第6部第6話
榛名を制覇した竜介は、高山と共に次は隣の赤城山へと向かった。
赤城山は榛名よりも直線が長く、上から下に来るにつれて勾配が緩やかになってくる。
なので勝負をするとすれば、頂上付近から中間地点くらいまでだろう。
ここでも高山とテストバトル。高山はシルビアを少しチューニングし、パワーアップした。
竜介に合わせて、自分もやらないとまずいと思ったらしい。それに合わせて少しテクニックも上達したらしく、コーナー突っ込みでのふらつきも消えている。
結果はまた竜介の勝ちだが、これは近いうちに自分を脅かす存在になるだろうと内心ヒヤリとする竜介だった。
赤城は榛名の走り屋とほぼレベルが同じらしく、アクセラでもまだ戦えるレベルだ。
ラリーで培ったテクニックを存分に発揮し、連日連夜カテゴリーレースと夜のレースを往復する竜介。
高山も竜介を見習って、日々特訓を続けている。
昼間はとにかく稼ぎ、プライズレースというメダルやトロフィーがもらえるレースがあればC−EXPを貯めて出場する。
それは箱根、広島、榛名でも同じことだった。
タイヤ代も3日に1回は買い換えられるほどの余裕も出てきたので、ますますこの街道サーキットという舞台に意欲的になってくる。
「ふー…ここらの走り屋はあらかた倒したかな?」
「ああ。だが、まだスラッシャーが出てきていないな。もうそろそろ出てきてもいいはずなんだが…」
そんなことを思っていた矢先、BBSに書き込みがあった。
赤城のスラッシャーからだ。
「首都高だろうが、例の走り屋だろうが!!
どっちにしても、この矢部洋司様が相手になってやるからとっとと、赤城PAに出てきやがれ!!
そのテクニックを見てやるぜ!!」
が、そのスラッシャーは2人の度肝を抜く人物であった。
書き込みに返信して、夜PAに行った2人の前に現れたのは…何とパンツ一丁の男。
「…なんだあれ…」
「色々とおかしいな」
「いやそこ冷静に突っ込む所じゃないだろ、竜介」
胸筋はついてないが腹筋が割れており、その男の横には青く塗装されたトヨタの80スープラが。
「…お?」
しかもこっちに気が付かれた。2人はこっそり逃げ出そうとしていたのに。
「はっはー! このあたりで噂になっているアクセラってのはあんたらだな!」
逃げることも叶わず、諦めて2人は応対することに。
「そうですけど…まさかBBSに書き込みをした人って…」
「がはははは! 俺だぜ! 俺は矢部 洋司(やべ ようじ)。ここのスラッシャーだぜ!」
広島の久米隆治といい、こいつといい、こんな奴らばっかりなのか、といい加減うんざりしてきた竜介。
「竜介にバトルを申し込んだのは、あんたか。その格好で勝負するのか?」
「おうよ! 下りのLFで俺が先行だ! かつて榛名最速だった男が、今度は赤城を制する…素晴らしいと思わないかい??」
「は、はぁ…」
どう返答していいかわからず、高山は濁った返事を露出狂に返すだけであった。
「絶対負けるなよ」
「約束は出来ない。だが、少なくともあんな変態に負けたら、俺は恥さらしだな」
2台がスタート地点に一直線に並び、高山がカウントを入れる。
「行くぞ!3,2,1,GO!」
最初は長い直線がある赤城の下り。ここはスープラがアクセラを引き離す。
(パワーで負けるのはわかっている)
早くも60mくらいひきはなされてしまった竜介ではあるが、この後はいきなり、きつい下りのコーナーが連続する区間。
しかも、この露出狂はやけにコーナーが遅い。
グリップ走行で踏める区間だけ、きっちり踏んでいこうというタイプなのだろうか。
その分立ち上がりでも勝ててしまう。しかしその後のスピード勝負では、明らかにスープラ。
(かーっ! くいついてくるのかよ!)
