首都高サーキットバトル!!
「ふいー、やっと帰ってきたぜ俺の横浜!!」
「ふむ、ここが日本か」
遠くはるばるアメリカはシアトルから、FCOという組織に所属しているエージェントが日本の横浜に二人やってきた。
といっても任務で訪れたのではなく、茶髪の青年が神奈川県出身なので、彼の相棒であるイタリア出身のエージェントの観光もかねての里帰りである。
彼の名前は青峰霖斗。FCOの犯罪対策部に所属するエージェントである。
日本の関東一帯を束ね、義侠を重んじる極道組織「
「よっしゃ、せっかく日本に来たんだから観光案内してやるよ。どこがいい?」
「そうだな。それでは……私は噂のスカイツリーというタワーに行ってみたい」
「スカイツリーか。それじゃ首都高で行こう。のんびり下道で行くのもいいけど、渋滞にでもはまったら予想以上に身動きが取れないからな」
日本の道路事情はアメリカと違うので、肩の力を抜いて生きることを信条とし、我慢はしない主義の彼は迷わず首都高を選んで少しでも渋滞を回避することにする。
愛車のGRX133 トヨタマークXもわざわざシアトルから船で事前に日本へと持ち込んでおり、レンタカーを借りるよりも乗りなれた車で走ることを選んで気持ちに余裕を持たせたかったのだ。
「うわ、高いなここは!」
「そりゃそうだ。東京タワーよりも高い634メートル……むさしの高さだからな」
日本が地元の霖斗は、相棒のエージェントであるロベルト・チェレーノにそのスカイツリーをはじめいろいろな場所を案内する。
東京のダンジョンと呼ばれる新宿駅、若者の街である渋谷、電気街とアニメの聖地秋葉原、雷門で有名な浅草、等身大ガンダムの置いてあるお台場。
それから都内から出て横浜の赤レンガ倉庫、中華街の各種中華料理、横浜マリンタワーや山下公園、みなとみらいの夜景やよこはまコスモワールドなど、東京都内と横浜のありとあらゆる観光スポットを案内する。
そして夜は霖斗の実家に泊めてもらい、日本料理に舌鼓を打つ。
「ふむ、和食というものはイタリア料理とはまるで違うが、これはこれで味があるものだ」
「お、座布団一枚!」
「……?」
(あ、わかっちゃいないな)
「味がある」ということをうまく掛け合わせた相棒の感想に感心して霖斗はそう言ってみたものの、キョトンとされてしまったので感心するのをやめる。
しかしその翌日、せっかくなので夜の首都高サーキットでもドライブ氏に向かおうかと思った霖斗とロベルトの前に、大黒パーキングエリアであの男たちが現れたのだった。
「……あれっ!? 何でここにお前たちがいるんだ?」
「それはこっちのセリフだよ。おまえらってシアトルにいるんじゃなかったのか?」
大黒パーキングエリアで再会したのは、かつてシアトルのFCO本部でレースバトルを繰り広げたスティーブ・ブライソンだった。
そしてその傍らには、彼の仲間でありFCOとも親交が深いVSSEの任務に何回か絡んだことがある、谷本仁史という男の姿もあった。
彼らいわく、ここは自分たちのサーキットなので今日もいつも通りに走りに来たという。
「まさか、お前たちもここに走りに来たのか?」
「違うよ。俺はロベルトの観光案内を昨日までしてきたの。それで俺は里帰り中。そんでここはサーキットっていうけど……公道だろ?」
「いいや、違う。ここは立派なサーキットだし、俺たちはここでバトルに繰り出そうかと思ってな」
しかし、そこでロベルトの頭に血が上った。
「ここは公道だろう!? そんなところで暴走などっ……!!」
「おい、落ち着け。ここはサーキットとして再利用されているんだよ」
「ちょっと待ってくれ。どういうことか説明してくれないか?」
話がうまく呑み込めていないFCOの二人に対して、サーキットだとかたくなに主張する仁史の説明によるとこうだった。
「新首都高の完成により、首都の動脈としての首都高はその役割を終えたんだよ。それで数年経ったのち、モータースポーツ振興の一環として政府により完全なハイテクサーキットとして復活を遂げたんだ」
だからいくらスピードを出しても合法だし、この大黒パーキングエリアだってちゃんとタイヤ交換とかできるピットエリアになっているんだから、と説明すればロベルトも落ち着きを取り戻していった。
「うむ、それならば問題はないだろう」
「へー、そーだったんだ。長いこと日本にいなかったからなあ、俺は」
