第6部第9話


「あ…そういえばショートコースって行ってないよな?」

その高山の一言がきっかけで、2人はショートコースの妙義山へやってきていた。

というのも、妙義と碓氷にいるキングダムの奴とサーティンの奴からメールで、バトルの申し込みが来ていたのだ。

竜介を本格的に倒そうと、動き出したらしい。


「大丈夫か…竜介…」

「何が?」

「俺心配だよ。あんな勢力から目をつけられてさ…」

その言葉に、竜介はふっと笑った。

「心配するな。俺は元プロだ。俺にもプライドはあるし、このインプレッサに乗り換えた以上、もう無様な走りは出来ない」

インプレッサは俊樹、三上、流斗を倒してもらった金を使い、チューンアップした。

足回りを強化し、エンジンにも手を入れ、軽量化も施す。

バケットシートとハンドルは、アクセラから使っていたものをそのまま使いまわしている。


ショートコースは晴れの昼間しか開いてない特殊なコースだ。夜は近隣住民からの苦情がすごいという理由で、昼のみらしい。

それゆえ走っているライバルも少ない。カテゴリーレースも開催されないのだ。

連日晴れになる事を祈りつつ、走り込みをする2人。


ちなみに、高山はついに車を買い換えた。水色にペイントされた、FD3SのマツダRX−7。

和人がシルビアから乗り換えたという話を聞いていたので、それに感化されて買ったらしいのだ。

まだRX−7に慣れていないが、それでも結構いい走りで妙義の山を走り抜ける高山。

竜介から見てもかなり速い。

(荒削りだが…速い!)

プロのラリードライバーを認めさせる程の腕前になって来た高山を見て、竜介は恐怖感を覚えていた。



夜は夜で、2人は別のコースである同じ群馬県内の志賀草津へと向かう。

草津温泉から白根山(青葉山)につながる「草津白根火山ルート」がサーキットコースになっているのだ。

全体的にコースマップで見ても、直線が長く高速コースになりやすい。そしてその直線の後にはヘアピンカーブがあるので、ブレーキング技術も必要になる。

コーナーが全てヘアピンと言っても良い、タイトコースでもある。

更に道幅も狭いので、抜きどころがない。先行逃げ切りを狙いたい所である。


このコースでは妙義とは全く違った走り方が求められるため、戸惑いやすい。

(すげぇコースだな。スピードは伸びるが、コーナーはきつい。いやらしいコースだ)

(ラリーではタイトなコースが当たり前だったが、今の俺で対抗できるのか?)

