FCO de 逃走中! プロローグ
「Cha$e?」
「ああそうだ。日本では「Run for the Money 逃走中」という名前で放送されている番組なんだがな、それをFCOでもやってみようかって話になったんだよ」
「ちょっと何言ってるかわかんないです」
FCO本部にある、機関長の部屋に直々に呼び出された五人の男たちに向けて、その部屋の主でありFCOのトップである機関長が口を開く。
そんな会話から始まった今回の話。
そのためだけに、わざわざ日本の東京と神奈川からこのアメリカのシアトルまで五人の男たちが呼ばれていた。
「往復の交通費は出すし、FCOの本部で食事も出すし泊めてやるからやってほしいことがあるって俺たち五人がこうしてきたわけだが、大体イメージできるんだよな」
五人の中のリーダーであり、かつては首都高で最速といわれた伝説の走り屋であるプロレーサーの渡辺亮が、これから自分たちが何をさせられるのかを察して頭を抱える。
それはつい先日、このFCO本部に単独で呼び出されて不慣れな格闘戦をさせられた荒巻隼人も同じ考えであった。
「僕も同じ気持ちですね。そもそもこの前フェンケル君と僕で格闘戦させたじゃないですか。その傷も記憶とともにまだ新しいっていうのに、また呼び出していろいろさせたいんですか?」
フェンケルとは最後に壮絶な血みどろの戦いになったこともあって、バルドゥールに治療してもらったとはいえそれも限度があるので傷跡だっていくつも残っている。
なのに今度は何をさせるつもりなのかと、隼人はややイライラしながらも機関長のアルバートに詰め寄る。
その隼人の横では同じようにFCOのエージェントと勝負した経験がある二人の男の姿があった。
「中将、俺と仁史たちも以前青峰と勝負しました。それでもまだ満足ではありませんか?」
「そーだよ。俺たちだって暇じゃないんだけどな」
日本では仕事もあるのに……とアルバートが自分たちにさせたいことを察しながらスティーブと仁史が自分たちの気持ちを述べる。
それを横目で見ながら、応接用の椅子に座っている黒羽真治がアルバートの目的を言い当てる。
「要するに、俺たちにその逃走者になれってことなんだろう?」
「そうだ。察しがいいな」
「話の流れでわかる。俺も日本では何度かその番組は見たことがあるし」
アメリカバージョンはわからないものの、日本ではそれなりに知名度の高い「逃走中」という番組。
真治以外のメンバーも最低一回はそれは見たことがあるのだが、まさか非公式とはいえ自分たちがその逃走者になるとは思いもよらなかった。
「え、それで結局俺たちには拒否権はないんだろう?」
「そうなるな。だが、それを承知の上でわざわざ日本からここアメリカのシアトルまではるばるとやってきたのだから、参加してもいいという意思表示だろう?」
「……なんか、騙された気分だ……」
とはいえ自分たちの意思でやってきたのは確かだし、やらなければ帰してくれなさそうなので五人はここで逃走中に参加することになった。
だが、ここで思わぬ情報がアルバートと一緒にこの機関長の執務室にやってきていたバルドゥールからもたらされる。
「お前さんたちには一応賞金も出すぞ」
「そうなんですか?」
「ああ。一時間逃げ切ったら日本円で五十万円出そうってアルバートと俺が決めたんだ」
人間の本能には忠実で、まさに現金な話である。
ただし一時間逃げ切ることができなければ当然賞金もないので、五人にとってはシビアなゲームになるだろうとアルバートもバルドゥールも思っていた。
「……なら、この追いかけっこは俺たち首都高の走り屋とFCOの全面戦争ってことになるのか」
「そんな大げさなもんでもない……いや、あるかもな」
「お、おう……」
さすがに自分も冗談のつもりでそういう表現をしたものの、アルバートに割と本気でそう言われてしまった真治はリアクションに困ってしまう。
ともかく、今回の話は日本の逃走中ルールに則ってやるらしく、それなりのストーリーも用意されているらしいのだ。
「そういえば中将、逃走中のストーリーを作ったと聞いているのですが?」
