FCOバトルステージ最終話
「ぐっ……おおっ!?」
「ぐうっ!?」
キーンとまるで超音波のような……いや、これはまさしく超音波そのものである。
脳にまで直接響いてくるその超音波に、思わずシャンベルジュ兄弟は耳を塞いで立ちくらみを起こしてしまう。
しかし男の攻撃はそれだけでは終わらない。
今度は両腕を胸の前からバッと横に向かって広げることで、重低音の音楽が流れ始める。
その音楽を耳に入れたシャンベルジュ兄弟は、自分の身体が上手く動かないことに気がついた。
(なっ、何だこりゃあ……!?)
(くっ……身体が痺れる!!)
こんな時に一体何が起こっているのだろうか?
考えられるのはやはり、今の自分たちが対峙している碧眼の男が両腕を振るったことで何かが起こったと思うしかないのである。
そして、それは男の部下二人に連れ去られている隼人も同じだった。
(ぐっ……これは何なんだ!?)
あの黒ずくめの男が何かしたのだろうとすぐに結論づけた隼人は、どうにかしてこの状況から抜け出すべく痺れる身体を懸命に動かそうとする。
だが、自分を拘束している二人の部下は特に異常を感じていないらしい。
そしてもう一つ気がついたのが、自分もあの黒ずくめの男から離れれば離れるだけ身体の自由を取り戻していることである。
シャンベルジュ兄弟はここまで来られるだけの実力があるのは間違いないものの、現在はああしてあの男と対峙しているだけで身体の自由を奪われてしまっている。
だとしたら、ここは自分がどうにかするしかないと腹をくくった隼人は、渾身の力で自分の右腕を拘束している男の左腕に噛みついた。
「ぐあああっ!?」
「なっ……ぐおっ!?」
その異変に気がついた左側の男が完全に動く前に、右腕の拘束が緩んだこともあって隼人は反動をつける形で左側の男の顔面に向かって頭突きをお見舞いする。
更に噛みついた男の顔面を、かつてフェンケルと戦った時に繰り出した右のストレートパンチで殴り飛ばし、二人を振りほどいて駐車場の方に向かって駆け出した。
(ここから逃げなきゃ……でもあの二人を放っておくわけには!!)
だが、今の二人を倒せたのだって偶然と運が重なったからである。
戦いに関しては素人の自分が下手に絡むこと自体、あの二人の足を引っ張ってしまう。
(あの男は音を使って僕たちを狂わせる……音使い……音?)
催眠効果のある超音波や音楽で自分たちの脳に影響を与えて、身体の自由を奪う。
だったらそれ以上のボリュームを与えれば、もしかしたらあの男の牙城を崩すことができるかもしれない。
隼人は頭の中でそう計算すると、駐車場に向かって全速力で足を進めた。
一方のシャンベルジュ兄弟は、音使いの男に苦戦しながらもオペレーターのニコライとインカムで会話をしながら何とか戦いを繰り広げていた。
インカムを耳栓代わりにすることで少しは音の脅威から逃れられるかと思いきや、男が繰り出す音はどうやら脳や神経に直接影響を及ぼすらしく、耳栓の効果はなさそうだった。
ならば何か気をそらせるだけのことをすればいいと考えた結果、なるべくニコライと会話をして音に惑わされないようにする。
ただしこの核製造現場という環境なので、自分たちが得意とする炎と熱の能力は何かしらの影響を及ぼすと判断し、余り使わないようにしている。
代わりに接近戦を挑む兄弟は、カルマンがボクシングを使い、グルナがコマンドサンボを習得しているために数の有利も相まって果敢に挑んでいく。
一方の主犯格の男はそこまで接近戦に慣れていないのか、風と音を使って上手く兄弟と距離を取りつつ応戦する。
そしてその音使いの男は、更なる戦法で兄弟に対抗し始めた。
「ふっ!!」
「くうっ!?」
「ぐっ!!」
音は空気を伝わることを利用して、風の能力で突風を引き起こしつつ音を乗せて威力を高めてきたのである。
突風だけでも身動きが取りにくい状況になってしまうのに、そこに例の音を乗せられればダイレクトにその音が襲いかかってくる。
ドーンとまるで殴りつけるかのような衝撃に加え、手足の痺れを誘発させられるこの状況に、シャンベルジュ兄弟は更に応援を呼ぶしかないと考え始めた……その時だった。
「……ん?」
