、走っていた分だけ蹴散らして沢村の元へと向かった。

しかし沢村は…。


「アドバイスをしてやっても良いぞ」

「ほ、本当ですか?」

「ああ。だがその代わり、もうお前のR32のカスタムはしない」

「な!?」

唖然とする連に対し、沢村は更に言葉を続ける。

「確かに俺は、元レーシングドライバーとしてお前にテクニックを教えてきた。だがな、何でもかんでも俺に頼りすぎな所が気に食わない。

少しは自分で考えてみようとか思わないのか? 前にも言ったはずだぞ、俺は。

自分が今、何をするべきか考えろって。もう教えることは全て教えたってな。…話はそれだけだ。

今日はカスタムをしてやるから、車を入れろ」


甘えを見せた連に対し、沢村は強く突き放した。

プロの世界で揉まれて来た沢村は、鬼になってでもそのことをわからせるしかなかった。

しぶしぶR32を預けた連であったが、どうにも気持ちはすっきりしない。

(何だよ…レーシングドライバーだったからって、いい気になってんじゃねーよ)

四天王のRX−7に負けたショックも合わさって、不貞腐(ふてくさ)れたままブツブツと家路に着く連であった。


家に帰ってソファに飛び込む連。

「あーあ。俺ってそんな甘ちゃんか?」

天井のシミを見つめつつ、ため息をついてぼやく。確かに何でも自分で考えないのは、良くない…。

空手では試行錯誤も必要だったが、今の車の方は活かされていない。

(でも俺わからねーよ。考えてもわかんねーからヒントが欲しいんじゃんかよ…)

あーもう! とガシガシ頭を掻き、がっくりとうなだれる連。

(そうかよ…だったら、思いっきりやらせてもらうぜ!)


2日後。空手の鍛練を終えた後、R32を取りに沢村のショップへと向かった連は、そのまま首都高サーキットへ。

自分の中で何かが吹っ切れた連。

いや、どちらかといえば「沢村のオヤジを見返してやりたい」気持ちでいっぱいだった。

(やってやる…俺1人でもな!)


環状線内回りへと上がった連は、慣らしも兼ねてバトルをしていく。

前とまず違うなと感じたのは直線の加速だ。

それからコーナーも、入り口でリアが出やすいセットアップにされたのか、いつもより早めに切り込める。

アテーサE−TSと呼ばれる、日産が独自に開発したシステムが組み込まれているため、ドリフトは出来ないが。


ATTESA E-TS(アテーサ イーティーエス、Advanced Total Traction Engineering System for All  Electronic - Torque Split)とは、

日産自動車が901運動に基づき開発した電子制御トルクスプリット四輪駆動システムの名称。

基本的には後輪を常時駆動し、走行条件に応じて前輪にトルクを0:100〜50:50の範囲で配分する。

そのため、後輪へは直結状態で駆動力を伝え(センタースルー)、前輪へはトランスファーで分岐させている。

トランスファーに組み込まれた湿式多板クラッチの押し付け力を油圧の変化で増減し、前輪へ伝達されるトルクの大きさを変化させる。

そのため、センターデフは装備していない。


このクラッチを放した状態では、後輪駆動。クラッチを結合した状態では、リジッド4駆になる。

この間を電子制御で無段階に変化させている。

さらに、このシステムには、前後4輪の車輪速度センサと、横Gをアナログ的に検出するGセンサを付けている。

これらセンサからの信号入力を受け、コントローラが油圧多板クラッチの圧着力を変化させて、前後のトルク配分を決定する。

したがって、通常の後輪駆動状態から、後輪にかかる駆動トルクの増大で、後輪のスリップ量が大きくなると、前輪へも駆動トルク伝達を行う。

前輪へ伝達する駆動トルクの大きさは、横Gの大きさと前後輪の回転速度差に応じて変化する方式としている。


つまり簡潔に言えば、アクセルから足を離している状態では2駆、アクセルを踏むもしくは後輪が滑り出すと

4駆に切り替わってくれる。

つまりFRのようなコーナリングの素早さと、4WDのトラクション性能が一気に獲得できるのだ。

しかし、派手なドリフトはおろか、ちょっとだけ後輪を滑らせることしか出来ないために「アテーサのついている車はドリフトが出来ない」

と言うのが一般的な評価である。

従って、走り方もグリップ走行に限られる。派手なドリフトよりもこちらが速いのだが。


その特性を理解し、R32を加速させて少しずつ勝利していく連。

すると後ろから、再びあのロータリーエンジンの音が聞こえてきた。

(来たか…!)

