終わることのない戦い?
(※終盤に流血表現のある挿絵あり。)
アメリカ・シアトルにあるFCO本部。
ここに今回、一人の男が日本の神奈川から呼び出されていた。
「……意味が分からないな」
そう言いながら溜息を吐くのは、神奈川県の横浜市で荒巻財閥の重役の座に位置している荒巻隼人。
以前、このFCO本部にてスティーブと青峰のバトルをしたときにその場にいた一人なのだが、今回はなぜか彼が一人でここに呼び出されていた。
彼の財閥とFCOは色々と日本での活動をするときに、物資の輸出入などで関係を持つようになったのだが、今回の話はそれ関係ではないらしい。
「僕は戦いのド素人だよ? 車のテクニックじゃ負ける気はしないけど、その僕に殴り合いをしろだって?」
「ああ。FCOとしても能力者犯罪対策にデータが欲しいんだ」
「いや、あの……僕は能力者じゃないんだけど……」
どこからどう見ても普通の人間ですけど、という隼人だが、話している機関長のアルバート曰くそういうことではないようだ。
「能力者犯罪に対抗する、一般人の戦闘データが欲しい」
「え?」
「能力者じゃない一般人が、能力者を相手にどこまで対抗できるかを見てみたいんだ」
「割と無茶苦茶ですね、それ」
もちろん怪我をしたら、優秀な医者であるバルドゥールが治してくれるとのことなのだが、ハッキリ言って隼人は気が乗らない。
しかし、そんな彼の心を動かす発言をアルバートが。
「しかし、お前は確かデータを何よりも重視する人間だと聞いているぞ? だったらデータの重要性は知らないわけじゃないだろう?」
「……」
そう言われると言葉に詰まってしまう。
納得せざるを得なかった隼人は、一つ覚悟を決めて戦ってみることにした。
「……治療してくれるんだよね」
「もちろんだ。それにお前にふさわしい相手も用意する」
「ふさわしい相手?」
それって誰なんだろうと隼人が思いつつ、二人が向かい合って座っている機関長室。
そこに通されたのはこの男だった。
「お呼びですか、機関長」
「フェンケル、よく来たな。まあ座れ」
呼び出されたのはオランダ人のフェンケル・レインチェス。
彼は戦闘能力は一応あるものの、正面からの打ち合いは不得意だと隼人はデータを思い出していた。
「……というわけなんだが」
「まあ……機関長がそういうのであれば」
アルバートの部下という立場もあってか、むげに断ることはできない様子のフェンケル。
こうしてなし崩し(?)的に決まった怠慢バトルは、FCO本部施設内の片隅にある使われていない倉庫の中で行われることに。
『よし、それでは始めるとしよう』
ルールはどちらかが音を上げるか、ストップがかかったらそこで終了である。
それからもちろん殺すのは無しである。
「お互いにこんなことに巻き込まれて大変だよね」
「そうだな。だが……機関長の命とあれば、私は手加減はしないつもりだからそのつもりで」
「うん……いいよ」
この瞬間、ちょっとだけ隼人の闘志に火が付いた。
そして互いに向かい合った二人。
先に動いたのは隼人だった。
「……ふっ!!」
「……」
黙ったまま何を考えているのかわからないフェンケルに対し、戦闘能力がほぼゼロの自分なので、このまま一気に押し倒して勝負を決めてしまおうとする隼人……だが。
「……!!」
「……っ」
ギリギリで踏ん張りを見せたフェンケルはそのまま隼人と取っ組み合いになる。
そして戦いにまだ慣れていない隼人がバランスを崩しかけたところを見逃さず、隼人の無防備な部分である顔面に向けて全力の右の拳をまっすぐに突っ込んだ。
「ぐふおっ!?」
とっさに左に顔を背けると同時に、自分の右手で右頬を防御したものの、フェンケルの拳はその防御をもすり抜けるぐらいに強いものだった。
側頭部から伝わる激しい痛みに視界をぐらつかせ、後ろにたたらを踏んだ隼人に対してもフェンケルは容赦せず、隼人の身体に的確に拳を突っ込んでいく。
「ぐぅ……っ!!」
隼人も何とか反撃を喰らわせるべく右の前蹴りを繰り出すが、それをフェンケルはいとも簡単に素早く、右足を半円を描くように後ろに動かして横向きに回避。
蹴りを空振った隼人の懐目掛けさらに連続で拳を入れ、とどめに腹に前蹴りを入れてやる。
「がはっ……!!」
「……」
何度も腹に拳を入れられ、先ほどの側頭部への衝撃もまだ抜けきっていない状態で喰らったその前蹴りは、隼人をうつ伏せに地面へと倒すには十分な威力を持っていた。
しかし、隼人はまだ戦闘続行可能。
痛む頭と腹を押さえながらも、頭を振って気合いを入れ直してから再び取っ組み合いの姿勢に入る。
いずれにしてもこのままでは先ほどと同じことになりそうなので、今度は自分も左右の拳を繰り出す。
「ふん!!」
「ぐっ!!」
二発目まではかわされてしまったが、三発目の右の拳はフェンケルの左頬を捉える。
その拳でグラついたフェンケルに向けて、今度は抱え上げからの投げ飛ばしをする隼人。
地面にフェンケルを叩きつけてそのまま馬乗りになり、顔面目掛けて拳をまっすぐに突き出す。
「このっ!!」
「っ……!!」
突き出された拳がフェンケルの顔面を捉えて、手応えを感じる隼人。
