Trip quest to the fairytale world第2部第3話


まるで写真を裏側からナイフで切り裂くように、風景が縦に裂ける。

夜の闇を抱いた穴は、麗筆が軽い音を立てて着地するのを待っていたかのようにタイミング良く閉じた。

人気のない、山林の道路脇である。

こういう場所は車の通りも少ないもので、幸運にもこの異界渡りは誰の目に留まることもなかった。

もちろんそれは、この世界の一般人にとって、である。麗筆は邪魔になると思えば躊躇なく目撃者を消す。

さて、予想通りというか期待はずれというか、目当てのマレビトたちであるアレイレルとハールは近くにいないようである。

未踏の地に降り立った本物の魔術師は、あまりの空気の悪さに口許を押さえた。

「よくこんな環境で生きていけますねぇ……」


彼にとってこの世界は陰の気にあふれすぎていた。まるで服に着いたゴミを払うかのような仕草で、麗筆は陽の気を発散させた。

これで陰の気が少しは中和される。呼吸もしやすくなろうというものだ。

そっと溜息を吐いて、過去に出会った二人のことを頭に思い浮かべる――いきなり異世界に放り出され、

自分たちの常識も通用しない場所であるにも関わらず人助けに身を尽くしたタフな男たちのことを。

「なるほど、こういう場所で育ったからあんな馬鹿みたいに頑丈なんですね〜」

と、アレイレルが聞けば拳骨のひとつでも食らいそうなことをひとりごちながら、麗筆は見たこともない黒いなめらかな道に目をやり、

ついでぐるりと辺りを見回した。道の周囲は平坦だが、両脇は急な斜面になっており、下草の繁茂の具合から人が

頻繁に立ち入るような場所ではないと分かる。

あまりにも静かすぎるので、ここはおそらく使われなくなってしまった街道なのだろうと麗筆は見当づけた。

こんな所に突っ立っていても何も解決しない。とりあえずどこかにヒト型の生物がいないかと、麗筆は意識を集中させて探索を開始した。


ややあって闇色の目を見開いた麗筆は、口の端を吊り上げて笑みを作ると、その体をふわりと宙に浮かせた。

魔術の行使には少しコツがいるが、問題なく力を使うことができるのを確認し、彼は犠牲者の下へと飛んでいった。

男はトヨタのプリウスを道の脇に停め、自動販売機にコインを入れているところだった。

二十代後半から三十代だろうか、やや浅黒い肌をした闊達な印象を与える男だった。

白い息を吐き出しながら、受け取り口に手を入れて缶コーヒーを取り出す。

熱々のそれを持って運転席のドアを開けたところに急に声をかけられた。

「それ、何です?」

「え?」

こんな所に通行人だなんて、ついさっきまでは確かに誰もいなかったのに――男はいぶかしく思った。

何の障害もなく、前後一キロは優に見渡せるような場所で、この外国人はどこから現れたのだろうか。

真っ白な髪の毛だなんて珍しい。それにこんな、ゴルフ場とサーキットくらいしか近くにない場所に観光客か何かだろうか? 

青年がニコニコしながら指差すのは男の手の中にある小さな黒い缶だ。


何語で答えるのが正解なのか、そもそも英語で缶のことを何と言うのだったか……男の逡巡などよそに、

外国どころか異世界から来た魔術師は躊躇なく男の額に己の右人差し指を埋めた。

「ぎっ!?」

「あは! なるほど、面白いですね〜。ふむふむ、ごるふ? そういう遊びがあるのですか」

男は全身を激しく痙攣させ、しかし何の音も上げはしなかった。

いや、麗筆によって声帯の動きを止められていたせいで叫びが声にならなかったのである。

その間にも麗筆は男の脳から直接情報を読み取っていく。

男の瞳孔が開きっぱなしになり、真冬だというのに全身から汗を噴出しそれが湯気になって立ち昇っても、

失禁してズボンがそこだけ濃い色に変色しようとお構いなしだ。

「あの二人のことは知らないようですねぇ。それじゃあ、さようなら……」


と、ここで麗筆の表情が曇った。男の記憶から読み解くに、どうやらこの世界の犯罪を取り締まる警察組織は非常に優秀なようである。

用済みになった男をその辺に捨てておこうかと簡単に考えていた麗筆だったが、それは悪手だと思い直した。

たとえ今ここで男をその持ち物ごと完全に消したとして、生きていたときの男が最後に訪れた場所や時間について

どこかに何かが証拠として残っている。となれば、誰かが事件として声高に叫べば、この辺りの地名が取り沙汰されるのは間違いない。

それが万が一、ハールやアレイレルの耳に入りでもすれば、執拗に追求されるかもしれない。

「………………」

ここでこの男を消すのと、記憶だけ消すに留めて解放するのと、どちらがより面倒でないかと麗筆は考えた。

麗筆は生来より素直な性質なので、嘘や誤魔化しが得意ではない。洗脳するのは得意だが、彼らはその隙を与えてくれないだろう。

つまり、一度疑われれば言い訳は通用しないということだ。

麗筆は考え、そして、「この男を殺すのはいつでもできるだろう」という結論を下した。

それに、ここから二人のいる場所まで移動するのにも、この車とやらは便利なはずだ。

この男に運転をさせれば一挙両得というやつである。

麗筆は男の体や衣服を魔術でもって清潔な状態にしてやり、脱け殻のようになっていた精神も取り繕ってやった。

そして、道端に落ちてしまった缶コーヒーを拾うと、プルタブを引き起こした。興味津々に口をつけた麗筆だったが……。

「うっ、苦いです……」

どうやら気に入らなかったようである。


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