第6部第3話
夜になり、昼から箱根を走りこんでいた竜介は、集まってきたライバル達にタイヤを交換した後に、次々バトルを仕掛けていく。
下りではフロントタイヤが磨耗しやすい。ましてFFは加速も減速もフロントタイヤを使う。
理論先行型の竜介は、そういった知識を元にアクセラの走り方も研究していた。
(連続したバトルはきついな)
なるべくタイヤに負担をかけないように、短い距離で決着をつける。
ドリフトバトルで勝負しようとしてくる奴はいちばん後回しだ。
派手なアクションを嫌う竜介は、ドリフトバトル以外ではグリップ走行。
ケチではないのだが、今の経済状況ではタイヤ代も捻出できるかといわれると…厳しい。
そのために昼でなるべく多く資金を稼ぐのだ。
タイヤ代どころかガソリン代自体もヤバい。レースではなるべく勝ち続けないと食っても行けない。
その日はとりあえず夜のレースを終えて、自分の家へ。
竜介は実家暮らしなのだが、両親は2年前に亡くなっている。兄弟はいないので、実質一人暮らしだ。
遺産は親族で分けたら、手元には数万円しか残らなかったという有様である。
「ついてねーよなー…」
1人リビングで、テレビを見ながらぼやく竜介。別段今に始まったことでもないのだが…。
プライベートチームながらも、ラリードライバーとして転戦ができると決まったときは相当喜んだものだった。
しかし特に際立った成績も残せず、よくても入賞どまりだった。
言ってしまえばラリードライバーとしては3流だ。
そんな邪念を振り払うように、毎日昼はカテゴリーレース、夜はバトルの日々だ。
ラリードライバーの経験も手伝い、アクセラを乗りこなすのも日々上手くなっていく竜介。
レースで稼いだ金の半額を貯め、マフラーとブレーキをいいものに交換。
メカの知識はあるので、自分でいじれるところは全ていじる。
ダウンヒルでは軽いほうが良いが、それでもパワーのあるマシンには直線で置いていかれる。
現在の状況では、軽量化がいっぱいいっぱいであった。フロントのトラクションのかかりを良くする為に、助手席だけは残しておく。
そしてその夜。週末の土曜日ともなれば多くの走り屋がやってくる。その中で1人、竜介の目を引く走り屋が居た。
女の走り屋だ。
(珍しいな。緒美以外にもまだ女の走り屋が居るのか…)
オレンジっぽい黄色のS2000に乗った、茶髪の女。竜介はその女にバトルを申し込む。
「どうもこんばんは、お嬢さん」
「あ…こんばんは」
「もしよければ、俺とバトルをしてほしいんだが…」
「私と? 良いよ。私はメダリストなの。私に勝ったらこのメダルをあげるわ」
そう言って、女はメダルを竜介に見せる。
「わかった。俺は野上竜介。よろしく頼む」
「古林 可憐(こばやし かれん)よ。私のS2000かなりイケたマシンに仕上がってるよ。
その辺の男じゃ相手にならないの。君はどうかな??」
「こちらもお手並み拝見と行こうか」
勝負は下りでSPバトル。SPゲージを車内に取り付け、最初は可憐のS2000が先行した。
(先行されたか…)
175馬力くらいしか出ていないこのアクセラに対し、加速を見る限り、300馬力は出ているであろう可憐のS2000。
しかし、直線では引き離されるが、コーナーでは軽量化をしたアクセラが速い。
突っ込みとコーナリングで差を詰めるアクセラに、可憐は焦りを感じ出す。
(くっ…いい突っ込みをしてくる。…あの人、何者なの?)
竜介の正体を知らない可憐は、ミラーを見ていたせいでコーナーへのブレーキが遅れる。
(あっ、やば!)
遅れ気味のブレーキングから右コーナーへターンインするが、ブレーキが足りずにアンダーステア。
そこをインからスパッと竜介が追い抜き、終盤の連続コーナーセクションで引き離して勝利。
1個目のメダルを獲得したのであった。
翌週も続けて、箱根の走り屋とバトルを繰り返して行く竜介。
そんな竜介に、早速箱根のスラッシャーが目をつけた。
「つまり箱根最速の俺が、このBBSに書き込んだという意味は、
最近この辺で名を上げている走り屋が現れたって事。
この書き込みを見たら、是非とも箱根PAに来て俺に声をかけて欲しい。
いい勝負が出来ると思うよ。」
早速その書き込みに返信し、竜介は箱根へと向かった。
箱根へつくと、そこにはバイナルグラフィックステッカーを貼った、派手な白い三菱のFTOが1台。
その横には赤い髪の男が。
「あんたか? 最近この箱根を荒らしまわってるって言うアクセラ乗りは?」
どうやら本当にスラッシャーのようである。
「ああ、そうだ。俺は野上竜介。箱根のスラッシャーだな?」
「いかにも。俺は大字 健太(おおあざ けんた)。勝負は下りの先行後追いバトルだ!
チューン最終段階に入ったFTOにどこまでついてこれるかな?? 箱根のリーダーの走りを見せてやるよ」
大字先行、竜介後追いのLFバトル。
FTOは2リッターもあるが、実際アクセラとは30馬力程度しかパワーは変わらない。
それでも最初は上りの傾斜がついた直線なので、パワーの差で引き離されるアクセラ。
FTOの車内に取り付けられた、2台の車間距離を表しているメーターが少しずつプラスに増えていく。
(よーし、このまま引き離して…!)
だが下りに入ったとたん、そのメーターが一気に縮まる。
軽いアクセラは最初の右コーナーから、ノーブレーキで車間をつめてくる!
(引き離して…!?)
大字の計画は一気に崩れ去った。だが自分が前に出ている以上、抜かれない走りをすれば良い。
きっちりブレーキングをして、ターンイン。
左足ブレーキをうまく使ってアンダーを殺し、竜介を抜かせない。
(FTOは重いV6エンジンを積んでいるから、アンダーが出やすいはずだが・・こいつ、やるな)
スイスイと駆け抜けていくFTOを見つつ、おっかけっこが専門ではない竜介は、どこで抜くかを考える。
(競り合いは苦手だ。早めに抜いて逃げ切るか)
最初の右コーナーから大きく回りこむ左コーナー、そして再び回り込む右コーナーを抜けて直線へ。
ここで少し引き離されるが、この後のブレーキングで一気にFTOとの差を竜介は縮める。
(うわ…! そこまで突っ込んでくるか!?)
そのままアウト側から並びかけ、軽い車重とブレーキを活かして、次にやってきた右コーナーで少し前に出る竜介。
その後にはまた左コーナーだが、ここでブレーキをFTOより遅らせて、アウト側から追い抜く。
(…よし、抜いた)
それから決着が着くまでは早かった。
ギリギリの突っ込みからスパッと向きを変え、コーナーごとに大字を引き離して行く竜介。
大字は直線で追いつこうにも、コーナリングスピードがアクセラのほうが速い為に、その分遅れてしまう。
なすすべも無く、中盤の2連続ヘアピンを過ぎたところで大字のメーターがマイナス100mを超え、決着が着いたのであった。
(何だよ…あの竜介って奴は…! あんなテクニック、どこで身につけたというんだ!?)
大字はスローダウンしたまま、ギリッと歯軋りをするのであった。
「昨日俺とバトルした走り屋の話を書きます。
以前二度まで現れた、あの伝説の走り屋の感じに似た走りでした。
ただ、負けた俺が言うのもなんだが、
テクニックの方はあの伝説の走り屋には到底及ばない気がします。」