第6部第1話


現在の街道界において、「伝説」と言えば誰もがまずこの男のことを思い浮かべるだろう。


通称「エモーショナルキング」。


全国各地の峠を制覇した彼の“神技“に敗れた者たちでさえ酔いしれた。

勝負(バトル)のあとに敗戦の弁はなく、ただ彼の走りへの驚漢、賞賛の言葉だけが残され、

やがて彼を見ぬ者たちでさえ、「伝説」として彼の走りを知ったはずだ。

そして、あの「阿蘇・夏の決戦」以来、彼が完全に消息を絶ったことにより「伝説」はまさに

「伝説」としてのみ峠の走り屋たちに語り継がれるものになってしまった。


しかし、彼をただ『伝説』として思いを馳せるためだけの対象としてはおけない現状がここにある。

「アブソルートエンペラーや「ミラクレスサミット」を初めとするカテゴリーレース出身のプロレーサーが流れ込み、

街道界の勢力図は「エモーショナルキング」時代から大きく塗り替えられ、もはや全国どこの峠においても

“生粋の”峠の走り屋のフィールドは存在しないと言ってもいいだろう。


そして! この状況をさらに混乱に陥れかねない噂が、関東の走り屋を中心に広がっている。

噂はこうだ。

“首都高の覇者”「サーティンデビルズ」がついに峠に攻め込んできたらしい…

今、峠に必要なのは「エモーショナルキング」…彼の走りだ。“生粋の”峠の走り屋たちよ、刮目せよ!

彼が未だに「伝説」として沈黙を貫くというならば、峠を守り、峠を受け継ぎ、そして新たな「伝説」を築くのは君たちだ。


箱根のイナズマシフトと呼ばれた男




日本各地に点在する“街道サーキット”。あるものは腕試しに、あるものはトップレーサーをめざし、

走り屋たちは、日々さまざまなレースでバトルを繰り広げる。

夜は全く別の顔を見せる“街道サーキット”。そこは、「走り屋」の自己顕示の世界。“強いものが勝つ”それだけがルール。

噂が噂を呼び、そして、伝説になる…。


そんな走り屋が過去にいた。彼は、エモーショナルキングと呼ばれ、その「神技」は街道の世界で伝説となった。

しかし、阿蘇コースでのバトルを最後に、姿を見せなくなったという…。


エモーショナルキング不在の夜の世界。そこに現れたのは、「アブソルートエンペラー」「ミラクレスサミット」と呼ばれる2大巨頭。

彼らは、カテゴリーレース出身、いわば、正統派のプロの走り屋である。

現在、街道の世界ではこの2人が最高のテクニックを持つと噂されていた。


そこに、首都高で伝説を築いたチーム、「サーティーンデビルズ」が動き出したとの噂が流れ、首都高チーム流入阻止を訴える勢力が台頭しつつあるという。

アブソルートエンペラー・ミラクレスサミットを超える走り屋は現れるのか?

伝説の走り屋、エモーショナルキングの行方は…?サーティーンデビルズの街道サーキット出没の噂は本当なのか…?

そして、その先に待ちかまえている者は…?



伝説の走り屋が阿蘇のコースから消え去ってから、峠の戦いは混迷を極め、誰もがトップを目指した…

…首都高からの刺客……プロレーサーの参戦…果たして、戦いの行方は…!?

伝説の走り屋は、今…









この話は瑠璃が、筑波サーキットでCランクライセンスを取得し、サーキットレースに参加し始めた頃までに遡る。

街道サーキットの方では、また新たな物語が始まろうとしていた。


「え…解散!?」

野上 竜介(のがみ りゅうすけ)は1本の電話に愕然とした。

資金不足のため、自分の所属チームがラリーの舞台より撤退するとの知らせが入ったのである。

非常に困った。プライベートチームであったため、予想はしていたのだが。

何とかして金を稼がなければいけないが、この就職氷河期には…しかもシーズンが始まる前であっただけに、残念である。

(参ったなぁ…)



そこで竜介はかつて、首都高で最速になったと言われたあの女の元へ向かった。

「…それは大変でしたね…」

「まぁ、愚痴をこぼしたところで何が変わるとも思えないがな…緒美」


第2部で活躍していた女走り屋の山下 緒美(やました つぐみ)である。

現在でもドーナツ屋で働いているが、最近正社員登用されたらしい。

なので、最近走りに行く時間が少なくなったと嘆いている。



そんな緒美がふと、何かを思い出したのかこんな事を言い出してきた。

「…そうだ。各地の峠がサーキットになっているって話、ご存じですか?」

「え? そうなのか? 俺はラリーで忙しかったから、そこまでは知らなかったな」

「何でも2003年から始まったらしくて。それで今年の2005年には北海道にラリーコースまで造られたらしいですよ。

しかもそのオフィシャルレースで勝てば賞金も出るみたいなんです」

「そうなのか。よし…なら行ってみると……あ」


そういえば…車がない。普段使っているインプレッサは先日大クラッシュして廃車になってしまった。

泣きっ面に蜂とはまさにこのことである。

「仕方ねー…今残っている金を全て、銀行の口座から引き出すしか…」

竜介は通帳の残高を見て、ハァ、とため息をついた。




通帳の残高は140万。当然新車なんて買えない。今では段々中古のスポーツカーの類なんて、値段も上がってきている。

ガソリン高騰の煽りも受けて酷い物だ。


竜介が買った車はマツダのアクセラ。中古でも135万するのだから高い。

緒美がロードスターで走り始めたので、師弟ともにマツダ車と言うのはなんだか不思議な話である。


本当はもっと中古のインプレッサやランエボなどを買おうと思ったが、古すぎて逆にトラブルが起きやすい。

金が無い今の状況ではそういう事態が発生した場合、2度と走れなくなる可能性が高いからである。

まずはこのノーマルアクセラで走るしかないようだ。

まぁそれも、上りのパワーと下りの旋回性を求めたので仕方の無いことだが。


カタログスペックで、同じマツダのアテンザより7馬力パワーが少ないが、車重はアクセラのほうが130キロ軽いからである。

だったら軽いほうが加速もいいし、ブレーキがよく利くということでアクセラを選んだ。



いよいよ、元ラリードライバーが峠の走り屋に挑む!


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