「今度は何だぁ!?」
重低音ではなく、まるでサイレンが鳴り響くかのような甲高い音が聞こえてくる。
これはどんな能力を持っているのだろうかと兄弟が主犯格の男に目をやるが、その男もシャンベルジュ兄弟と同じく周辺に視線を巡らせているではないか。
「くそっ、増援か!!」
「増援? おいグルナ、誰か呼んだのか?」
「いいや、私は呼んでいない。兄さんが呼んだのではないのか?」
「俺も呼んでねえぞ?」
三人とも心当たりのないらしいその音は、どうやら地上から聞こえてくるようだ。
一体何が起きるのかと、すっかり戦いを忘れて同じ方向に向かって身構える三人だが、その三人の目の前に現れたのは全くの予想外の存在だった。
「……なっ!?」
「な……何だぁっ!?」
「うわっ!!」
駐車場へと続いている通路から聞こえてきた甲高い音とともに、激しくタイヤを鳴らして突っ込んでくる一台の車。
小型でシルバーの、マツダが世界に誇るロードスターの運転席には何と隼人の姿があった。
そのロードスターは恐ろしいほどの甲高い音を発しながら、明らかに主犯格の男に向かって突っ込んでいく。
「うお……!!」
主犯格の男は腕を広げて隼人を洗脳しようとするが、ロードスターの甲高い音に自分の音の能力がかき消されて負けてしまい効果が発揮できない。
ならばと風を使って吹き飛ばそうにも、一トン近い車体を突風で吹っ飛ばすのも無理な話であった。
どうしようもなくなったと察した男が横っ飛びでロードスターを避けようとしたが、思ったよりもロードスターがスピードが速いことといきなりタイヤを滑らせてドリフトしながら突っ込んできたため、避けきれずに撥ね飛ばされてしまう。
「ぐはっ!!」
「今だ!!」
「おっしゃ、行くぜ!!」
男がロードスターに吹っ飛ばされたことで、一気にシャンベルジュ兄弟の方に流れが向く。
不幸中の幸いで軽く轢かれただけの男だったが、立ち上がった後に待っていたのがまずはカルマンの右ストレートパンチである。
その右の拳が男の顔面を捉えて、男は鼻の骨を折り鼻血を出しながら吹っ飛ばされる。
ズザーッと音を立てて背中から地面に倒れ込んだ男に、今度はグルナが一気にのしかかろうとする。
「くっそ!!」
(……甘い)
心の中でそう呟けるだけの余裕を持ちながら、グルナは男が繰り出してきた右の蹴り上げを避けつつ、その足首を両手で掴んで軸にしてうつ伏せにする。
そのまま足首の関節を外し、左側の足首の関節も同じように外す。
最後にうつ伏せにした男にのしかかり、素早く両腕を拘束して着込んでいるスーツの内ポケットから鈍い銀色に輝く手錠を取り出した。
「よし、能力犯罪者確保!!」
「あー……よーやっと終わったな……」
カルマンが一息ついたものの、隼人のロードスターの方を振り向いてまだ事件は完全に終わっていないのだと思い直す。
「さってと、これからまた忙しくなるぜ……」
◇
「しかしこれはまた、凄い損害になったもんだな」
「そりゃそーだ。観光スポットこんだけメチャクチャにされちまったしよ」
「それに、地下にあんな施設まで造ってたんですから後始末もかなりの時間がかかりそうですよ、機関長」
報告書を書き終えたシャンベルジュ兄弟は、それを届けに機関長のアルバートの元へやってきていた。
今回はFCOの本拠地があるシアトルで事件が起こり、しかも人気観光スポットをメチャクチャに破壊された上に核の製造工場まで造られていたという、信じられない事件が起こったのだからアルバートの驚きも半端なものではなかった。
アメリカ陸軍の中将でもあるからこそ、今回の事件を引き起こしたあの能力者は元アメリカ陸軍に所属していた大尉だったらしく、そのツテで核に関する色々なことができたのだろうと推測できる。
しかし、まだ調べなければならないことはたくさんあるのでシャンベルジュ兄弟も含めてFCOがまた忙しくなりそうだった。
「ところであの事件から二日経ったわけだけど、隼人は?」
「ああ、あいつだったらクレイグとエレスに案内されてシアトルをもう一度観光中だ。昨日はバルドゥールに治療してもらっていたからな」
そう……隼人のシアトル観光もまだまだ終わらないのである。
FCOバトルステージ 完