読み切りコラボ車小説第4作目
たまねこさんとのコラボです。
(人物の年齢は2012年8月のもの)
登場人物
2013年7月16日、茨城県の筑波フルーツライン。
ここを1台のスカイラインが隣接するパープルラインから通り抜けようとしていた。
(出張も楽じゃないな)
運転しているのは50代になるかならないかと言った所の男。
スカイラインも珍しい古いスカイラインである為、雰囲気としてはピッタリであった。
彼は沢村洞爺と言い、東京でチューニングショップを経営しているのだが
今日は昔馴染みのお客の要望で、出張で茨城県まではるばるやって来て
その帰り道にこのフルーツラインを通り過ぎて帰ろうとしているのである。
と、そんな洞爺のスカイラインに迫ってくる1台の黒いマシンが。
(……ん?)
バックミラーの光がドンドン大きくなる。
ミラーで見た感じではボディは余り大きくは無いが、コンパクトカーでは無さそうだ。
その車は洞爺のスカイラインに接近して煽って来る。
(譲るかな……いや、早く帰りたいし、最近走っていなかったしな……乗った)
洞爺はギアを2速に入れ、アクセルをフルスロットル。
このスカイラインはノーマルではなく少しばかりチューニングしているのだが
後ろの車もピッタリついて来る。
(パワーはこっちよりあるか。後はコーナリングだな)
丁度パープルラインからフルーツラインに入る区間であり、視界も開けた
長いストレートと高速コーナーになっている。
そしてそれを過ぎると怒涛のヘアピンとタイトコーナー、そしてダラダラ曲がる
先が見えないコーナーが続く。
洞爺はわざと道を開ける様にして、ストレートで追いついてくるその車を見てみた。
(黒いインプレッサか)
そのインプレッサは外見こそ派手であるが、中身は果たしてどうなのであろうか。
そしてそのインプレッサを運転しているのは女であった。
(何、この旧車……?)
珍しい車を見つけ、何の気無しにバトルを仕掛けた彼女。
すると相手が乗ってくれたので、こうして今バトルしているのである。
彼女の名前は猫井ハル。
群馬県の学校に通っていたが、今は生まれ故郷の千葉県で
自動車整備士として働いている。
しかし職場が残業が多い割に給料が少ない最悪の環境であり、ストレス解消の為に
たまにこうして筑波山に通ってはバトルでそのストレスを発散させているのであった。
今日も仕事が終わって、千葉県からはるばるやって来てこの筑波山を走りこんでいた所
洞爺のスカイラインに遭遇したと言う訳である。
高速区間を抜けた2台はいよいよコーナーが連続する区間へ突入して行く。
パープルラインもフルーツラインも、どっちから走って行っても初めはヒルクライムで
頂上のこのストレート区間を過ぎれば今度はダウンヒルになる。
どちらのコースも雰囲気的にはそうそう変わらないのでリズム的には
慣れてしまえば攻めやすい。
とあるゲームではこのコースが1本道としてどちらとも再現されているが、そのゲームで見ると
今から2台が飛び込んで行くのは往路の後半区間のフルーツラインだ。
が、ここでの問題は2人のコースへの熟練度の差である。
ハルはここのコースを走りこんでいるが、洞爺は実はこのコースを走るのは初めて。
しかし、ドライビングテクニックには圧倒的な差があるのも事実。
洞爺は元々プロレーサーとして活動していた経験があり、運転暦がまだ
それほど長くないハルとは違って色々なテクニックの引き出しを持っている。
このバトルはコースの慣れの問題と、元レーシングドライバーと素人のテクニック対決。
条件的に見るとコースに慣れている分、如何言うコーナーが次にやって来るのか、
ブレーキングポイントは何処か等をきっちり抑えているハルが有利なのは間違いない。
後はそこを洞爺がテクニックでどうカバーするかが問題だ。
左コーナーから急な右のヘアピン、そのままダラダラとコーナーを抜け、またきついコーナー。
洞爺は先が読めないのでどう攻めるかを考えながら走るが、ハルは走りこんでいる
アドバンテージで道路脇の溝をまたぎ、スカイラインよりもインにインプレッサを食い込ませて
後ろから攻め立てる。
旧車であるスカイラインはスカスカの足回りゆえのスタビリティの無さが致命的だが、
そこはサスのチューニング等で補っている洞爺。しかし元々の駆動方式が
4WDのインプレッサ相手ではそのチューニングも雀の涙程度にしか過ぎない。
一方、ハルのインプレッサは外観こそ度派手なエアロパーツで決めているものの、
中身はライトチューン程度。そして最初期型のモデルである。
このインプレッサを買った時に元々エアロパーツがついていたらしく、中身も特に
買った時からいじってはおらず、やっている事と言えば普段のオイル交換等のメンテナンス位だ。
だが2つだけ変えているパーツがあり、この最初期型のモデルのインプレッサはブレーキがまず
致命的に耐久性が無いので、なけなしの給料を奮発してブレンボのブレーキを投入。
それから挙動もオーバーステア傾向が強いので、アンダー気味のセットアップをする為に
後ろのサスペンションを固くするセッティングをしている。
洞爺はバックミラーでインプレッサの動きをちらりと見ると、何か不思議な動きをしている事に気が付く。
どうも自分よりインを攻め込んでいる。しかしそこは路肩だ。
何かあるのかと思いライトが照らすイン側を見てみると、そこには溝の反対側に地面が。
(まさか……そこまで攻めるのか?)
