FCO de 逃走中! エピローグ
まさかこんな形でチョコスティックが役に立つとは思っていなかったスティーブは、驚きながらも真治と一緒にニコライに教えてもらった地下通路へと駆け込んでいく。
「まさかそのモニタールームから地下通路に繋がっているなんてな」
「いろいろな場所から非常用の脱出口として繋がっているらしいけど、とにかくこれで俺たちの勝ちだな」
そのまま地下通路を道なりに進んでいき、ようやく出口が見えてきた……のだが、そこに誰かの人影が見える。
数は二人……一体誰がいるのかと警戒しながらどんどん距離を詰めていけば、そこに立っていたのはともに百八十cm台の二人からしてみればやや小柄なこの男たちだった。
「侵入者はっけ〜ん!! さぁさぁ、大人しく俺たちに捕まってくれよな!」
「……お前たちか。話し合いで解決するつもりならお断りだ」
「はっ、そんないちいち回りくどいことしてられるか! 直接ぶっ飛ばせば文句ないだろ」
真治とスティーブの目の前に現れたのは、ここまで二人の前に姿を見せていなかった青峰とエレスだったのだ。
青峰は二人に向かって両手を広げ、穏やかな口調で二人の神経を逆なでするようなことを言う。
「あんまり急いでもいいことないぜ。いつも余裕を持たなきゃだ」
「余裕なんかないのは見てわかるだろう。もう時間がないんだ、そこをどけ!!」
「嫌だっつったらどーすんだよ? 俺も青峰もどくつもりはねえぜ?」
「……だったら強行突破だ!」
そう……あと一分ほどしか時間がない上に、自分たちの後ろからは「この先だ!」だの「追え、追えー!!」といった他のエージェントたちの声が聞こえてくる。
その中にはハンターエージェントも含まれているのだろう。
そんな時に立ちはだかったこの二人だが、正直に言って真っ向勝負で相手にしている時間はないので真治とスティーブで力任せに押しのけて通ろうとする。
青峰も得意の合気道は使わず、純粋に力比べで勝負だ。
「ぐっ、こっ、このっ、どけっ!!」
「嫌だっつってんだろーがオッサン!!」
まるで龍が如く4の地下水路での二対一バトルのような展開だが、その時ゴゴゴ……と音を立てて地下通路の出入り口が封鎖され始めた。
(……まずい!!)
このままでは二人とも閉じ込められて終わりだ。
かくなる上は……と覚悟を決め、スティーブは思い切って青峰とエレスの二人の首を両腕でラリアット状態に持ち込み、壁に押し付ける。
「真治、行け!!」
「……だが!」
「このまま二人とも捕まるわけにはいかん!! 行けっ!!」
「す……すまん!!」
体格差で青峰とエレスの二人をスティーブが抑え込んでくれているのを横目に、真治だけが地下通路を抜けだした。
残されたスティーブは、後ろから来たハンターエージェントのブラックバーンとカルマンに捕まってしまった……。
「アンタ、仲間思いのいい奴じゃねーか」
「……任務続行」
「はいはい、そうだなブラックバーン。だが俺たちはもう追いつけねえな。あと十分弱しかねえから残りのクレイグとフェンケルのボーヤに任せるさ」
真治のスマホの画面に浮かぶ「スティーブ・ブライソン確保」の文字。
これで残りは自分一人になってしまった上に、まだ十分弱も時間が残っている。
(十分は短いようで意外と長い……しかも俺一人でこの外側を逃げ切れってのはなかなかキツイな)
一時間というこの時間の中でバタバタと慌ただしい動きを見せてきた日本からの遠征組だが、ここまで逃げてきたのであれば絶対に逃げ切りたい気持ちでいっぱいである。
しかし、ここはFCOの本部なのでアルバートを頂点とするFCOのメンバーたちが逃げ切ることを許さないだろう。
(せっかく機密情報まで手に入れてミッションを全てクリアしたのに、俺がここで捕まったら全てが水の泡だ……)
頭の中でこれからの十分をどうやって逃げようかと色々と思案していたその時、ふと近くに人の気配を感じた真治はすぐに身構える。
普段は寡黙で身体中から殺気を漂わせている真治は、メタルギアソリッドのスネークのように傭兵として世界中で戦ってきた経験を持つ。
傭兵として活動していない時期は日本で土木作業員の仕事に就いているが、日本に居る時は平和な生活に耐えられず、生死の緊張感を求め首都高に来る。
鍛え上げられた強靭な身体を活かしたタフな走りを見せる彼は、こうした野外活動でも戦場で培った経験と肉体を活かして逃げ切ろうと考えている。
(戦場では一瞬の判断ミスが死につながる……。向こうも傭兵のような集団だからな。どこかで絶対に来る!!)
