FCO de 逃走中! 後編
(あの要塞みたいな堅牢で横にデカくて白い外壁の、五階建ての建物がそうだが……あそこに強行突入するといってもな……)
最初に仁史の活躍によって監視カメラを全部止めたとはいえ、さすがに内部構造を全て知り尽くしているわけではない。
それでも行くしかないスティーブは、周囲の気配に気を配りながら本部の中に向かって進み始める。
そしてそれを、先に捕まってしまった三人が本部の中にある「脱落者ルーム」にてグルナとライユンと一緒に見物していた。
「ああ、やっと僕たちのいる場所まで来るんだね」
「しかしここまでですでに俺たち三人が捕まっている上に、残り時間もまだ二十分を切ったところだぞ」
「そうだよなあ。はるばるこうしてアメリカまで来たんだから、何とか逃げ切って欲しいもんだ」
しかし、そんな隼人と仁史と渡辺の願望を打ち砕くようにライユンが勝ち誇った顔つきで宣言する。
「まあ、無理でしょうね」
「そんなのやってみなければわからないだろう?」
「おやおや、やけに自信があるのですね。しかしここはどこですか? 私たちFCOの本部なのですよ。内部構造は私たちの方が知っていますし、何よりも機密情報を奪えたからといって、そこから脱出する筋書きになっていますが……それがうまく行くとは思えませんね」
渡辺に対するそのライユンの発言は当たっていた。
脱落者ルームに設置されているモニターで見える光景は、多数のFCOエージェントたちに行く手を阻まれて思うように先に進めずにやきもきしているスティーブの姿がある。
このエージェントたちは通報部隊のようにお邪魔キャラとして駆り出されており、ハンターエージェントたちに加勢する集団なのだがスティーブたちにとっては非常にうっとうしいことこの上ない。
ならばと強行突破を企てるスティーブだが、さすがに軍人といえども前から二十人も三十人も立ちはだかって一気に押し戻されてはどうしようもない。
「どけっ!! 道を開けろ!!」
しかしそう言われても、自分たちだって機関長の命令が下っているので道を開けるわけにはいかない多数のエージェントたち。
それに今回はあくまでも「逃走中」の話なので、スティーブも武力で強引に突破するわけにもいかなければエージェントたちもそれぞれの能力を使わないように指示をされているので、純粋な力比べとなってしまう。
(くそっ、このままでは押し問答で終わってしまう!!)
何かないかとポケットを探ってみても、糖分補給のためにこちらで買ったスティックチョコぐらいしか入っていない。
これは万が一の時の食事として預かってもらっていなかったのだ。
早くしなければハンターエージェントがやってきてしまうので、こうなれば別のルートを探すしかないと考えたスティーブの左肩に何者かの手が置かれた。
「……!!」
まずい、自分はここでハンターエージェントに捕まってしまったのか!?
そう思いながら振り向いたスティーブの目に飛び込んできたのは、オレンジに近い茶髪の大柄な体躯の日本人だった。
「スティーブ、こっちだ!!」
「真治!!」
肩を掴んだのは黒羽真治。
どうやら彼は別のルートを見つけたらしく、スティーブたちの騒ぎを聞きつけてここまで駆けつけてくれたようだ。
だったらそっちに向かうだけだと、やや狭めのこの通路で踵を返して真治についていくスティーブだが、後ろからは追っ手のエージェントの男女たちが追いすがってくる。
ハンターエージェントではない後ろの連中に捕まっても失格にはならないのだが、大幅なタイムロスになるのは確実なので、全速力で逃げながら二人は何か使えそうなものがないかを探す。
すると、その時真治が使えそうなものを発見した。
(これだ!!)
