Erudin Battle Quest第2部第6話
男を先頭にドタバタと走り去っていった集団の後に呆然と立ち尽くしているリスタンがいた。
持っていた袋は目の前でぼろ雑巾のように無残な状態で石畳の上で力無くたなびき、
魚は通り過ぎていった集団に踏み千切られて黒いたたきになっていた。
今しがた買ってきた、魚屋のおばちゃんにも太鼓判を押された青魚達だった。
リスタンの頭の中で想像していた母親のむすっとした顔が般若のようになっていく。
暫くゴミと化したそれらを見つめていたリスタンだったが、走り去っていった集団の方へゆっくりと顔を向け、静かに歩き出した。
パスルタチアで店を開いている人達とは殆ど顔見知りだ。
リスタンがとびきりの笑顔で男達の群れの情報を聞けば、異性同性問わずどこへ行ったかすぐに教えてくれた。
近頃大勢の見慣れない顔が使われなくなった波止場付近をねぐらにしているらしい。
街の人も不安で困っているらしく、愚痴をリスタンにこぼす人もいた。
情報をくれた人達に兄譲りの礼儀正しさを振りまき、リスタンは笑顔の裏に殺気をはらんで波止場へと静かに歩いて行った。
博人は再び路地裏へと入っていき、そこからゴミを入れる箱を踏み台にして屋根の上へ。
そして屋根の上を走って行き、一直線にショートカットをして波止場を目指す。
屋根の上には後ろの集団もなかなか上がって来られない様で、一気に振り切る事に成功した。
(何とか振り切ったか・・・・!)
一息ついた博人であったが、まだ自分にはやる事があるのでまずは波止場を目指す事に意識を集中させ、再び足を動かし始めた。
(ここか・・・・)
波止場までやって来た博人は、目の前にそびえ立つそれなりに大きな建物を見上げる。
どうやらここは船を整備する為のガレージらしく、中からは何人かの騒ぐ声が聞こえて来る。
しかし一気に突っ込むと不利になるのは目に見えているので、まずは横に回りこんで中の様子を窺う事に。
(見える限りは10人・・・でも、もっと居る確率は十分に高い。ここに俺の財布があるのか・・・・?)
一足遅れてやってきたリスタンも半開きの目でその建物を見上げ、舌打ちをする。
「こんな所にゴキブリが巣なんか作りやがって・・・建物ごと灰にしてやろうか。」
眉をひそめながら独り言を呟いて右腕を胸の前に出し、真正面の入り口へと恐れる事無くゆっくり歩いていく。
ガレージの中に入り込んだ曲者へならず者達が一斉に目を向けリスタンへ近寄ってきた。
リスタンは微笑みながら前に出した腕を払うと、炎の波が近寄ってきた賊達へ襲い掛かっていった。
ガレージの入り口付近は炎に包まれ、焼け焦げた死体や壁から落ちてくる燃えかすが床へ散らばっていた。
笑いながらその上を踏み歩いて進んでいくリスタンはまるで紫瞳に取り込まれた人のようだった。
背を向けて逃げる者にも容赦せず投げつけた火球が服や髪を燃やしていき、やがて炎に包まれた人影は地面へ倒れていく。
「どこにいるんだあいつ・・・!」
ひとしきり暴れた後、リスタンは逃げていく人の群れの中へ目を凝らし、オレンジ色の髪を持つ男を捜していた。
裏口からゆっくりと入って行った博人は、手始めに居眠りをしていた奴の首を締め上げて気絶させる。
次に物陰に隠れながら進み、そこから中の様子を慎重に窺う。
(結構居るな・・・これは多勢に無勢か)
もう45歳なので落ち着きを見せている博人だが、根本的にヤンチャな性格なのは変わらない。
それでもこの状況は多勢に無勢だと十分に把握しながら進んでいると、突然何処からか物凄い悲鳴や叫び声が聞こえて来た!
(一体何が起こってるんだ・・・?)
叫び声のする方へと足を進める博人がその先で目にした物。それは・・・・。
「うおおおっ!?」
思わず悲鳴を上げてしまうのも無理は無かった。何故なら、人が丸焦げで地面へと何人も横たわっていたからだ。
誰かが居る。誰か、この状況を作り出した人間がここには居る。そして思い返してみれば、博人の頭の中には1人の男の
存在が浮かび上がってきていた。
「そこにいたんだ。」
立ち尽くすオレンジ色の髪の男を見つけてリスタンはゆっくりと近付いていき、両手を腰に当て首を横に少し傾けて男へにっこりと微笑んだ。
「・・・財布の事さ、燃やしちゃってごめんね・・・でもさ、俺のお買い物を2回も邪魔してくれるとさすがに悪意を感じるよね。」
姿勢を崩さず、リスタンは閉じていた目を細く開いて殺気をぶつける。
「そんで・・・このゴキブリの巣のリーダー、あんただったの?」
「・・・は?」
炎の中から現れたあの時の青髪の男は、いきなり博人にそんな質問をぶつけて来た。
しかし当然博人は否定する。自分だって被害者で部外者だ。
「ごめん! すまん! 悪かった!! でも俺関係ない!! ・・・って、あれ?」
博人がびっくりした表情を男の後ろの方に向ける。それは男の気をそらす為の物で、見事男の気がそれた瞬間に博人は踵を返して
猛ダッシュで背中を向けて走り出した。