四天王だ。ちなみに情報収集したところによれば、後ろのRX−7は「12時過ぎのシンデレラ」と呼ばれているらしい。

藤尾はと言えば「死神ドライバー」というあだ名がついているのだとか。



(何回見ても、変な色だなー)

最初に見た時からずっとこの感想しか出ない。しかしその中身はバケモノだ。

R32GT−RvsRX−7。因縁の対決が再び幕を上げた。スタートしたのは芝公園の連続シケイン出口。

最初の加速ではやはり軽いRX−7に軍配が上がる。連は後追いを余儀なくされた。

(コーナーが速い向こうに対して、俺のR32が勝負できるとなると…!)


遠ざかっていくRX−7のテール。

(仕掛けるとしたら…あそこか!)

必死にRX−7にくらいつく連。そして、走りを見ているうちにあることに気がついた。

(そうか…わかったぞ! あいつの弱点が!)

R32をどんどん加速させ、コーナーでは負けるがその分コーナー立ち上がりで差を詰める。

すると、RX−7との差が少しずつ縮まってきた。

しかし、差が詰まってきた理由はそれだけではなかったのだ。

(他の走っている奴のかわし方が、RX−7はオーバーアクションすぎる。それだけ余計に

ステアリングを切るので、スピードが伸びずにロスしているのか!)


そう、RX−7のかわし方はその場その場に応じたステアリング操作なので移動量が大きい。

一方の連は、全体を見越してラインを作る。その差が出ているようだ。

少しずつではあるが、確実に差が詰まってきている。

そしてもう1つ、連は気がついたことがあった。それはRX−7の走り方にある。

(アザーカーのかわし方もそうだが、それ以上に走りがワイルドだな。コーナーではバーンナウトしながら派手にドリフトしていくし。…でも、そこが…そこが弱点だ!)

そう。いくらコーナーが速くても、派手に走ればその分遅くなる。

連は堅実にグリップ走行と、前加重をしっかり載せたコーナリングで、じりじりと差を詰める。


そしてついに、RX−7のテールにぴったりR32が張り付いた。

(よし…後はどこで抜くかだな!)

だが、派手なドリフトをする分、強引に抜けばクラッシュしてしまう危険性もある。連は堅実に行くことにした。

(コーナーの突っ込みは負ける。しかし、コーナー出口では少しだけこっちが速い。その後の加速では負けるから…よし!)


汐留S字を過ぎて、銀座線前のトンネル内S字へ突入。

ここのトンネル出口で、連は外側から大きくコーナリング。RX−7はイン側に寄ってコーナリング。

RX−7のテールが、ラインが苦しい分一時的に離れるが、大きくラインを描けるためにコーナーのスピードが稼げる。

そう、立ち上がり重視のコーナリングだ。

(もう俺は負けないぜ…勝負!)

立ち上がりでの加速は若干4WDのこっちが速い。そして、この先にはもう1個S字がある。

ここでの加速勝負では、直線が短いため連も引けを取らない。


S字コーナーでは無理に突っ込みはせず、ここでも立ち上がり重視で抜ける。

相変わらず派手にドリフトして抜けていくRX−7。

その横から、立ち上がり重視でスピードを乗せた連が加速する!

(いっけえええええ!!)

RX−7はコーナー立ち上がりでバーンナウトしているために失速し、まともに加速できない。

立ち上がりで抜いた連は、その後は必死にブロックし続ける。

じりじりとSPゲージを削り、立ち上がり重視のコーナリングで少しずつ差を広げ、何とか勝利したのであった。


第0部第6話へ

HPGサイドへ戻る