Trip quest to the fairytale world第2部第7話


麗筆が無理やり乗り込んできたことを除けば、走行会はさしたるトラブルもなくスムーズに閉会した。

見知った顔馴染みも新顔も、口よりも走りによって多くを語っていた。

それは二人にとっても同じこと、なかなかに満足いく結果を出せた。

混雑を避けるためアレイレルたちはゆっくり退場することにして、まずは夕食の算段をつけることにした。

時刻は十五時半を過ぎたあたりだった。

「小腹が空いてきたな。メシどうする?」

「ん〜、オススメのラーメン店は倉敷とかまで下らなきゃならないし、混みそうだよね。

いっそサービスエリアで何かつまみつつ、大阪で串揚げ食べながら飲もうよ」

「いいね、決まりな!」

「麗筆は食べられないものある?」

「いえ、特には。新しい味に出会えるのが楽しみですよ」


ハールの提案に二人は頷いた。荷物を積み込み出発しようかと言うとき、ハールがピタリと動きを止めた。

その手にはタオルドライされた呪文書、Dちゃんがある。

「ねぇ、麗筆。さっきからこの子、うんともすんとも言わないんだけど大丈夫かなぁ」

「さぁ? 少しの水ならはじくように細工してありますが、ああもどっぷり浸かったんじゃあ、もうダメかもしれませんね〜」

「薄情だなぁ。トランクに入れるか、それとも……。あ、そうだ麗筆、ここ入ってみる?」

「えっ」

まだ口を開いたままだったセルシオのトランクを覗き込み、麗筆は絶句した。

「こんな狭いところ無理ですよ!」

「いや、案外いけるんだよ……。お尻から入って股を広げてさぁ」

「嫌ですよ、絶対にそのまま閉めるでしょう?」

「しない、しない。やってみるなら今だけだと思うけど。よそじゃ人の目があるし」

「………………一度だけ」

元々細身の麗筆は意外とスムーズに収納された。もちろん、パタンと閉められて大騒ぎするまでがお約束だ。

そんなわけで予約してある大阪府のホテルまで休憩を挟みつつの、約三時間の旅が始まったのだった。


まずは北房から中国自動車道に入り、軽く流して真庭パーキングエリアを目指す。アレイレルとハールは軽くと言いながらも、

方やピリ辛のもやし炒めが乗ったみそ味の真庭ラーメンに、方や岡山県産「備豚(びとん)」のトンテキ丼と濃い目のメニュー。

一方、麗筆はというと空腹に喘ぐような体ではないので、地元のジャージー牛乳で作られたソフトクリームやお土産物の

吉備団子、あんころ餅と甘いものばかりを摘んでいた。

「よくそんな甘い物が入るなぁ」

「普段食べつけない甘さですが、慣れればとても美味しいですよ〜。作り方を教えてほしいです」

「どうかな、ここの人たちは売ってるだけだから……」

岡山といえばフルーツ王国でもあるのだが、残念ながらこういう場所でパフェはない。

それに、いい年齢をした男が三人で可愛らしいパフェをつつく絵面もいささか……。スイーツ男子という言葉が

流行したのもずいぶん前の話だが、今も廃れていないのだろうか。


腹も膨れたところで残り二時間程度のドライブだ。この麗筆という男はやることの奇天烈さに反して、物腰は柔らかくお喋りも好きだ。

単調になりがちな長時間運転のお供には向いているが、時々ふっと黙り込んで何かを考えていたりする。

捉えどころがないというか、自分勝手で、まるで子供のようである。結局、麗筆は途中のサービスエリアなどで乗り換えて、

だいたい同じくらいの時間をアレイレルとハールと過ごしたのだった。

夜の大阪はとても賑やかで、二月だというのにその寒さをあまり感じさせない。バレンタインデー目前の三連休は、カップルも多く見られた。

チェックインを済ませ、荷物を置いてからJRで通天閣あたりへ出ようと考えていた二人だったが、

麗筆の顔色がどんどん悪くなっていくことにアレイレルが気づいた。

「おい、どうした?」

「いえ……大丈夫です」

「大丈夫って感じじゃないぞ。無理すんな」

「そうだよ、休んでいた方がいい。酔っちゃったかな?」


気遣う二人を手で制し、麗筆は青い顔を上げた。

「ここは人が多すぎる……それに酔ってしまっただけです。さあ、やることを済ませてきてください。

ぼくは普通の人間には見えないように姿を隠してついて行きますから。……ただ、食事はお二人だけでどうぞ」

「……仕方がないな。本当にひとりで平気なのか」

「ええ、問題ありません。ぼくを誰だとお思いで?」

そうは言うが、その実、それが強がりなのはアレイレルもハールも分かっていた。彼らからすればあちらの世界で名を馳せた悪の魔術師も、

ただの年若い青年にしか見えない。だが麗筆にもプライドがあるだろうと、肩を叩いて言葉の代わりとするに留めて、アレイレルは引き下がった。

どういう理屈か、本当に麗筆の姿は見えなくなってしまった。


予約していない人間を捩じ込むわけにもいかず、何だかむずがゆい思いをしながらもシングルを取った二人はカウンターで手続きを済ませた。

麗筆は「ぼくのことは物だとでも思って」とは言うが、まるでペットを持ち込むような罪悪感だ。

「本当に、いる?」

「……見えない」

「いますよ」

そんなやり取りをしながら部屋まで行く。

アレイレルは必要ないと言う麗筆を無理やりベッドに押し込むと、さっさと部屋を出て行った。

ハールはというと鞄から物言わぬ魔本、Dちゃんを取り出して麗筆に見せると、親切心から近くに持ってきた。

「枕元に置いとこうか?」

「やめてください! それはあっちの部屋にやってください!」

「そう? なら、そうするけど」

元は麗筆の持ち物だというのに、この態度は何なのか。まるで弱った姿を見せたくないようである。

Dちゃんはハールの部屋のベッドにポンと投げ出されても沈黙を保っていた。まだ動き出すときではない、そう言いたげに。


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