Trip quest to the fairytale world第2部第8話


大阪北区にあるホテルから舞洲まいしまスポーツアイランドまでは車で二十分程度だ。

アレイレルの心配をよそにハールの走りは安定していた。

だが、ここから上野までは約五時間強、六時間かかる計算だ。仮眠を取って昼食、

そこからは何とか自分で走ってもらわなくてはならない。

(まったく、やっぱり厄介事になったな)

前回の騒動では、飛ばされた先の世界で「世界を救う」という大義名分を掲げて、

二足歩行のウサギや鹿に迷惑をかけていた麗筆だ。今回もわりと大人しくはあるもののハラハラさせられる部分はあった。

あまりにも他人に関心がなさ過ぎて、ちょっとしたことで相手の心身をぶっ壊しかねない。

別に麗筆のそんな在り方を矯正しようとは思わないが、日本観光に誘った手前、自分たちには責任がある。

あの、Dという本も含めてだ。車を停めたら今度こそあの妙な本を問い詰めてやる、とアレイレルは

ハンドルをキープする手に力を入れた。


舞洲スポーツアイランドは正式名称を「大阪港スポーツアイランド」と言い、その名のとおりベイエリアに

埋め立てて出来た島のほぼ一つを大きく占めている。総合レジャー施設というだけあって、いくつかの運動場がある他、

緑地の散策スポットやアリーナやテニスプラザ、ロッジやリゾートホテルを有している。サーキットはその外れにあるが、

駐車場自体はそこまで広くない。仮眠を取るなら緑地西か運動広場の横か……。ハールは近い方の運動広場横を選んだ。

アレイレルもそれに続く。

ハールが仮眠に入ったのを確認してから、アレイレルは麗筆を自分のソアラの脇へ誘った。そのまま車外で話し始める。

もう陽は高いとはいえ風が吹けば凍えて身が縮むような寒さだ。

それはまるでアレイレルが麗筆に対して抱いている思いに似ていた。

「どういうことだ?」

「どう、とは……?」

「とぼけるな、あの呪文書のことだよ。大人しくなったからって放っといた俺も悪いが、お前はあの本の持ち主だろうが。

ハールに迷惑をかける前になんとかできなかったのか?」

「すみません。それは確かに、ぼくのせいですね」


アレイレルは驚いた。まさか麗筆がこんなに素直に自分の非を認めるとは思わなかったのだ。

正直、もっと説教くさいことを言わなくちゃならないかと思っていた。子供を持たない自分が父親の真似事なんて、と

妙な気持ちになりながらこの場に臨んだわけだったが……いらぬ気回しだったようだ。

「言い訳をさせてもらえれば、この世界に来てからというもの空気があまりにも違いすぎて、鼻が利かなくなっていたんですよ。

ぼくのいた場所では陽ようの気が強まりすぎて世界自体が滅びかけていたのは貴方も知っての通りです。

ところがこの場所は陰(いん)の気が強すぎる。それに対してバランスを取るかのように人間が多すぎるのです。

山の中ではまだマシでしたが、この辺りまで来ると大気は汚れているし、

生き物は多すぎるし……まぁ、鈍感な貴方がたにはわからないでしょうが」

「おい」

「失礼」

麗筆の皮肉げな笑みにアレイレルが眉をしかめた。


「まぁ、つまり、そういう事情でDの悪巧みに気がつかなかったわけですよ。彼女はずぶ濡れでしたし、ぼくと同じくこの世界に

対応するのに精一杯だと思っていました。ちなみに、Dがなにを考えているのかなんてぼくにはわからないですので。聞いてみませんとね」

「大丈夫かぁ?」

アレイレルは備北サーキットのピットで、Dちゃんの触手に巻き付かれたハールのことや、高周波か何かで頭痛に

見舞われたことを思い出し、顔をしかめた。

「では、アレイレル。トランクを開けてください」

「し、仕方ないな……。ん? ない! いないぞ!?」

「そんな……!」


アレイレルがトランクを探っている横で、スキール音が響く。セルシオが素人には無茶な角度でハンドルを切り、出口ゲートへ向かおうとしていた。

「ハール!」

「いけません、【拡大障壁】!」

行きがけの駄賃に二人の足を奪おうとしてか、ソアラを掠めるようにして急アクセルを踏んだセルシオが通りすぎる。麗筆が咄嗟に張った

シャボン玉のような力場の盾が、硝子の割れるような音を立てて弾けた。そのおかげでどちらの車も傷はなく、

アレイレルたちも無事だったが、肝心のセルシオはゲートをくぐって走り去ってしまった。

「Shit……!」

すぐさま運転席に滑り込んでエンジンをふかすアレイレル。麗筆はそのフロントガラスを叩いて咎めるように言う。

「お待ちなさい、闇雲に走っても行方はわからないでしょう」

「乗れ、どのみち今追いかけなきゃ離される」


沈着冷静なアレイレルだからこそ、すぐさま取るべき行動に移ることができる。

ただしそれは一般常識で考えてのことだ。だが、ここには本物の魔術のエキスパートがいる。麗筆にできないことなどほとんどない。

「ぼくが、彼らを追います。だから時間をください、アレイレル」

「どういうことだ、言ってみろ」

「地図をください。詳細な方が嬉しいですね。あとは……確かこちらには確実な時間がわかる装置がありましたね。それをください」

「……わかった」

何をどうする、などということは訊ねても詮ないことだ。アレイレルはそんな愚を犯して貴重な時間を無駄にすることはしない。

さっさとダッシュボードのグローヴボックスから本を取り出して広げる。

カーナビは積んでいたが、それでもアナログな地図も一冊くらい持っていると便利なものだ。


「時計、壊れてもいいですか?」

「良くない! 良くはないが……仕方ない」

アレイレルはG- SHOCKを外すと麗筆に手渡した。オリジンシリーズのデジタル表示をチラリと見やり、麗筆はソアラのフロント部分に

地図を広げた。腕時計を左の手のひらに収め、頭飾りに付いていた貴石きせきを数珠繋ぎにした鎖を取り外す。

それを適当な長さにするため右手に巻きつけると、麗筆は両手を重ねて地図の上にかざした。闇色の目が閉じられる。

とたんに場の空気が変わったのをアレイレルは感じ、生唾を飲み込んだ。

「ダウジング……!」


ダウジングは地中にある水脈や貴金属の鉱脈などを探索する歴史ある方法で、実は日本の水道局の職員も用いるものだ。

素人にも比較的実践しやすい。L字やY字の棒を用いたロッド・ダウジングと、振り子を用いたペンデュラム・ダウジングがあり、

麗筆が試みているのは後者である。

とはいえ、地図から情報を得るマップ・ダウジングは占い師などが用いるスピリチュアルな方法であり、アレイレルは信じていなかった。

しかも、そんなスピリチュアルな分野でも地図を用いてのダウジングは遠隔ダウジングと呼ばれ、最高難度を誇る。

その上、アレイレルには知る由もないが、麗筆が探ろうとしているのは場所だけではなかった。

一流の魔術師は過去も未来も超越する……麗筆はここから先の未来において確実にハールが存在する場所を探り当てようとしていた。

(D……なにを考えているんです……)

その問いかけに答えはない。


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