真治はスピードを落とし、横の壁に取り付けられている透明なカバーがかかっている赤いボタンに右の拳を叩きつける。
その瞬間、目の前の天井からシューッと音を立てて防弾、防爆仕様の防火シャッターが降りてきた。
それに二人揃ってスライディングで突っ込み、ギリギリで滑り抜ければ後ろのエージェントたちを隔離しつつ逃げ切ることに成功した。
「バーチャコップっていう警察が製薬会社のビルに突入した時、同じような仕掛けで敵の増援を回避したらしい」
「そういえばアランとウェズリーも敵の将軍を追いかけた時、間一髪で滑り込んだことがあるらしいな」
そんな会話を交わしつつ、何とかこの広い本部の中を駆け回り、追っ手を振り切った真治とスティーブ。
そして目的のアルバートの執務室を見つけ、真治が全力疾走からの飛び蹴りで五階にある重厚な防爆・防弾ドアを蹴破る。
そこには逃走者たちを待ち構えていた、この機関の主である男の姿があった。
「……仁王立ちして余裕だな?」
「ま、俺はこの状態でも逃げられる自信があるからなぁ。それはそうと、その扉、後で弁償な。高いんだぜ?」
「そんなこと言われても困る。こっちはそっちの機密情報が欲しいんだよ」
しかし、アルバートは懐から取り出したデザートイーグルの銃口を真治に向けた。
それを見た真治もハッキリと自分の意思を告げる。
「いやだね、少なくとも弁償なんかしない。その机の上にあるものを力ずくで……とも言いたいけど、力でも銃でもあんたには敵わないからなあ。というわけで……」
真治はそう言いながら、アルバートに向かって近くの椅子を投げる。
しかし当然、アルバートはそれをよけながらデザートイーグルを撃つ。
だが、それこそが床を転がって銃撃を回避した真治の狙いだった。
「……行けっ!!」
「よし!!」
真治が気を引き、ドアの外からタイミングをうかがって一気に飛び込んできたスティーブがアルバートのデスクに向かって飛ぶ。
そしてデスクの上を転がりつつ、振り返りざまに機密データの入ったディスクを真治にぶん投げる。
真治はそれをうまくキャッチして、スティーブが来客用の軽いソファーをアルバートに向かって押し、身動きを少しだけ封じて何とか逃げ出した。
当然、アルバートはデスクについている本部中にアナウンスが可能なスピーカーシステムで非常事態を警告する。
「『非常用赤信号』。やれやれ……」
残り十五分になった今、その逃げていった二人のスマホのメッセージにこの逃走中最後のミッションが入る。
ミッションその五:FCO本部から脱出せよ!!
アルバートによってFCO施設全域に非常用赤信号が出された。これを解除する手立てはない。
死に物狂いでやってくるエージェントたちをかわし、非常用の地下通路から逃げ切れ!!
ただし地下通路は残り十分で封鎖されてしまう。
「おい、地下通路なんてあったか!?」
「知らん!! だがこう書かれているということはあるのだろう!!」
本部の正面玄関を始め、ありとあらゆる出入り口は封鎖されてしまった。
残っているのは地下通路だけだが、その出入り口を二人は知らないままである。
残り時間もそんなに残されていない中、何か手掛かりがあるのではと考えた二人はとにかく近くのドアの先に飛び込んだ。
そこには……。
「あっ、あなたたち……!?」
「お前は……ロシア人のオペレーター!?」
飛び込んだのは監視カメラのモニタールーム。
まずい場所に飛び込んでしまったとすぐに脱出しようとするが、オペレーターのニコライはもちろん逃がしてくれそうにない。
「まあいいや、あなたたちがここに来た以上は俺も逃がさないよ」
「……じゃあ、これをやるから見逃してくれ」
そう言いながらスティーブがズボンのポケットから取り出したのは、万が一のために取っておいたチョコスティック。
それを見た瞬間、ニコライの顔色がパッと明るくなった。
「えっ、それ俺にくれるの?」
「ああ。ただし俺たちを見逃して、地下通路への行き方を教えてくれたらだ」
「うーん……しょーがない、わかったよ。残り時間も頑張ってね!!」