その時、ふと霖斗の頭にある提案が浮かんだ。
「なあ、せっかくだから今度はお前とバトルしてみたいんだけど」
「俺と?」
自分を指さす仁史に対して、霖斗はうなずいて続ける。
「ああ、そうだよ。この前はお前とやっただろ? だから今度はお前とバトルしたかったんだよな」
「まあ……俺は構わないけど、観光はいいのか?」
「へーきへーき。昨日まで散々してきたからな」
というわけでやや強引ではあるものの、霖斗と仁史のバトルが決まった。
ただし、ルートはこの大黒パーキングエリアの周辺ではない。
湾岸線は直線がずっと続くので仁史のS14シルビアはパワーで負けが確定するし、横羽線も小さくて緩いカーブの続くハイスピードコースなので、霖斗のマークXに大きな勝機がある。
しかし、東京まで足を延ばしてC1環状線で勝負となると、今度はきついカーブが続くので車体の大きくて重い霖斗のマークXは不利だ。
そして横浜環状線もまた、小さくて緩いカーブの続くハイスピードコースなので、霖斗のマークXに大きな勝機がある。
「で、俺が選ぶのはレインボーブリッジやら湾岸線やらを一気に走れるC2新環状線だ。お台場をぐるりと囲むように造られた場所だぞ」
「ああ、それはわかってるよ。でもここにこの二人を残していくのはなあ……俺の地元は神奈川だしさあ」
「なら、辰巳パーキングエリアで待っていればいい。スティーブのMR2と一緒にいれば、とりあえずは治安的にも問題ないだろうしな」
そもそも霖斗もロベルトも能力者なので、生半可な相手には負けるはずがないし一般人相手に能力を使う気もない。
喧嘩をしに来ているわけではないのだから。
そうしてバトルコースも決定し、辰巳パーキングエリアからスタートし、新環状線を左回りで一周して先に戻ってきた方の勝ちである。
「本線に合流したら俺がウィンカーを三回点滅させる。それが消えたらスタートだ」
「わかった」
辰巳パーキングエリアから出ると、すぐに辰巳ジャンクションの緩い左カーブがやってくる。
そこを抜ける少し前からウィンカーを点滅させ始めたS14を見て、霖斗もS14の横に並ぶ。
首都高をこうしてハイスピードで走るのは初めてだが、自分からバトルを提案した以上は負けるわけにはいかないのだ。
(さぁ、行くぞ)
S14のウィンカーが消えると同時に左カーブも終わり、黄緑のS14と青いマークXが同時に全開加速!
S14は以前シアトルでバトルしたスティーブのMR2とパワーが余り変わらないらしく、マークXがその大排気量のエンジンの加速を活かして一気に前に出る。
(やっぱり加速は向こうが上だな。しかし首都高はそんなに甘くないぞ)
「イリュージョンB」と呼ばれる通り名を持つ仁史。
幻想のように現れ、一瞬の後に見えなくなるところから、この通り名がついた。
光の軌跡を残す美しいドリフトを間近で見ようと、バトル希望者が殺到しており、とてもさばき切れないため、初心者は相手にしないことにしている。
(排気量が大きい方が加速はいいんだが、やっぱりこっちのシルビアじゃあ、マークXの加速にはかなわないな)
スタートダッシュに重点を置いたチューンで、他の車をすり抜けていく姿はまさに神業。
美しい走りを信条としているため、ブロックなどは一切行わない。
相手から余りにも激しいアタックを受けると勝負を投げる時がある。
反応の良いアクセルで、弾かれるように加速するマシンは、カーブでのドリフトを容易にしている。
特に都心部で見せるドリフトは、そのボディに街灯が映りこみ、美しい軌跡を残しながらカーブを抜けていく。
普段はカーブの多いC1環状線を中心に攻めているが、その理由はやはりそのドリフトにある。
(だが、今回は派手なドリフトは不要だ!!)
ターボを変えたり、エンジンそのものに手を入れたりして400馬力にまでパワーを上げているS14。
かつては500馬力以上出していた時もあったが、車への負担を考えて今の状況に落ち着いた。
そんな愛車とももうかなりの付き合いになるのだが、相手が新型車だからといってまだまだ戦えると意気込んでいる。
特にこの首都高は自分のホームコースなので、なおさら負けられない。
つまり、霖斗としても仁史としても負けられない戦いがここにある。
(直線では俺の方が速い。だけど、あの仁史ってのはスティーブよりもテクニックが上と見受けられる。気は抜かない!)
