Run to the Another World第15話
永治は柔道技を駆使して大男に向かう。しかしどう考えてもあの飛んで来る
鉄糸を避けながら技をかけに行くと言うのは無理である。どうにかして相手に
接近出来る様なチャンスを掴み、そこで一気に勝負をかけに行く方が得策だろうと
永治は冷静に考える。あの重厚な鎧の事だから打撃技が殆ど効かなそうなのは
一目瞭然であるし、それだったら投げ技と関節技を駆使して骨を折る方が良い。
だが縦横無尽に繰り広げられるあの鉄の糸の攻撃をどうやって回避するかが先だ。
相手の動きをどうにかして止めなければ……。
(あいつの気を引くことが出来れば……武器でもあればな)
が、その瞬間永治はある事を思い出す。
(……武器? そうか!!)
ここは武器庫。周りには沢山の武器が名前の通り保管されている倉庫なのだ。
それを利用して、永治はまず傍の木箱を大男に投げつける。
「ふん!」
大男はその木箱を難なく鉄線で払い落とすが、その払い落とした木箱は床に叩きつけられ、
その衝撃で中に入っている剣が散らばり落ちる。そして、その剣の柄を永治はがっちりと掴む。
「ぐおっ!」
剣の柄を掴んだ瞬間、倉庫の中に大きな音と光が現れる。
「うっ!?」
その音と光に一瞬大男の動きが止まるが、永治はそれが最初から狙いだった。
永治は剣の柄をわざと掴む事で音と光を出し、それによって大男の注意を引こうと考えたのであった。
そしてそれは見事に成功し、痛みを我慢しながら一気に大男に接近した永治は
大男の鎧の胸当ての上から出ている服の胸倉を掴み、一気に背負い投げを
パワー全開でかまして大男を背中から床に叩きつける。
そのまま間髪入れずに大男の左腕を掴み、腕ひしぎ十字固めに持ち込んだ。
「うぐっ……がぁああああっ!?」
思いっ切り力を入れ、大男の左腕の関節を曲がらない方向にグイッと両腕を使って引っ張る。
その瞬間ボキッと言う嫌な音が、しかし永治にとっては心地良い音が聞こえた。
「ぐおぁああああっ!!」
左腕の骨が真っ二つに折れた大男は絶叫しながらのた打ち回るが、永治は容赦しない。
そのままマウントポジションを取って男を殴りつけて行くが、次の瞬間背中に凄い衝撃が。
「ぐぅ!」
男が暴れて振り上げた右足の膝が永治の背中にクリーンヒットし、永治はすね当てを
身につけたまま当たって来たその膝の衝撃の重さに攻撃の手を緩めて床に崩れ落ちた。
一方の和美は永治が大男と戦っている間、ローブの男とバトルしていた。
この男は魔術を使って攻撃して来る様で、ファイヤーボールを放って来たり
氷の塊を針の様に変形させて飛ばして来るアイスニードル等で和美を翻弄する。
(くっ……厄介だわ!!)
地球であればこんな事は絶対に有り得ないが、この世界はファンタジーの世界。
おとぎ話の中でしか有り得なかった様な事が、今こうして目の前で現実に起きている。
それだけでは無くその魔術が自分の命を狙って来ているのだ。接近戦に持ち込むのは
まず隙を見つけなければならなさそうである。この武器庫はとても広いし、武器によって
出来た障害物が色々置いてあるのでそれを利用しない点は無い。
ただし武器の取り扱い方に注意しなければこちらもジ・エンドであるから
とにかく勝てるチャンスをしっかり狙って行く事にする和美。
自意識過剰な性格であるが、バトルの実力だけは確かな物がある。
和美は首都高がサーキットになった直後から真っ先に走り始め、その頃一緒に走り始めた永治とは顔見知りである。
元々兵庫県尼崎市の孤児院の出身である彼女は、中学生の時に孤児院のテレビで格闘技の
番組を見た事から格闘技に興味を持ち、13歳から近所の空手と柔道を日替わりで
教えている教室に通い始めた。そしてその2つで黒帯を取得し、高校卒業後の孤児院
出所後には単身ヨーロッパへと渡ってアルバイトで生計を立てながらヨーロッパ各国を回って
様々な武術を学んでいた。
そして帰国後、ヨーロッパで知り合いの格闘家の影響で車に興味を持った彼女は
別の格闘家のツテで、日本の外資系企業にその語学力を活かしてOLとして就職。
格闘家としての実績でスタントウーマン等の仕事もした事があり、それ等の仕事で貯めた金で
当時まだ新車であった80スープラを現金でポーンと買ってしまう。
それからは格闘技も続けつつ働くかたわら、稼いだ金を格闘技とファッションと車につぎ込む毎日。
外資系企業なので金が溜まりやすく、それが湯水の様に彼女のスープラを
チューニングさせる為の資金として消えていき、スープラは2年でチューニングが終了。
元々格闘家であった為に、ドライビングテクニックの飲み込みもその動体視力で
あれよあれよと言う間に吸収して行き、一気に当時の首都高のトップクラス迄上り詰め
永治と共に「首都高の裏四天王」と呼ばれる迄に成長したのであった。
重量級のスープラを操るだけの腕力もある。その証拠に、本人は「トレーニング」と称して
パワーステアリングを取り外して首都高サーキットを攻めていた。
そんな和美はそう言った経緯で今でも一級品の体力、それからトリップして来た女達の中では
173センチで66キロと言う1番大柄な体格をしており、その屈強なボディから繰り出される
あらゆる技とパワーは生半可な男では相手にならないと言われている。
武術の経験ももうすぐで35年になるので、テクニックの引き出しも沢山持ち合わせている。
だが、そんな和美も流石に魔術師を相手にした事は無い。
剣術や槍術等の武術も学んでいるが、武器が使えないと分かっている以上
必然的に素手で対抗するしかないのだ。
(あの声が言っていた通りだわ!!)
身の回りの物で戦えと言うあの声を思い出し、和美はぎりっと歯軋りをした。