FCOバトルステージ1
アメリカ、ワシントン州シアトル。
州都のオリンピアよりも大きいワシントン州最大の都市であり、ワシントン州の郡庁所在地でもある太平洋岸北西部最大の都市。
そして、世界中の特殊能力を持っている人間たちが集う「FCO」の本部があることでも有名だ。
正式名称は「Faculty Command Organization(能力統率機関)」。
国家の枠に縛られず、能力者を統率・関連事象に対処することなどを目的に作られた国際機関。各国に支部を持ち、本部はこのアメリカ・シアトルに位置する。
そして、同じ国際特殊諜報機関であるVSSEという組織との事件をきっかけにして、このFCOと関わりを持つようになった日本人の男が一人、とんでもない事件に巻き込まれることとなってしまった。
「はぁ……はぁ、なっ、何で僕がこんな目に……」
息を切らせながら、茶髪の日本人が物陰に隠れて息を潜める。
彼は今、人生でそう何度もあることではない命の危機に瀕していた。
それもそのはずで、観光スポットとしても知られている「Pike Place Market」に買い物に来たはずが、いつの間にかこんな非常事態に巻き込まれていたのだから。
(仕方がない……こうなったら助けを呼ぶしかないだろう!!)
日本人はそう決断すると、ポケットからまだ無事であるスマートフォンを取り出してどこかへとメッセージを送り始めた。
◇
「ったく、そんなに苦戦するような奴がいるってんなら俺たちの出番だよな」
「油断するなよ兄さん。私たちが呼ばれるということは、現地の部隊が壊滅するほどの実力を持った相手なんだからな」
「わーってるよグルナ。とにかくそいつをさっさとぶちのめしちまおうじゃねえか。俺たちに喧嘩売ったらどーなるか教えてやんぜ」
左の手のひらに右の拳をパンパンと打ちつけて、闘志を燃やしている自分の双子の兄を見て、弟の方は一抹の不安を覚える。
どうにも暴走しがちな自分の兄を止めるのには苦労させられることが多いだけあり、兄弟ながら手を焼かされる兄だという認識が強い。
その一方で、血の繋がりよりも濃い繋がりはないということで、以前本気の殺し合いを兼ねたお互いへの理解を深める戦いをした結果、兄の相棒は自分しかいないというのも理解している。
そんな二人の耳に取り付けられているインカムを通して、本部にいるオペレーターのニコライから通信が入った。
『カルマン、グルナ、あなたたち二人を派遣するということはそれなりの相手だからね。わかっているね?』
「了解。私はいつも通り兄さんのストッパーか?」
『わかっているなら大丈夫だね。まあ、今回の目標は本部から割と近いところで暴れているみたいだからさ。あなたたち二人でしっかりやって欲しいんだけど……』
「どした?」
歯切れの悪い言い方をするニコライをいぶかしんだカルマンが尋ねれば、ニコライからは気になることがあるとの応答があった。
『いや……それがさ、もしかしたら荒巻が巻き込まれているかもしれないんだよね。連絡がつかないんだよ』
「えっ、荒巻って……前にフェンケルと殺し合いみたいなことしてたって隼人って奴のことか!?」
「確か機関長に、色々な物品の取り引きのことではるばる日本から呼び出されて、せっかくだからシアトルを観光しにいくって出て行ったみたいだが……そうなると厄介だな」
となれば、その日本人の男が現場で巻き込まれている可能性があるので救出も視野に入れる必要があるだろう。
とにかく現場を見てみなければ話が進まないので、二人は早速その能力犯罪者が暴れているというPike Place Marketへと急行した。
「うーわ、こりゃ派手にやられちまってんぜ」
「この暴れ方からすると、単純に力任せに暴れたというわけではなさそうだな……」
Pike Place Marketは至る所が派手に破壊されており、原型を留めていない区画が存在しているほどの荒れようだった。
棚の吹き飛ばされ方や床と壁の剥がれ具合を見て、これは恐らく風使いの能力者がやったものだと推測するグルナ。
となれば、自分たちも確かに苦戦する相手かもしれない……と早々に考えが及ぶ。
「私たちの能力を使うのはいいとしても、もし風使いが相手だったとしたら炎も熱も風で吹き飛ばされる危険性があるな」
「あー……そーなると俺たちの火で二次災害が起きっかもしれねえな」
カルマンもバリバリと頭を掻いて、風使い……かもしれないその能力者を一刻も早くぶちのめして終わらせるべきだと判断する。
そんな二人の元に、またもやニコライから通信が入る。
『カルマン、グルナ、あなたたちの追いかける能力犯罪者だけど、どうやら風使いのようだよ!!』
「やっぱりそうか。現地のエージェントからの通信が途絶えていて、私たちに犯罪者への情報が入ってきていなかったから、その情報はありがたい」
「こりゃー接近戦も覚悟しておかなきゃならねえかもなぁ」
炎を操るカルマンはボクシング、熱を操るグルナはコマンドサンボを習得しているので、接近戦での格闘にも長けている。
だが、彼らはまだ気がついていなかった。追っている能力犯罪者の、本当の姿に……。
◇
(すべての店を見てまわるには半日ほどかかるっていうし、何よりスターバックスの一号店があるっていうから、せっかく『Pike Place Market』 の文字が入ったマグカップ買ったのになあ……)
ぼやきつつ、背負ってきたリュックサックの中に入っているマグカップの存在を思い出して隼人はため息をつく。
シアトルの伝説的寿司職人・加柴司郎が開いた『Sushi Kashiba』で寿司も食べ、今度はどこを回ろうかと考えていた矢先に突然、マーケットの一角が派手に吹き飛ばされるという出来事が起こった。
しかもその時、重低音がブーストをかけたような振動がしていたのを隼人は覚えている。
パニックになって逃げ惑う客やスタッフたちに流されて、気がついてみればすっかり逃げ遅れてしまった隼人は、この事件に能力犯罪者が関わっていることを知って先ほどから何度もFCOの本部に連絡を入れようと試みていた。
だが、おかしなことに連絡を入れようとしてもスマートフォンが圏外になってしまうのである。
(通信網が破壊されたとしか考えられないんだけど、これは一体どういうことなんだろう?)
そもそもスマートフォンは滅多なことでは圏外にはならないはずなんだけど……と首を傾げる隼人だが、いまだに遠くの方から重低音のような音が聞こえてきているのは非常に気になる。
もしかしたら、能力犯罪者が何かしらの力を発揮しているからこそ自分のスマートフォンにも異常が起こっているのかもしれない。
(この分だと、せっかく日本から船便で運んでここまで乗ってきた僕のロードスターもダメかな?)
隼人は、このマーケットの駐車場に停めてある自分の愛車、マツダロードスターのことを思い出していた。
せっかく念願の4ローターエンジンに載せ替え、1000馬力オーバーの心臓部とソプラノ歌手もビックリの高音を奏でるエキゾーストが特徴的な彼の愛車も、これではとっくに破壊されてしまっているかもしれない。
とにかく何とかしてこのマーケットからの脱出を図ろうとする隼人だが、能力犯罪者はどうやら一人ではないらしく、何人もの人間たちが暴れ回っているようで迂闊に動けない状態だった。
(土地勘もなければ、このマーケットの地理もわからないままだからな……)
とにかく今は、助けが来るまでこの地下に身を潜めているしかなさそうだと判断。
FCOと関わりを持つようになった五人のチームメンバーの中では一番の頭脳派である隼人は、冷静に状況を見極めてひたすらチャンスを待つしかなかった。