このボディがでかいスープラは、意識しなくても道路のスペースをつぶしてくれる。
それを見た竜介は、どこで抜くかを慎重に考える。
(む…これは少し危険だが、あそこで抜くか…)
タイトな今の区間は避け、この区間が終われば少し道幅が広くなる区間がある。
きっちりとプレッシャーをかけつつも、グリップ走行を心がけて最後の左ヘアピンを抜ける。
そして立ち上がりでもたつくスープラの横に、強引に竜介は並びかけていく!
(そこだ!)
(ここで来るのか!? パワー勝負だぞ!)
強引に並びかけられた露出狂は、ぶつけまいとするあまりアクセルを抜いてしまう。
それにより、スープラにますます並ぶことが出来るアクセラ。
その後に待っているものは、景色を見るために道路幅を広くして作られた駐車スペースの区間。
そこにアクセラを突っ込ませ、その後の左コーナーへのブレーキング勝負でアウトから仕掛ける竜介。
露出狂はイン側に押さえつけられてラインがきついため、減速しないと曲がれない。
「くっそおおおおおおおお!!」
ハンドルを怒りのあまりバンバン叩く露出狂。
そんな露出狂を尻目に、竜介はこの後の中速S字区間でどんどん引き離し、しっかり勝負を決めたのであった。
「マジ凄いテクだな!!
俺が過去に相手したヤツにも、こんなヤツがいたなぁ・・・確か1年前くらい。
これ見ていたら、是非俺の要望に応えてくれ!!
「首都高のヤツらをブッ潰せ!!」」
東京へと戻った2人は、これから先のことを考える。
次に行くステージは、群馬県とは正反対の関西。六甲山だ。石田や友也が走っていた頃は表六甲しかなかったが、
つい最近になって裏六甲もサーキットになったらしい。
まずはその裏六甲から乗り込んでいくことにしたのだ。遠く高速道路を走り、関西へと入る。
「コース図を見る限り、この裏六甲は表六甲と違って、似たようなコーナーが続くんだってよ」
「だったらスピードの調整を誤らないように、注意が必要だな」
似たような風景に惑わされないように、六甲についたらすぐさま走りこみを始める2人。狭い分アクセラの軽量さが存分に生かせるタイトコースだ。
車を買い換えようか…と思ったが、大丈夫なようである。
下りでも上りでも、サイドブレーキを使ったクイックターンが結構使えたりする。ラリーでもサイドブレーキを使う場面はあったので
こういうちょこまかとした動きは竜介は得意なのだ。
高山もシルビアのパワーを活かし、上りをぐいぐいと攻めて行く。
昼間のカテゴリーレースでは、その高山が着々と実力をつけてきている。FRの駆動方式を生かしてS13を良いドリフト体勢に持ち込んでいく。
(あいつ…成長が早い…)
竜介もうかうかとしてはいられない様子だ。
クールな竜介はそれに感化されたのか、気合を入れて夜のバトルに挑む。
前を走るライバルは全て倒す!
それはこのレガシィとのバトルでも同じだった。曇った土曜日に出会った、珍しいワゴンのレガシィで、しかも女の走り屋だ。それに加えメダリスト。
「…最近噂になっているって言うアクセラ乗りの方ですね。初めまして。真由(まゆ)と申します。
ワゴンなんて乗っていると、結構みんな油断してしまうんだけど、君は本気でかかってきてね」
メダリストとして、ダウンヒルで先行後追いバトルをしたいということだ。
珍しく竜介が先行。これはありがたい。
ボディのでかいレガシィ、しかもワゴンが前を走っていては、この狭い六甲山で追い抜こうにも追い抜けないからである。
「3,2,1、GO!」
高山のカウントでバトル開始。後ろからはボクサーエンジンの音がアクセラを煽り立てる。
(アクセラでここまでこれるって言うのも、珍しいわよね…)
真由はこのアクセラがどれだけの走りをするのか、興味津々といった所だ。
スタートして、少しストレートがあったあと右コーナーを曲がり、タイトな左のヘアピンへ。
その後は高速左コーナーがありアクセラは煽られるが、そこから先はアクセラが得意とするタイトなコーナーが続く。
きっちりブレーキングをしてサイドブレーキを引き、クイックターンをうまく使ってネズミのようにコンパクトボディを曲げる竜介。
対して相手のレガシィは重い上にワゴンな為、引き離される。
(くっ…コーナーが上手すぎる! ジムカーナでもやっていたのかしら!?)
