第6部第17話
10月も今週で終わる。兼山を倒した後、何と2人は飛行機で、北海道まで人と車を空輸して一気にやってきた。
今日はまだ、兼山とバトルした10月3週目の、日曜日の夜である。
北の大地というだけあり、この時期でももう寒い。北海道の十勝地方といえば東の方にあるだけに、西の方より寒い。
何と言っても、この北海道は最初から最後までダートコース。つまりラリーのコースと全く同じだ。
2001年からラリー北海道というものが開催され、1年前の2004年からはWRCの1戦である「ラリージャパン」も開催されたコースだ。
それを意識してか、車もラリーベースのマシンが90%を占めている。
高山のRX−7では、走れないことは無いのだが…つらい。スピンなんて毎回必ずする。
後輪駆動車にはきついステージだ。
その後輪駆動車のラリーも近年では珍しくは無くなって来ているが、やはりここは、元々ラリードライバーだった竜介が出るしかないだろう。
ダートタイヤは売っていないので、スポーツタイヤで走るしかない。
パンクは多分大丈夫だろう。
仕方が無いので高山は竜介の隣に乗って、ラリードライバーのテクニックを直に体験することにしたらしい。
タイヤと路面との摩擦の割合…通称μ(ミュー)が低ければ低いほど、滑りやすい。
雨や雪はもちろん、このダートコースではかなりミューが低いのだ。
なのでコーナーでは、半強制的にドリフト状態になってしまう。派手なアクションはせず、最小限の逆ハンドルで攻める竜介。
(凄い…!)
この走りを、現役時代の竜介がしてきた。3流だろうがラリードライバーはラリードライバーだ。
日曜日を含め、月、火、水、木、金、土と7日かけて、地元のドライバーを倒して行く竜介。
ラリードライバーにダートコースを走らせれば、まさに水を得た魚状態である。
高山もその中で、竜介のドライビングテクニックを目で見て、耳で音を聞き、体で挙動を覚え、成長していく。
が…その次の週の日曜日、10月最後の日曜日は何と嵐。見通しが悪い。
だがこういう事もラリーではあるのだ。
そして、ここで物凄く速い黒の22Bインプレッサに遭遇した竜介と高山。
中年の某漫画に出てくる、豆腐屋のオヤジにそっくりな男である。
その男の22Bの横には大きく「チェストオオオオオオオオ」と描かれている。何か拳法でもやっていたのだろうか?
だがその男は決してバトルを挑んでくる訳では無い。なのでこっちからバトルを仕掛けに行くことにした。
それに気がついた男がこちらを振り返り、話しかけてきた。
「ん…何だよ? あんたらのように若い奴が、こんなオヤジに用はねえだろ?」
中年のオヤジ…だが、すさまじいほどの威圧感がある。
「俺とバトルしてくれませんか?」
「勝負しろだって? うーん…いい歳こいて、熱くなって張り合うってのもなぁ…。…しょーがねー、ちょっとだけだぞ」
「ありがとうございます。野上です」
「文太(ぶんた)だ。オマエ、なかなかいい顔つきしてんな。その顔見れば、かなりのテクの持ち主だって事も解るってモンさ」
GC8とGC8の戦い。ここに来て、竜介のインプレッサも高山のRX-7も、限界まで改造を施した。
竜介のインプレッサは570馬力のパワーに、1020キロまで軽量化されている。
高山のRX−7も500馬力までパワーアップされ、1064キロまで落とされた。
「3,2,1、GO!」
高山の手が振り下ろされ、バトルスタート。長い北海道のコースは集中力がものを言う。
加えて目の前を走る22Bからは、先行だというのにまるで後ろに目がついているかのような走りで、ブロックも完璧だ。
だが竜介も負けるわけにはいかない。昔はこれ一筋でメシを食っていたのだから。
例え相手が22Bでも、負けるわけにはいかない。
あまり最後まで長引かせると、抜けずに終わってしまうかもしれない。かといって早めに仕掛けると、プレッシャーで
最後まで集中力が持たなくなるかもしれない。抜き所が凄く難しいのだ。
竜介は少し考えた後、あそこで仕掛けることにした。コース中盤にある右の直角コーナーだ。
