Run to the Another World第85話
クリストールにも厳重な警備体制が敷かれていたのだが、そこを夜の闇と
再び濃い霧の魔法で視界をさえぎって貰って何とか素早くクリストール内部に
潜入する事に成功。そのまま人間の姿に戻ったシュヴィリスはクリストール
内部にある自分のもう1つの別荘へと異世界の6人を案内して、そこのベッドに
素早くうつ伏せに真由美を寝かせた。
「よーし……まずは矢を抜かなきゃな。それから止血だ。力を抜けよ!!」
「……うぐぅ!!」
矢を素早く抜いて、シュヴィリスに持って来て貰っていた布を使って血が出て来る前に
素早く止血をする。後は特に怪我をしている所も無い様だが、このまま行動する訳にも
行かないので今夜はこの別荘で夜を明かす事にした。
『……ヒール……』
そんな中でシュヴィリスがそう呟きながら真由美の傷口に手をかざしてみたが、
真由美以外の異世界人達は彼が一体何をしているのか全く意味不明だった。
「こんな時に何してるんだ?」
『いや……治癒魔法をかけようと思ったんだけど……やっぱり駄目みたいだね。もしかして
僕の手って君達から見るとかざした時に光って無かった様に見えた?」
「ああ、全然」
何時もと変わらねーよとハリドが言うと、シュヴィリスが腰に手を当ててため息を吐いた。
『んー、だとするとこれは結構まずい状況かもね。傷はこのまま人間の治癒力に
任せておけば大丈夫な位だとは思うんだけど、魔法が一切効かないって事は
治癒魔法も全くの無意味だって事か。回復が遅れる分、この国から飛び立つのも遅くなりそうだ。
すまない、僕が先走ってしまったせいで……』
シュヴィリスは自分があの時、もっと落ち着いて行動するべきだったと溜め息を吐いた。
「……そんな事、今更くよくよしたって仕方が無いだろ。矢を放って来たのはあいつ等なんだし、
俺がもしあいつ等の立場だったら同じ事してたと思う……」
そうハリドが言った時、ベッドに寝かされている真由美が口を開いた。
「誰のせいでもねーよ……俺なら平気だ。流石に矢が刺さったのは人生で初めてだけど、
怪我なら全然平気。伊達に30年以上格闘技して来てる訳じゃねーって。それよりも俺……
あんた等ドラゴンの事についてもっと話を聞いてみたい。せっかく時間が出来たんだし、どうせなら
時間を有意義に使おうぜ」
「……真由美……」
気丈な真由美の態度に弘樹がポツリと彼女の名前を呼ぶが、そんな弘樹に対して真由美は
親指をぐっと立てて口元を緩ませた。
この先まだ冒険が続きそうな気はするのだが、どんな事が待っているかはこの一同にはまだ分からない。
それでも1つだけ言える事。それは必ずこのミッションを成功させて、自分達の故郷である地球に
帰らなければいけないと言う事であった。
「向こうでまだやらなければいけない事があるし、この世界ももっと見てみたい気もする。だけどやっぱり
何だかんだ言って、自分達が1番安心して生活できる場所が良いんだよな。俺達6人はそれが地球なんだ」
『そうか……それだったら僕は別に引き止めたりしないさ。無事に帰れると良いな、元の世界に』
自分達はただ、東京のあの場所でみんなで集まって飲み会を開いていた。
自分達はただ、東京観光に来ておいしそうな料理屋に入っただけだった。
自分達はただ、あの時に席が偶然にも隣同士になっただけだった。
自分達はただ、あの時に意気投合する事が出来た見知らぬ者同士の筈だった。
自分達はただ、同じ場所に居ただけの人間の筈だった。
自分達はただ、あの料理屋の前でそのまま別れるつもりだった。
それが今ではこうして、何の因果かは知らないが異世界に来てドラゴンも交えて一緒に
旅をしているのだから何がどうなっているのかまだ頭が混乱している事は否めなかった。