Future World Battle第2部第3話
そのスポーツカーと言うのは初耳である。
「そのスポーツカーって言うのはどんな車種だったか分かるか?」
「うーん、僕は車には詳しく無いから分からないね」
「じゃあ色とか、どんな形だったか……何か特徴が少しでも分かれば助かるんだが」
スポーツカーなんてこのヴェハールシティにもゴロゴロ居る。
だからもう少し突っ込んだ情報が欲しいので、断片的なものでも構わないからその目撃情報を
作業員の男に思い出して貰おうとする。
「帰る時は丁度薄暗かったけど、それでもそんなに目立つ色じゃ無かったよ。だから白とかグレーとかかも。
それから余り大きな車でも無かったな。えーっと後の特徴って言われても……あ!」
その作業員は自分の目撃したスポーツカーの、1番の特徴をどうやら思い出したらしい。
「そうそう、スポーツカーは2台居たんだけどそのどっちも右ハンドルだったよ」
「右ハンドル……?」
右のこめかみに右手の人差し指を当て、いかにもキザな仕草で考えるマドック。
もしかしたらこれは大きなヒントになるかも知れない。
アメリカではごく一部の認められた車種を除いて、イベントでも無い限り右ハンドルの車は公道を走る事
自体が禁止されている。
郵便ポストから郵便物を回収する為の回収車は、右側通行のアメリカの歩道も右側に来る事になるので、
その歩道に設置されているポストの郵便物を回収する為に右ハンドルが特例で認められている位なのだから。
ヴェハールシティでもそれは変わらない。
「その右ハンドルのスポーツカー2台はどっちに向かったか分かるか?」
「ああ、確かハイウェイ方面に向かったよ」
男が指を差すのを見てマドックは頷いた。
「情報提供感謝する」
かなり大きな手掛かりを掴んだマドックは、マスタングに乗り込んで前髪を指で軽く掻き上げてからマスタングの
コンソールパネルに付いているボタンを押す。
するとコンソールパネルが変形し、やがて小さなタブレットへと変形した。
取外し可能なそのタブレットを手に取り、入手したその情報をポチポチと打ち込んで行く。
色々な情報をそれぞれ指定されている場所に入れ、最後にコンソールパネルに埋め込めばまたタブレットが
変形して収納される。
そして収納されている間に、署のデータベースにその情報が伝わって記録されると言うシステムだ。
これでいちいち報告しなくても即座に情報共有がされ、どんどんデータベースが更新されて行く。
セキュリティの面でもマスタングに乗り込んでエンジンを掛ける時に指紋認証が必要なので、その認証で
エンジンやタブレットが動く様になっている。
(右ハンドルのスポーツカーをシティ中から探し出すのなら、そんなに時間は掛からない筈だ)
右ハンドルと言うだけで相当珍しいし、今の時代は衛星情報で管理されているその車のデータが検索すれば
すぐに分かる様になっている。
勿論そのシステムも警察や軍等の限られた機関でしか使用出来ない様になっているし、かなり高度な
ハッキングでもされない限りはセキュリティ的にも問題無い。
そんな理由で構築されているシステムを駆使し、右ハンドルのスポーツカーを探し出してくれる未来を
思い描きながらマドックは再びパトロールを兼ねた聞き込みを始めた。
「見つからなかった?」
結果報告にマドックは愕然としていた。
マスタングから送られて来た情報を元にしてシティ中から衛星システムでそのスポーツカーを探して貰おうとしたのだが、
情報部の結果報告からすると全くヒットしなかったと言う。
このアメリカでは10年前から新車でも中古車でも車を買うと、衛星管理システムがスタンダードで装備される。
そうする事で例えばその車が事故を起こした時にすぐに現場に急行する事が出来るし、犯罪に使われた車であっても
今までの足取りを1年の期間で保存しておく事が出来るので、これで劇的に犯人の検挙率が上がった実績があるのだ。
今はアメリカだけでは無く、ヨーロッパやアジア等でもそのシステムが普及しているし、簡単に取り外す事の出来ない
パーツになっているので衛星管理システムで居場所をキャッチ出来ないなんて事は今まで有り得なかった。
それが今こうして有り得ていると言う事になれば、これはマドックの予想外の事態になってしまった。
(あのシステムはそうそう簡単には取り外せないシステムの筈だし、実際に俺もあのマスタングに付いている奴の
説明をして貰ったから分かっているつもりではいるのだが……一体何故だ?)
自分のデスクの椅子に座り、マスタングの時とは逆の左手で人差し指と中指をこめかみに当てて考える。
マドックの考える時のキザな癖だ。
そのまま前髪を梳いて1つ頷くと、デスクに投影されているホログラムのキーボードで捜査報告書に途中経過までを
記載して行く。
こうして書いた報告書を保存してパスワードをかけておけば、その報告書をマスタングの中のタブレットや
常に持ち歩いている小型タブレット等から何時でも加筆や修正が可能だ。