まずはその前の数コーナーで、チラチラとアウト側から何回も、文太の22Bに姿を見せる竜介。
これをやられると人間というものは面白いもので、次もアウトから来られるんだろうなという思いこみが生まれてしまう。
そして右直角コーナーでも、竜介は進入でアウト側にラインを取る。
すると、少しだけだが文太のイン側が開いた。そこを見逃さずに竜介はイン側に飛び込む。
(ほぉ〜…)
抜かれた文太は何と、煙草をふかしつつ運転していた。決して手を抜いているわけではないのだが…。
そこから竜介の限界プッシュが始まる。後ろを走る22Bの存在を気にせず、前だけを見て自分のラインで爆走する。
4WDでもスピンしないとは限らない。
なのでハンドル、アクセル、ブレーキの3つに集中して、北海道のコースを駆け抜ける。
それで最後まで何とか、集中力を維持したまま後ろを振り返らずに、竜介が先にゴールしたのであった。
文太とのバトルで久しぶりに精神力を使い果たした竜介は、バトル後にぐったりとしていた。
「はあ…」
「だ、大丈夫かよ?」
「いいや…疲れた…。あの男は速かった!」
しかし、まだこの先もこんなバトルが続くのだろう、と、北海道のレベルの高さに竜介は驚いていた。
「1年に1回は…こんな天才的な走り屋が出てくるよな…
以前会ったヤツも、例の走り屋並に
凄かったからな。これはあの上原 隆も
手こずるぜ、ハハハ!!ザマァねえやな。」
それから月、火、水、木、金と竜介は黙々と走り込みを続ける。
どうすれば速いコーナリングが出来るか?
どこで追い抜けば一番良いのか? そう言う事を考えながら、ラリーコースを駆け抜けていった。
その次の日、11月最初の1周目の晴れた土曜日に、珍しい女の走り屋とまた出会った。
何とラリーコースにはあまり向いてなさそうな、黄緑色のR34GT−Rに乗っている。
「あら…こんばんは」
しかもかなりの美人であり、若々しい。高山は惚れそうになった。
「こ、こんばんは」
「あら? 確か…野上竜介さんでしたっけ、そちらの方は…?」
「ああ。でもどうして名前を?」
「私は由紀(ゆき)って言うんですけれど、文太さんとはここで出会った知り合いなんです。
あの人から噂を聞いてたんですが、今日やっと仕事の休みが取れまして…それで」
「そうか…なら、バトルと行くか?」
「はい。あの…もし、私に勝てたら、1つだけ頼みたい事があるんです。良いですか?」
「…え? はい、俺に出来る事であれば…」
頼みたい事とは何だろうか? それは由紀に勝ったら明かされるらしい。
「ありがとうございます。私の体は…速い人との勝負無しでは生きてゆけない体になってしまった。アナタにはその鼓動を感じる…」
「3,2,1,GO!」
文太の時と同じく由紀が先行で、下りのフルコースバトル。
何だか車高が高い由紀のR34だが、相当パワーが出ているらしく、とんでも無く直線が速い。
それだけならともかく、コーナーでも4輪ドリフトをかまして速いコーナリングを見せる。
女のドライバーとしては最高の部類だろう。
(速い!)
文太と同じ…いや、それ以上のレベルかもしれない。
竜介も全開モードで、由紀のR34に死ぬ気で食らいついていく。
この速いR34をどこで抜くかというと、今度は中盤の2連続ヘアピンコーナーで抜くことにした。
そこだけダートではなく、オンロードになっている。
(どこからでも来てみなさい!)
由紀はバックミラーでちらりとインプレッサを見つつ、2連続ヘアピンの前の直線へ。
軽量なインプレッサの突っ込みを活かし、限界ギリギリまでブレーキを遅らせてR34の前へ出る。
R34の弱点はブレーキング。
どんなに軽量化しても、GT−R…特にR34はなかなか止まらない。
2連続ヘアピンの1個目の右で、竜介は前に出る。そのままコーナリングでも軽量ボディを活かして、R34に負けないスピードでコーナリング。
素早く左へと切り返し、オンロードの路面で由紀の前に出る事に成功した。
(凄い…この人なら…)
由紀は自分のR34の前に出て行くインプレッサを見て、心の中である決心をした。