走りこんでいる者で無ければ攻め込めないラインだが、からくりがわかれば大丈夫。
車高がインプレッサより高いスカイラインは、洞爺のテクニックもあって同じラインを通る様になった。
それを後ろから見たハルは感心する。
(同じラインを通れる程のテクニックはあるみたいね。さっきから見てるとコーナーの進入には
迷いがあったのに、すぐにこの溝をまたぐテクニックをコピーできるなんて、只者じゃ無さそう)
しかし走りこんでいる自分も負ける訳にはいかず、4WDの利点を活かしてコーナー進入時は
あえて奥まで突っ込まず、立ち上がりの圧倒的なトラクションを活かした加速で
スカイラインに悠々と追いついて行く。
だが利点を活かした走りをしているとは言え、ストレス解消の為に走っているのもあって
コーナリングは雑な傾向にあるし、アクセルもドカンと踏み込む。
対して洞爺は車重の軽さも手伝ってコーナーでは勝っているが、ちょっとでも
全開に出来る場面があれば追いつかれる。
そしてタイトな右ヘアピンを抜け、少し全開に出来るストレートから大きく回りこむ左高速コーナーで
一気にハルがパワーで並び、アウトから洞爺を抜き去る。
(良し、抜いた!)
(抜かれたが……まだ終わってない)
今度はポジションが入れ替わって洞爺がコーナーの突っ込みで追いつき、
ハルが立ち上がりのパワーで引き離す展開に。
ゴールはそろそろ近い。
もう1度抜き返さなければ洞爺はこのままでは負けてしまう。
(後は逃げ切るだけ! 残念だったわね!)
精神的に余裕が出来て、洞爺を引き離す為にペースを上げるハル。
その後ろを洞爺はくっついて行く。
インプレッサの挙動を見て、どんなコーナーが来るのかを予測しながら走っているのだ。
(若干突っ込む様になったか。だけどコーナリングは大した事無いな。それにアクセルワークも
エンジン音を聞く限りではまだまだと言った所か。走り屋としてはそこそこだけど、
まだこっちにもチャンスがありそうだ!!)
この先は今までよりは若干アクセルを開けられる区間になり、最後には2連続の
右、左とやって来る大き目のヘアピンが。
そして洞爺はこのコースでもう1つ使えるテクニックを発見していた。
(……抜けると思ったら絶対に行く。それがプロの鉄則だ)
ポテンシャルで圧倒的に有利なインプレッサを追い掛け回すスカイライン。
ギリギリまでブレーキを我慢し、インプレッサのリアバンパーがスカイラインの
フロントバンパーに当たりそうな位まで突っ込む。
そして、ハルのインプレッサにある挙動の変化が。
(……!!)
ハンドルを切り込んで行くが、バトルスタート直後より明らかに曲がらなくなって来た。
そう、雑なステアリングとアクセルワークの代償として、全ての負担がタイヤに集中。
タイヤは溝が磨り減り、元々アンダーステア気味にセットアップしていたインプレッサが
更にアンダーステア傾向になる。
(くっ……でも、もう少しでゴール! 抜かせなきゃ良いだけよ!)
インをきつく閉め、絶対に抜かせまいとブロックするハル。だがそれは
コーナリングスピードを落とすだけでなく、アウトラインへの警戒が甘くなっている証拠だ。
それを見つめる洞爺は少し考え込み、次のコーナーはインプレッサのアウトからアプローチ。
更に次のコーナーはインから、そして次はイン、次はアウト、その次もアウトとラインを変えて
インプレッサをどこからでも抜けるぞと言う意思表示をする。
(煽ってるつもり!?)
次第にハルの精神は乱れ、次はどっちから来るのかがわからなくなった。
残すはあと2つの大きなヘアピンだ。
最初の右ヘアピンへのアプローチで洞爺はインにラインを取る。
それを見たハルもインにラインを取ったが、そこで洞爺はフルブレーキで
がら空きになったインプレッサのアウトに思いっきり飛び込んだ。
(うぇ!?)
(甘いぞ!)
軽さも手伝って半車身前に出たスカイライン。
インプレッサはアウト側を塞がれ、タイヤの消耗もあってアクセルを踏み込めば
アウトにすっ飛んでスカイラインに当たってしまう。
(これじゃアクセル踏めないから前に出られない!)
そして洞爺がさっき見つけたもう1つ使える、このコース特有のテクニックをここで披露。
それは2つ目の左ヘアピンのイン側に存在している縁石。
これまでのコーナーにも幾つか縁石が存在しており、インプレッサは車高をギリギリまで
下げているのでまたげないが、スカイラインの車高ならまたげると判断した洞爺は
縁石をまたいでスカイラインをインに食い込ませ、アウト側でもたつくインプレッサを尻目に
完全に前に出て左ヘアピンを脱出。
この左ヘアピンが最終コーナーであり、ハルの負けがここで決定したのであった。
「負けました……速いですね」
「いや、君もなかなかの物だ。ただステアリングとアクセルワークは雑すぎる。そこを改善して
丁寧なドライビングをすれば、もっと上に行ける筈だ」
一通りの自己紹介を終わらせ、洞爺からアドバイスを貰ったハル。
その後は2人共同時に帰路につき、途中の分かれ道で手を振ってそれぞれ東京と千葉に
帰って行ったのであった。
完