地元の走り屋とバトルを繰り返しつつ、志賀草津のコースも走りこむ2人であった。

昼間は妙義へと行き、夜は志賀草津でバトルする。悪天候の日は志賀草津のカテゴリーレースへ出向く。


そんな日々が数日続いた時、高山がRX−8を見たいと言い出した為、

昼間に新車ディーラーへ見に行く事に。

その2人の前に、新車ディーラーで1人の男が現れた。青みがかった坊主頭に、紫っぽい黒目の男である。

「こんにちは」

「あ…こんにちは。何か俺等に用ですか?」

「ああ。俺、和夫(かずお)というもんだけど、俺とバトルしないか?」

突然のバトルの申し込み。バトルはいつ、どこで、どうやって申し込まれるかわからない。

「新車なんか購入してる場合じゃないぜ!! 俺は昼しかバトルできないんだが、君、相手してよ。

昼の滋賀草津PAで待つ!! 大抵は晴れ以外の月、火、水曜日にいるから。じゃっ!」

風のように現れ、風のように去って行った和夫を見て、2人はポカーンとしていた。

「竜介…なんだったんだ? あいつ…」

「さぁ、な…」



と言う事で、PAへと出向く2人。

「待ってたぜ。最近仕事の都合で、どうしても夜にバトルをしに来れないんだよね…。今日はそのウップンを晴らすぜ!!」

勝負は下りのタイムアタックバトル。雨のフルコースで和夫のタイムは3分10秒。

和夫の車はBL5のレガシィセダンで、このタイムは驚異的だ。そして和夫はメダリスト。

勝負に勝ったらカップをくれるというのだ。4WDなので路面状況はさほど気にならないが、油断は禁物だろう。


「3,2,1、GO!」

同じスバルのマシンが相手とあって、何だか負けられない気分になる竜介。

踏めるところはきっちりと踏み、ヘアピンコーナーは立ち上がり重視で駆け抜けていく。

横に滑らせるのではなく、きっちりと前に進ませる。

それこそがタイムアタックにおいて、タイムを縮める最も効率の良い方法だ。ドリフトなんてもってのほか。

狭いコースならまだしも、こういった直線が長いコースでは失速しないようにコーナーを抜けないと、タイムは伸びない。

いかに直線でのスピードを稼ぐかというために、その手前のコーナーをロス無く抜けることが大事だ。


そして後半では、突っ込み重視の走りに切り替える。タイヤが最もグリップ力を発揮するのは、少しだけ磨り減ってきたときだ。

このことを「タイヤが温まる」といい、摩擦でタイヤが熱くなることから名づけられたらしい。

ただ冬道や雨だと、タイヤと路面の間に水が入っていつまでたっても熱くならないので、こうした場合はグリップ力が極端に落ちる。

ずるずると滑る路面は、ラリーで滑りやすい砂利道を走ってきた

竜介にとってはまさに、水を得た魚だ。


突っ込み重視の走りに切り替え、限界ギリギリのスピードからヘアピンコーナーに向かって突っ込んでいく。

その走りに、ギャラリーからも驚きの声が上がる。

「うげーっ! この雨で、あんなスピードで突っ込むかよ!?」

「あの「三日月」のER34を倒しただけあるな。ブチ切れてやがるぜ!」

そうして出したタイムは、3分4秒707。これでまた、プライズをゲットした竜介であった。



次の日はうって変わって、雲ひとつ無い快晴になった。という訳で妙義山へ。

そこでまたメダリストに遭遇した。白のS15シルビアに乗った男だ。

「へぇ…妙義にも、あんたらは乗り込んできたってわけね? 俺は宮口(みやぐち)だ」

「どうも。俺は高山。この人は野上さん。で、その宮口さんが俺等に何か?」

「俺はメダリストなんだが…俺に勝てたら、この盾をやるよ。沖縄のティダで育ったワッターは、気合では誰にも負けないさぁ」

そう言って宮口が取り出した物は、確かにプライズの1つである盾だった。

「わかった。受けよう」

「物分りがいいね? じゃ、下りのSPバトルで勝負と行くさー!」


「3,2,1、GO!」

スタートダッシュで前を取ったのは、4WDの竜介のインプレッサ。

しかし宮口も良いクラッチミートを見せる。

(あっさり前に行かれた…!)

予想していたこととはいえ、やはりがっくり来る宮口。しかしここは地元だ。簡単に負けるわけには行かない。

沖縄から移り住んできたとはいえ、竜介よりも走りこんでいる自信はある。

それにこのコースは細かいコーナーが多く、加速できるところがあまり無いため、引き離してもなかなかバトルが決着しない。

軽量なシルビアは突っ込みもいい。鋭いブレーキングできっちりと竜介について行く。

(インプレッサだろうが何だろうが、メダリストの意地にかけても追い抜いてやる!)


だが、きついコーナーの突っ込みと立ち上がりではインプレッサが速い。だらーんと曲がる右コーナー後のストレートから、

次の直角左コーナーまでの区間で、一気に50mの差をつけてSPを削り取る。

(ここまでだ!)

立ち上がりで主に差をつける走り方で、宮口のシルビアをぶっちぎって勝利した竜介だった。



その日の夜。天気は晴れ。曜日は水曜日。全くもってついていない。

悪天候のときにしか走りにこない、という一条に会うためには、翌週まで待たなくてはいけなくなった。

その前に…志賀草津のスラッシャーとバトルだ!

BBSに書き込みがあったのだ。渋めのER34スカイラインに乗っていると言う情報と共に…。



「BBSでイヤという程、その噂を見ている「例の走り屋」って人!!