何とか接近しようと試みる真由だったが、どんどん引き離されてしまい何と200mの差をつけられてしまう。
ここで決着が着き、竜介は3個目のメダルをゲットした。
翌日からまたカテゴリーレースに挑戦していく竜介だが、そのカテゴリーレースが終わった後、裏六甲のスラッシャーから挑戦状が来た。
過去の記憶なんてものは、自分にとってはかなりどうでもいいのさ。
今日負けてしまえば、その日で無敗神話なんて消えてしまうわけだしね。
1戦1戦を大事にすべし!!
裏六甲PAに来てくれれば、それに応える走りはするぜ。」
PAに赴くと、そこには白い国産スーパーカーのホンダNSX…しかもタイプRが1台。
その横には銀に近い黒髪に、これまた銀に近い黒目の男が1人。
「あんたか…? アクセラ乗りの野上って」
寡黙な性格のようで、あまり多くを語ろうとはしない男。
「そうだ。あんたがスラッシャーだな?」
「ああ。俺は矢口(やぐち)。LFバトルで俺が先行する。表六甲では結構有名だったんだけど、アッチがメジャーになったから
コッチに流れてきた訳。テクは折り紙付きだよ。…自分で言うのもなんだがな」
勝負は下りのフルコース。
NSX−Rとは前に榛名でもバトルしたことがあったが、このNSXーRはスラッシャーといわれるだけあり油断できない。
「3,2,1、GO!」
高山のカウントで飛び出していくNSX−Rとアクセラ。最初はパワーとMRのトラクションで、矢口がぐーんと距離を広げる。
(表六甲で目立てなかった分、今ここで目立っていることが、俺にとって最大のラッキーだ!)
最初のタイトな左ヘアピンコーナーへのブレーキングでは、早めのブレーキングから立ち上がり重視のコーナリング。
大字と同じくアクセルは右足のまま、左足でブレーキを踏みアンダーステアを消す矢口。
(かなり上手いな。NSXの良い所をしっかり抑えて走っている)
その後のタイトコーナー区間でも、しっかりとアンダーステアを殺してターンインする矢口。
竜介はサイドブレーキをうまく使って向きを変え、矢口を追いかける。
(これは…どこで抜く…?)
この六甲で抜ける場所、それは…あった! この区間の左コーナーでは、少しだけアウト側が駐車スペース用に広くなる。
そこを狙って、ギリギリとは解っていたが少々強引にアクセラをNSXに並ばせる竜介。
(こ、こんな所で!?)
イン側に押さえつけられ、矢口のNSXはコーナリングスピードががた落ちに。
その後は右コーナーが来るためにインとアウトが入れ替わり、矢口を追い抜くことに成功した竜介であった。
(く…だがな、まだ終わっちゃいない!)
気を取り直してアクセラを追走する矢口。しかし、少しずつ差が開いていく。このままでは負けてしまう。
必死に自分のテクニックを総動員して、アクセラを追いかける矢口だったが最後まで抜くことは出来ず、ついていくのが精一杯だった。
(もう…だめなのか…)
矢口はゴール手前で戦意喪失し、ゆっくりとNSXをスローダウンさせた。
「ここのBBSで噂になっている走り屋か…つくづく面白い奴だな。
アイツの目的は一体何処にあるのかもけんとうがつかん…」
例の新参者のテクニックは、いよいよ本格的な情報として街道サーキット全体に行き届く。
ステージ3を舞台とする走り屋達は、自らのテクニックに更に磨きをかけて待ち構える。
そして、あの首都高チームの乱入は、どうやら本当らしいとの話も出回る。
落ち葉がそこかしこのコーナーに降り積もり、不意のスリップを招くステージ3は、
そのコーナー1つ1つの特性を知り得ない者にとっては、かなり厄介な事になる。
敵はバトルを仕掛けてきた人間だけではないのだ…