なるべく直線の続く区間で一気に差を広げようと、霖斗は自慢のパワーを活かして逃げ切りを図る。
彼だってプロのレーシングドライバー顔負けのテクニックを持つのだが、この後に首都高の恐ろしさを知ることになる。
その頃、置いてけぼりにされた二人は妙な会話を繰り広げていた。
「え? 隼人がそっちに行った?」
「そうだ。スティーブ殿の知り合いで、大きな財閥の重役だな。その彼が、フェンケルという私たちの組織の者と戦いを繰り広げる予定だ」
「……まさか、フェンケルもレースとかやるのか?」
そんな感じにはとても見えなかったけどなあ、と長い金髪を後ろで束ねた、無口で赤い目を持つオランダ人のことを思い出しているスティーブ。
しかし、ロベルトが言うには別のバトルらしい。
「いいや、戦闘のデータ収集のためだ」
「何の?」
「戦うのに不慣れな者の戦いのデータを集めたい、ということで機関長が荒巻殿に申し出をしたらしい」
「あ……なるほどな」
隼人はよく一緒にいる他の四人と違い、肉弾戦などにはまるで無縁の人間である。
そしてフェンケルもまた、肉弾戦が苦手な能力者なのでそちらのバトルは確かに拮抗しそうな予感がしていた。
その一方で、マークXとS14のバトルは拮抗している状態に突入していた。
(追いつかれた……!!)
(よし、追いついた!)
バトルは新環状線から銀座方面へ。
日本橋ジャンクションを抜け、ここから芝浦ジャンクション……レインボーブリッジまで一気に南下していくのだ。
その日本橋ジャンクションの手前から、新環状線左回りではちまちまとカーブが増えてくる。
中にはかなりきついカーブもあり、思い切り減速しないと曲がれない。
そしてこういったきついカーブは、ドリフトが得意な仁史の独壇場である。
更にいえば、この首都高という道はサーキットになったとはいえ、もともとが公道で利用されていた上に他の参加者も走りに交じっているため、自分の思い描いている走行ラインで走れないのが当たり前だ。
(くっ、あそこに他の車が!!)
カーブから直線に抜けるところで加速しようにも、アクセルを踏もうとした先に他の参加者がいるため減速を余儀なくされる霖斗。
対する仁史はそんな他の参加者のラインもすべて読み切り、スイスイとカーブをドリフトで駆け抜ける。
「公道は生きている」と誰かが言っていたが、それはサーキットになっても変わらないのが首都高だ。
(抜かれた!!)
(だから首都高はそんなに甘くないんだよ!)
他の参加者に詰まってもたついた霖斗を、仁史が一気にパスして前に出る。
更にいえば、この首都高ならではのもう一つの要素が霖斗に牙をむく。
(……しかもなんだここは! やたらと車が跳ねる!)
そう、ハイテクサーキットに生まれ変わったとはいえ、もともとは長年使われて老朽化していた公道。
ボコボコに荒れた路面、波打ってスリップする舗装、路面のつぎはぎなどは、すべてタイヤを通じてドライバーのハンドル操作の誤りの原因にもなる。
ここまでひどい路面を走るのが未知の経験の霖斗は、無意識のうちに安全を意識してアクセルを踏むのをためらう。
(霖斗は少しずつ遅れ始めたか。だけど……この先のレインボーブリッジから先はスピードの乗る区間。またパワーで逆転される前に、一気に勝負を決める!!)
パワーで負けている仁史は霖斗に抜かれる前に、先行逃げ切りで勝ちに出る。
そのレインボーブリッジを超え、S14に追いつくべく霖斗はアクセルを踏み込む。
(まだ負けたわけじゃないからな!)
少しずつだが、確実に差は詰まっている。
こっちの方が新型車で安定性も高い。
グーっとアクセルを踏み込み、お台場の有明ジャンクションを抜ければ、一時的に直線が続く湾岸線に合流する。
ここで霖斗は勝負に出る!
(エンジンが壊れる覚悟で踏み続けるだけだ!!)
床までアクセルを踏み込み、足がブルブル震えながらも先行するS14の姿が大きくなってくるのがわかる。
本来ならここで進路をふさいでブロックするのが常なのだが、仁史はブロックは一切しないと決めている。
そして、それが彼に敗北をもたらす結果となった。
「……あっ……」
(よし、抜き返した!!)
最後はマークXのパワーを活かし、先に辰巳パーキングエリアに戻ってきた霖斗の勝利となった。
「あー、負けた負けた……でも首都高ってのもなかなか面白いもんだろ?」
「そうだな。公道をベースにしたサーキットってのは非常にスリルがあった」
この辰巳パーキングエリアは走り屋の聖地の一つなので、他の参加者がもっと集まってくる前に四人は帰ることにする。
そう、この首都高バトルはこうして終わりを告げたのだが、これからシアトルで始まるバトルはさらに過激なものとなることを四人は知る由もなかった……。
終わり