俺とも一戦を交えてくれないかなぁ…

当然、俺は志賀草津最強を自負しているだけあるし、

お互いに損はないと思うぜ。」



GT−Rじゃない所に渋さを感じた竜介は、珍しくワクワクした気持ちでPAへと向かった。そこに待っていたのは書き込みどおり、

三日月のステッカーを貼った黒の日産・ER34スカイライン。

その横には黒髪黒目の、長めの髪の毛をした男が1人。何だか明るい性格のようで、ニコニコしながら近づいてきた。


「よう、あんただな? 俺の書き込みに返信したインプレッサの人は?」

「そうだが…スラッシャーのER34乗りの人?」

「ああ。本名は掲示板にも書き込んだけど、藤岡(ふじおか)って言うもんだ。まぁ、よろしく。

下りの先行後追いで、俺が先行のあんたが後追いだ」

「よろしく。野上だ」

「覚えておくぜ、その名前。この新生街道コースである志賀草津をいち早く攻略したのが俺って訳だよ。

ER34もかなり渋いだろ!! そのER34の性能をこれからたっぷり見せてやるから、しっかり見ていろよ!」

やけにテンションの高い男だな、と苦笑いしつつも竜介はインプレッサを始動させる。

あれだけの事を言うので、少し竜介の方も楽しみになってきた。



「3,2,1、GO!」

高山のカウントでバトルスタート。

最初は加速力の差で危うく追突しそうになるインプレッサだが、アクセルで調整して防止する。


(トラクションがいいってか?)

ぴったりとくっついてきたインプレッサをミラーで見つつ、藤岡はくつくつと笑う。

スタートしてすぐに左のヘアピン、直線の後に右ヘアピンがある。その後はまた長い直線だ。

重いR34をアンダーも出さずにスーッとコーナリングさせていく藤岡。

あれだけのことを言うだけのことはある。


長い直線でも加速力はあまり変わらないようだ。インプレッサは昼間と夜の間にちょこちょことチューニングして、

今は400馬力を発生しているかと思うのだが、R34はそれ以上のパワーがあるようだ。

車重が重いと加速が鈍くなるのだが、それを感じさせないパワーも出ている。

(GT−Rには出来ない、ER34ならではの突っ込みってのを見せてやるよ!)

ギリギリまでブレーキを我慢し、GT−Rより軽い車重を活かして編み出した、藤岡の高速ブレーキング。

ブレーキローターが摩擦で真っ赤に焼け上がる。

(すごい突っ込みだな! スカイラインとは思えないほど…驚きだ!)

クールな竜介が珍しく、熱くなろうとしていた。

(勝負をかけるなら後半だな)


終盤には長い長い直線の後に左ヘアピンがあり、その次に直線をはさんで

だらーんと回り込む右コーナーが待っている。

その区間の前で、いつものように突っ込み重視でブレーキングする藤岡だが…ブレーキが利きにくい!

(く…やべ!)

重い車重では止まりにくいため、その分ブレーキの摩擦力も大きくなる。

パッドが摩擦で磨り減り、ブレーキが利きにくくなってきた。タイヤの磨耗も激しい。


対してR34より軽いインプレッサは、まだブレーキにもタイヤにも余力がある。

(藤岡は熱ダレを起こし始めたな。ここで抜く!)

左ヘアピンでアウト側からR34に並び、同時にブレーキング。


(外からだと!?)

そんなところから来るとは予想もしていなかった藤岡は、アクセルを踏めばインプレッサに

ぶつかってしまうので踏めずにずるずると失速。

立ち上がりの加速勝負では、磨り減ったタイヤでは上手くパワーを路面に伝えられずにスピードが伸びない。

4WDのインプレッサは、主に2つのタイヤしか使わないR34と違って、4つ全てのタイヤで加速、減速、コーナリングをする。

立ち上がりの勝負で完全にR34を抜き去り、右コーナーでどんどん引き離していく。


(クソ…もうすぐゴールなのによ! 何とか抜きかえさねぇと…!)

しかし追いつこうにも、上手く加速しないR34ではもう追いつく事が出来ず、

そのまま竜介が藤岡から逃げ切って決着したのであった。



「俺が見たトコでは、あの走り屋は

ステージ4も簡単に攻略してしまうのではないかな…??

最近よく話に聞く首都高組も、彼には太刀打ちできなさそうだな…」



第6部第10話へ

HPGサイドへ戻る