奇妙な場所での大胆なバトル!
アメリカ・シアトルにある国家特殊機関、FCO(Faculty Command Organization)の本部。
ここの本部の敷地内を使って、日本の横須賀からはるばるシアトルまでやってきたテキサス州出身の海軍軍人スティーブ・ブライソンのSW20・トヨタMR2vsFCOの犯罪対策部に所属するエージェントである神奈川県出身の日本人、青峰霖斗のGRX133・トヨタマークXというトヨタ車同士の対決が始まろうとしていた。
ひょんなことから知り合い、お互いにドライビングテクニックではどちらが上か? という話題に発展したことからこの話は始まった。
「俺と走るのはいいが、俺は本気でやらせてもらうぞ?」
「そりゃあもちろん。俺だって車の運転が趣味なんだし、こうして一緒に走れるだけでうれしいさ」
本部の敷地内を使うという大胆かつ壮大なこのレースは、FCOの機関長であるアルバート・リーンディクスが直々に許可を出してくれた。
もちろん人的被害が出ないように、夕方の人気の少ない時間を使って、人払いと安全をしっかり確保したうえでの話だ。
カフェテラスやら訓練場やらのいろいろな建物の間をすり抜けるコースのレイアウト。
お互いにこの本部の場所を知っているとはいえ、まさかこの施設全体を使っての走りの勝負になるとはちょっと予想外だった。
そして、機関長が直々に許可を出してくれたのもまた予想外だった。
「よし、準備はいいか?」
「いいだろう。このコースマップに沿って走るんだな?」
「ああ。向こうで折り返して、先に戻ってきたほうの勝ちとする」
そう言いながら二人にコースマップを手渡すのは、霖斗の相棒的存在ともいえるロベルト・チェレーノ。
彼が、スタートの合図となるカウントを入れてくれる。
お互いに練習走行なしのぶっつけ本番なので、それぞれのカーブとなる地点にはFCOのエージェントやスティーブの知り合いの走り屋である日本人たちが立ち、ここをこっちに曲がるのだと教えてくれることになった。
そして、長年使いこまれた白いMR2とまだまだ新しい時代の車である青いマークXが横並びになり、その二台の間にロベルトが立つ。
「行くぞ……3、2、1、GO!」
ロベルトの右手が振り下ろされ、バトルスタート!
最初はスタートダッシュに成功した霖斗のマークXが一瞬飛び出したが、すぐに軽さを活かした加速力でスティーブのMR2が抜き返して先行していった。
(よし、もらった!)
(ちっ、先行されたらどこかで抜くしかない!)
最初は長い直線だが、すぐにまずは直角の右コーナーがやってくる。
ここでのブレーキングで霖斗が一気に差を詰め、MR2のテールに張り付かんばかりの勢いで突っ込む。
(おらおら、どうした?)
右コーナーで一気に差を詰める霖斗のマークX。さらにその後のシケインでぴったり張り付き、前の車のリアと後ろの車のフロントが当たりそうになるほどの距離になる「テール・トゥ・ノーズ」状態だ。
そして次にやってきたまたもや直角の右コーナーで、少しオーバースピード気味になってコーナーの外に膨らんでしまったスティーブのMR2をインからすぱっと追い抜く!
(ぬ、抜かれた!?)
あっさりイン側から抜かれたスティーブは驚きを隠せない。
相手のマークXは見かけはノーマルだが、実はいろいろチューニングしてコーナーが速いのだろうと予想。
そして実は、こういう競り合うタイプの展開はスティーブは苦手なのだ。
(エンジンの性能で一気に突き放して、そのまま逃げ切るのが俺の戦法なんだが、こういう抜いたり抜かれたりの展開にはどうもなぁ……)
しかしそれでもぴったりマークXの後ろに張り付き、その後の長い直線でアクセル全開!
パワーはMR2の方が上らしく、前の車の後ろに張り付いて空気抵抗を減らす小技の「スリップストリーム」も使ってぐんぐん差が詰まっていく!
(ここでオーバーテイクだ!)
直線でMR2がマークXを追い抜き、次にやってくるのは180度に回り込むきつい右のヘアピンコーナー。
ここでしっかりブレーキをかけて減速しないと、壁に向かってすっ飛んでいき自滅という結果になってしまう。
なのでMR2は早めにブレーキ。
今度は膨らまないようにしっかりとスピードを落とすが……マークXはなんとここで勝負を仕掛ける!
(そこだ! あんたの弱点は……コーナーへの進入時にもたつくことだ!)
またもや前が入れ替わり、マークXが前に出た。そのまま少し長めの直線に入る。
(なぜだ! 俺のMR2は軽いからこそコーナーでは有利なはずなのに……マークXってそこまでコーナーが速いのか!?)
事実、スティーブは東京の首都高C1環状線でタイムアタックをしていた時はなかなかのラップタイムを上回っていた。
だが、バトルとなると話は別。相手との駆け引き、冷静な判断力。
それを少し霖斗が上回っているということだ。
バトルの方は後半のコーナーが連続するテクニカルな区間に突入。
MR2はまた直線でマークXを追い抜き、左の直角コーナーを抜ける。
次にやってきた左ヘアピンコーナー、続く右直角コーナーは何とかMR2がマークXを抑え込んでクリア。
その後の直線で少しだけ引き離す。
しかし次の右ヘアピンでは、ブレーキのためにアウト側に寄ったMR2のインに、マークXがスパッと飛び込んでパスしてしまった。
(くっ……また抜かれたか!!)
その後は今までよりコーナーと次のコーナーの距離が短くなり、マークXが有利になる。
(よし……このバトルは俺が……もらった!)
スティーブも必死にマークXに喰らいついていくものの、じりじりと引き離されて行き、最終的に逆転できずマークXに先にゴールラインを通過させてしまうのであった。
「あー……スティーブの奴負けちまったよ」
「でも仕方ないんじゃないのか? ああいう競り合うバトルは苦手みたいだからさ」
施設の各所に設置されている監視カメラや、偵察用のドローンなどをライブ中継機材代わりにして状況を見ていた日本人の走り屋仲間である荒巻隼人と渡辺亮は、スティーブの敗北に溜息を吐いた。
しかし、当のスティーブはそれ以上に悔しかった。
「負けた……なかなかやるな、あんた」
「いいや、そっちも早かったぜ。また機会があればバトルしようじゃないか」
「ああ、そっちがその気ならいつでも乗ってやる」
こうして、奇妙な場所での大胆なレースは幕を下ろすのだった。
完