だがフェンケルは右足を振り上げて隼人の背中を押してバランスを崩し、そこから上半身を起こしつつの頭突きを隼人の顎めがけて突っ込んだ。
「こっ!?」
「……」
顎から脳天を揺さぶられる衝撃に隼人はぐらつくものの、それでもフェンケルの着込んでいる上着の襟首を掴んで近くの壁に叩きつけ、先ほどのお返しとばかりに何発も拳をその腹に叩き込み、左の拳を彼の右頬へ。
さらに追撃で右の拳をフェンケルの顔面に叩きつけようとしたが、すんでのところでフェンケルに回避されてしまい、行き場を失ったその拳は思いっきり硬い壁を殴る結果に。
「ぐぅっ、あっ!!」
自爆する結果になった隼人の背後に回り込んで、フェンケルは今の隼人と同じく連続で拳を腹と顔に叩き込む。
そして先ほどからのダメージが蓄積して、ズルズルと地面に倒れ込んだ隼人に追撃の蹴りを入れようとしたものの、それを力を振り絞って隼人は身体を倒して回避。
その体勢を利用してフェンケルの股の間に右腕を入れ、左手で彼の右足を抱え込んだ隼人は下から上に向かってフェンケルを持ち上げる。
そのまま後ろに見える倉庫の搬入用のシャッターに全力で彼を叩きつけ、反動を利用して反対側を向き、全力で彼の身体を投げ飛ばした。
フェンケルは投げ飛ばされた先に置いてあった木箱の山を破壊し、地面に転がる。
だが、隼人も身体へのダメージはなかなか大きいので血を吐いてしまう。内臓が傷ついているようだ。
「……っ……!!」
「ぐほっ、がはっ……!!」
フェンケルもエージェントなので、我流の戦い方でもしているのだろう。
だが自分だってわざわざこうして日本から呼び出されてこんな無茶ぶりまでされて、手加減しないなんて言われるとそう簡単に負けるわけにはいかないのだ。
それを倉庫に何個も取り付けられている監視カメラから見ているアルバートは、隣に立つバルドゥールに声をかける。
「どう思う?」
「ん〜、そうさねぇ、俺が見る限りはなかなかいい勝負なんじゃないかい?」
「ふむ……前にプロドライバーを目指していたことがあると言っていたから、そのあたりの動体視力はしっかりしているようだと俺も思う」
中年の二人がそう分析する中、投げられたフェンケルは木箱の上に置いてあった工具箱も一緒に破壊していた。
しかし、その中から零れ落ちたライムグリーン色のカッターを発見し、黒い手袋をはめている右手にこっそりと握る。
それに気づかない隼人は、そのままフラフラとフェンケルに近づいて追撃をかけようとした。
「……っ!!」
「ぐああっ!?」
足に伝わる衝撃。
そして視界に映る、カッターナイフを持っているフェンケルの姿。
自分が斬られたのだとわかった隼人は、追撃をかけてくるフェンケルの凶刃からギリギリで逃れ……きれない。
「ぐっ、あ!!」
立て続けに斬られ、後ろにしりもちをついてしまう。
このままではまずい。自分も何か武器を……。
「……!」
右手を動かして地面を滑らせれば、先ほどフェンケルが破壊した木箱の鋭い破片が手に当たる。
それを手に取った隼人は、フェンケルが近づいてきたところでお返しに彼の太ももを斬りつけてやる。
「がっ!?」
「ふん!」
素早くその破片を、今度はフェンケルの脇腹に突き刺す。
だがフェンケルは後ろに身体を引いて振り払いつつ、隼人の左肩をカッターで突き刺した。
「ぐ……ぐぐ……!!」
そのまま後ろに回り込まれるものの、戦いに慣れてきた隼人は右手の破片をフェンケルの右太ももに突き立てる。
そこから身体を回転させ、カッターを引き抜きつつフェンケルの右肩から右わき腹にかけて縦に斬りさいてやる。
「があああっ!?」
「ぐえっ!」
悲鳴を上げながらも、引き抜かれたカッターで隼人の左腕を斬りつけるのは忘れないフェンケル。
お互いに血をまき散らし、血みどろのバトルだ。
胸を斬られ、膝を斬られ、脇腹にカッターが突き刺されば、肩に破片が突き立てられる。
「はぁ、はっ、はぁ……」
「ぐ……うう……ふっ……!!」
お互いに意識がかすんできた。
おそらく次の一手が最後になるだろうと考え、自分の武器を振り上げる二人だったが……。
「あ、まずい!!」
「よし、そろそろ止めてやろう!!」
見守っていた二人の中年男性の目には、決着をつける寸前でお互いに意識を失って地面に倒れこむ二人の男の姿があった……。
「……あれ?」
隼人が目を覚ますと、そこは見知らぬ天井。
一体ここは……と思って周囲を見渡せば、傍らにはカルテに何かを書き込むバルドゥールの姿。
そして隣のベッドにはフェンケルが寝ている。
「お、目が覚めたか。お前さんとフェンケルの戦いは引き分けだよ」
どうやらここは医務室のようだと気が付いた隼人。
そしてその隼人に気が付いたバルドゥールが声をかける。
「あ……引き分け?」
「そうだよ。でもお前さん、うちのエージェント相手になかなか頑張ったじゃないか。おかげでいいデータが取れたって機関長が喜んでいたよ」
「僕は喜べないけどね……」
引き分けでも何でもいい。
とにかく今はまだ痛むこの身体をもう少し休めたいと思い、再び夢の世界へと入るべく隼人は目を閉じた。
終わり