「ああ、それは俺たちが作ったんじゃない。作ったのはオペレーターのニコライと日本人エージェントの青峰、そしてエージェントたちのリーダー格のクレイグだ」
「あ、なるほど。それでどういったストーリーになる予定なんです?」
せめてあらすじだけでも知っておきたい少佐のスティーブが、自身の所属する海軍とは違うものの同じアメリカ軍の上官である陸軍中将のアルバートに質問すれば、中将は苦笑いしながら答える。
「まあ……それはやってみてからのお楽しみって奴なんだが、俺たちもやるからには本気でやるつもりだからな。だから完全にお前たちと俺たちFCOが敵対するストーリーラインになっているぞ」
「……本当に本気なんですね」
最終的なストーリーの許諾は機関長のアルバートが下ろしたため、彼の表情を見る限りではこの逃走中の中だけとはいえ、首都高の走り屋代表五人とFCOとの全面戦争勃発という話になるようだった。
そしてここでいつまでも話していても話が進まないので、バルドゥールが五人を促して行動を開始させる。
「さて……とりあえずお前さんたちにはスマートフォンと持ち物を預からせてもらう。俺たちが逃走中の連絡用に用意したスマートフォンがあるからそれを使ってもらうぞ」
「それから俺たちが逃走者を見分けるために、この黒いゼッケンをお前たちは服の上からつけてもらうぞ」
こうして準備が始まったFCOでの逃走中は、簡単にまとめるとルールがこのようになった。
舞台はFCO本部だが、施設の建物内は一部のみ逃走エリアになる。
逃走メンバーは日本からやってきた中年男性の5人。
ハンター役はFCOの最大4人で、フェンケルとカルマンとクレイグ、そしてアルバートの護衛のような存在であるブラックバーンでハンターチームとなる。
そしてここで仁史がこのことについて聞いておく。
「ミッションもあるのか?」
「もちろんだ。オープニングミッションは今回は場所やコストの面もあって省略するけど、きちんとお前たちに支給したそのスマートフォンにミッションの連絡がいくぞ」
FCOと敵対関係になる自分たちといい、課せられるであろうミッションといい、わざわざこのかなり広い本部を使うといい、いかにアルバートたちが本気でこの逃走中に取り組んでいるのかが垣間見える。
そうだとしたら自分たちも本気で逃げるしかないということで、まずは五人が身支度を整えてそれぞれ指定された場所へと移動する。
そこからはスマホの指示により、自分たちが逃げ始めるタイミングがわかるのだ。
「さて……せっかくはるばるアメリカまで来たんだし、五十万ゲットして帰りますか」
最初は乗り気ではなかった渡辺は、こうなったらとことんやってやると気合いを入れる。
首都高最強の男は逃走中でも最強だということを証明するために。
「はぁ?、機関長の無茶振りには参るよね。僕の会社といろいろ取り引きしてくれるから無碍にはできないんだけどねえ……」
何だかんだでここまで来てしまう自分が、ほんと……なんだろなと自分の気持ちを身体が裏切っていることに気づきつつも、隼人は屈伸をして身体をほぐす。
(前にフランスの双子と勝負したこともあったが、今回あいつらの弟はハンターじゃないんだな)
てっきり双子がチームプレイとかしてくるかと思っていた真治は、兄の方しか出てこないことに少し違和感を覚えていた。
「エージェント三人はわかるんだが、ブラックバーンというのが非常に不気味だ。本家のハンターみたいな奴だから警戒しておこうっと……」
一番警戒するのはブラックバーンかもしれない、と仁史は警戒心を高めながら自分がどう逃げるかを考えていた。
(中将閣下の頼みともあれば、所属は違えどこうして来てしまった……しかしやるからにはこちらも本気でやらなければ、閣下に申し訳が立たない!!)
アメリカ軍の軍人として、という気持ちが先行するスティーブは他の四人と違って義務感が強いのだが、逃げ切りたいというのは義務ではなく本心である。
そのスティーブが手に持っているスマホの画面が青く光り、5の数字が現れてカウントダウンが始まった。
5、4、3、2、1……ゲームスタートだ。