Future World Battle第2部第9話
「ぐおっ……!?」
冷たいコンクリートの床に転がされてマドックの身体は横たわる。
「おい、こいつが何か持ってないか確認したか?」
「ああ。警察の端末とそれから銃と……それ位ですね」
「端末があるなら厄介ね。位置情報とか全てオフにしておいた?」
「とりあえずしておいたけど、既に連絡が回っている可能性は高いでしょうね。だからこの街での
仕事は早めに引き上げて、別の街に向かいましょう」
「うん、それが良いわね」
頭上で交わされているそんな会話を聞きながら、マドックは何とかこの状況から脱出出来ないか
頭の中で策を巡らせる。
しかし後ろ手に手錠を嵌められてしまった上に銃も端末も奪われてしまい、相手は自分の目で見える限り4人。
この状況ではどうあがいても勝ち目は見えそうに無かった。
(何とか時間を稼げるかどうかが勝負だな……)
自分の髪の毛が長いので耳につけているインカムの存在はバレてはいない様だが、マドックの身体には
まだそれ以外にも取り付けられている物があった。
マドックのズボンのベルトの背中側には緊急用の発信ボタンがついている。
そのボタンは思いっ切り力を入れなければ作動しないシステムになっている上、発信ボタンを押しさえすれば
何時でも何処でも24時間365日の監視システムで警察の応援が駆けつけてくれる。
一種の発信機なのだが、もちろん普段は個人のプライバシーを守るために作動していない。
非番の時にも緊急事態があれば警察のネットワークにすぐに連絡出来るシステムを備えているので、
後ろ手に縛られた今の状況でそれを使わない訳は無かった。
本当はあの駐車場で引き倒された時に使いたかったのだが、素早く拘束されてしまった上に何か怪しい動きを
しないかを見張られたまま車に放り込まれてしまった為、使うタイミングが見い出せなかったのである。
しかし今なら大丈夫。
仰向けに床に転がされてしまっている為に多少体勢はきついものの、それでもボタンを押すだけならどうって事は無かった。
カチッと小さく音が響き、これで警察ネットワークに緊急の連絡が行き渡るシステムになっている。
ちなみに外部には機密事項として公開されていないシステムでもあるのだ。
それから確認しなければならないのは今の周りの情報であるから、マドックは見える範囲で今の自分の状況を
頭の中に入れて行く。
(ここに居るのは全部で4人……。俺があの展望駐車場から拉致されてかなり長い時間車が走っていた事、
それから見張られていたとは言えあの車の中からチラチラ見えていた景色の事を考えると、ここはダウンタウンの
スラムから程近い場所にある、建設中で放棄された取り壊し前の廃ビル辺りか)
このヴェハールシティに引っ越して来て今年で14年。新興都市で最先端の教育を受けられると聞きつけ、
自分の生まれ育ったペンシルベニア州からヴェハールシティの大学に進学する為に2016年に引っ越して来たマドックは、
そのまま大学を卒業してヴェハールシティの警察学校に入学。
そこでニコラスと出会い、何だかんだで一緒に切磋琢磨して来て今年で10年目。
なので周囲の人間からはコンビを組んでいると思われがちだが、コンビを組んでいないと言うと驚いた顔をされてしまう。
それもその筈、マドックはその性格や家柄から余り友人が多くないのである。
ごくごく普通の一般家庭に生まれ育ったニコラスとは違い、農業における世界のリーダーとして知られる
ペンシルベニアの大きな農家の息子である。
そんな実家がバックボーンにあるのだが、その実家の家系では元々農業ビジネスのずっと前にペンシルベニアのオイルブームに
乗っかる形で一財産を築き上げ、その財産を元手にして農業ビジネスと石油ビジネスで多くのパイプを持っている。
なので幼い頃から何不自由無く暮らして来て、教育も高水準なものを受けさせて貰えたマドックは将来的に
実家を継ごうと考えていたのだが、彼には3つ上の兄が1人居た。
その兄が実家を継ぐ事になって将来のプランが外れたマドックは「だったら今度は自分1人で好きな人生を生きてみよう」と
考えて最先端の教育が受けられるヴェハールシティの大学に進学する事を決めたのであった。
そうした経緯で大きな実業家の息子でありながらヴェハールシティに引っ越し、全て自分1人で生活する事の
大変さを知りながら大学でとある事件に巻き込まれる。
大学3年の頃に彼女が出来たクラスメイトが居て、そのクラスメイトの彼女が誘拐されると言う事件があった。
マドックには全く関係の無い話かと思いきや、その彼女が今の自分が拉致されて連れて来られた場所とはまた違う
スラム街のバーに連れ込まれそうになったのを目撃し、気が付いたらその彼女を誘拐しようとしていた連中を
全員地面に倒してしまっていたマドックが居た。
その彼女を助け出した事が切っ掛けでクラスメイトに感謝されると同時に、自分の中の正義感が目覚めた
マドックは警察官になろうと決めたのだった。