その気配を感じる方から離れるべく反対方向へと足を向ける真治の姿を、すでに確保されている四人がモニタールームで観戦していた。
「なるほど、やはりそっちに行くか。さすがに世界中で戦ってきたという経験は伊達ではないようだな」
「ああ。俺とあいつは古い友人同士なんだが、世界中の戦場を生き抜いてきただけあって生半可な度胸ではないし、その度胸を裏打ちするだけの経験も持っているからな」
地下通路から脱出できずに捕まってしまったスティーブが、モニターを見ながら腕組みをしているグルナに答える。
そんな見つめられている真治の残り時間は後五分まできているものの、最後の最後まで油断はできないのが逃走中だ。
(捕まる時は五秒で捕まるって、大江戸シンデレラの回のラスト一人の時にミッツ・マングローブも言っていたしな……)
逃走中の先輩(?)の忠告を頭の中に思い出し、残り時間がたとえ五分になろうが一分になろうが油断大敵だと真治は気を緩めない。
本部の外側は林が多いので木の陰に身を隠し、ハンターエージェントが来ないかどうかを息を潜めて待つ作戦に出る。
「ふむふむ、ここにきて隠れる作戦ですか」
「まあ、それが一番安全じゃないのか?」
下手に動くとそれだけハンターエージェントたちに見つかる可能性が高くなるし……と渡辺が分析する一方で、真治に近づいてきていたそのハンターエージェントのフェンケルは真治を見つけられずに通り過ぎてしまった。
それを見て、ライユンはやれやれと眼鏡のフレームのブリッジを中指で押し上げながら首を横に振る。
「ああ……せっかくのチャンスが不意になりましたね。私のこの能力があれば生命の流れが見えるのですぐに捕まえられるのですが……」
「今回はそれぞれの能力の使用はできないから無理なんじゃないのか?」
「おや、そうでしたね。これは失敬」
仁史に指摘されてライユンは乾いた笑いを漏らすが、仁史は彼のそんなリアクションよりも一人残った真治が逃げ切れるか逃げきれない蚊が気になっていた。
しかし、そこにガチャリと音を立てて入室してきた一人の男が。
「……おや、これは機関長。いかがなさったのです?」
「せっかくだから俺もここで、最後の時間を見せてもらおうと思ってな」
入ってきたのは先ほど、真治とスティーブと申し訳程度のドンパチを繰り広げたアルバート。
しかし、ライユンはアルバートのそのセリフに違和感を覚える。
「機関長、もしかしてまだ何か企んでいます?」
「ははっ、バレたか。いやあ実はな、今この真治を追いかけているのはクレイグとフェンケルなんだが、もっとエキサイティングにするためにどっちかのエージェントが真治を視界に入れたら合図を出してもらおうと思ってよ」
「合図?」
「そうだ。っていっても大掛かりなもんじゃねえ。小道具を使って面白くすんのさ」
その小道具が使われたのは、クレイグが木陰に身を隠していた真治の姿を発見した時だった。
――ピイィィィッ!
(はっ!?)
クレイグの吹き鳴らす銀色のホイッスルの高い音が、木々の間に鳴り響く。
反応してあからさまに動揺する真治だが、クレイグの笛の音は一度だけで終わらず、二度三度とフェンケルの耳にまで届いた。
「ははは、通報部隊も兼ねてもらったのさ。これで一層面白くなるぜ!」
「うーん、なかなかエグいですねこれは」
率直な感想を漏らす隼人の視線の先では、木陰から飛び出して全力疾走で林の中を駆け抜ける真治の姿がある。
残り二分。この状況ではかなり逃げ切るのは苦しい。
しかも別方向からは笛の音に反応したフェンケルが、林の中に侵入して挟み撃ちにしようとしてくる。
(ハンターが通報部隊なんて聞いたことないぞ!!)
これはどうやらFCO独自のルールらしいが、だったらこっちもやれるだけやってやる。
真治はオレンジのTシャツにゼッケンに黒いデニムという軽装なので、走るスピードがクレイグとフェンケルよりも上だ。
そしてその軽装が身軽さを呼び、ある程度二人を引き離した真治は目の前に見えてきた細い木に飛びついてスルスルと木の上へ。
(……どうやら見失ったようだな……)
鋭い笛の音も止まり、キョロキョロと周囲を見渡す二人のエージェントを木の上から見下ろす真治。
だが、そのエージェントたちが離れていったところで地上に降りた真治の耳に再び笛の音が。
(くっ……戻ってきた!!)
視界から消えたと思って油断した自分を、笛を吹きながら追いかけてくるクレイグとフェンケル。
ここで真治は自分の本音を叫ぶ。
「うわぁぁぁ、来るなお前ぇぇぇ!!」
「狙われたハンター」回のアンガールズ田中のごとく、残り時間後わずかで掴まりそうになりながら必死に逃げる真治。
ゲーム終了まで残り僅か。
果たして、真治が勝利し首都高の走り屋チームがはるばるアメリカで逃走成功か?
それとも、クレイグとフェンケルが勝利し逃走成功者なしか?
クレイグが脚力を活かして真治に詰め寄る。果たして…!!
「……よし、そこまでだ!」
「あっ、終わり?」
「終わったか……」
アルバートの声とともに逃走中のタイマーも終了。
そのタイマーが示している時間は「00:00」。
つまり……勝ったのは真治だった。
「や……やった……」
スピードを落として離れていくクレイグとフェンケル。
そこで真治は力尽き、フラフラとよろめきながらバタリと林の草むらの上に倒れこんだ。
「あ〜〜〜〜〜〜〜、素直に嬉しい……」
林の木々の間から見える青空が、仰向けに倒れこんでいる真治を祝福しているようだった。
これで賞金獲得である……。
「しょーがねえな、約束は約束だ。これが賞金分の小切手だ」
「え?」
小切手に記載されている数字は、アメリカドルで二千五百ドル。
それについてその小切手を渡してきたアルバートに、思わず詰め寄る真治。
「いや……ちょっと待て。賞金は五十万円相当じゃなかったのか?」
明らかに半額だろうと納得のいかない真治だが、納得のいく答えをアルバートが告げた。
「ああ、そりゃーお前が蹴り壊したドアの弁償代だ。これでもだいぶサービスしてやってんだよ」
「う……わぁ……」
真治、本部前の広場にて本日二回目の仰向けに倒れるモーション。
「試合に勝って勝負に負けたって、このことだな……」
完