Run to the Another World第65話


神橋洋子は今でこそ東京の六本木でクラブを経営しているが、

生まれ故郷の青森からまず飛び立ったのは東京では無くアメリカであった。

そう、彼女はバスケットボールをしにアメリカに留学で渡ったのである。

言葉も生活習慣も違うアメリカの大学での生活であったが、日本人の留学生の友達、

それから現地の友達も幾つか出来て彼女はバスケットボールと経営学部での勉強に打ち込んだ。

それから大学を卒業する頃になり、彼女はプロのバスケットボールチームに努力が実りスカウトされる。

しかし、やはり発祥の地であり本場のアメリカのプロバスケットボールでは層が厚い上に、アジア人特有の

小柄な洋子の体格ではフットワークを武器にしても身長差でそれを覆される事が多く、それ故に

チームの足を引っ張る事もあってチームメイトから嫌味を言われる事も度々あった。


それでも彼女はその気さくな性格で、めげずに27歳迄プロバスケットボールを

5年間続けた後、体力と年齢の限界を感じて帰国。今度は東京で何かやってみようと思い、

故郷には帰らずそのまま東京へ。丁度アパートに住み始めて1人暮らしを始めた時、近くのクラブの

ウェイター募集があったのでそれに応募し採用された。そのクラブで色々な経験を積み、今では

六本木に自分のクラブを構えるまでになったのである。そしてアメリカでバスケットボールをしながら

経営学を学んでいた時に、1人の学生に連れられて彼女はその学生の車の助手席で

夜のストリートレースを体験。これが彼女が首都高サーキットを走り始める切っ掛けになり、

クラブの仕事に慣れて来た頃に中古で前期型の三菱GTOを購入。何故ならその学生が

乗っていたのもGTOだったからである。


彼女はアメリカで大学在学中に免許を取得。バスケットボールで培った動体視力や反射神経、

そして運動能力とフットワークを活かし、走り始めた28歳の1999年から僅か1年であっと言う間に

首都高速都心環状線で有名な実力派ドライバーとして知られる様になったのであった。

その1年後に結成されたチームゾディアックに彼女も加入し、そこで知り合った百瀬和美と意気投合し始める。

和美からは現在、彼女のバスケットボールで培ったフットワークを生かした

素早い動きから繰り出される速い投げ技、それから関節技を重点において、

アメリカで広く普及しているエスクリマを習っている。何故なら今から6年前に、

彼女の経営するクラブで暴れる客が店をメチャクチャにする事件があり、それで何も出来なかった自分が

悔しく、武術経験の豊富な和美に師事して自分の店を自分で守れる様にしたいと思ったからなのだ。


エスクリマはフィリピンで生まれた武術で、日本の空手や柔道と同じくフィリピンの国技とされている。

その後にスペインにフィリピンが占領され、占領した統治者がアメリカに渡って伝えた事からアメリカで

広く普及したのだと言う。そんな歴史を持つエスクリマは素手での格闘以外に棒術や

ナイフの格闘、紐等を使った武器術も取り入れてある実践的な物だ。それからスペイン人によって

エスクリマにはフェンシングの技術も取り入れられた故に、短剣のダガーや片手剣を使った技術も存在している。

そんなエスクリマを習い始めてもう6年。ベテランにはまだまだ遠いが、キャリアとしてはそこそこ持っているので

今こそこの異世界で存分に発揮する時がやって来た。


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