第5部第17話


大阪と英田は後回しにして、翌日の日曜日にはもう1度鈴鹿サーキットへ。

今度は西コースへと入る。

そこに待っていたのはど派手なアルテッツァ。D1グランプリと呼ばれるドリフト大会で見た事のある、HKSのIS220ーRだ。

こんなマシンに乗っているのは…またもや髪の色が3色の男。

赤、黒、そして白が混じり合っている。だが、もう瑠璃は何とも思わなくなった。

グレイルと話していたときもそうだったが、やはり慣れっていうのは怖い。


「あんたかな? 白石瑠璃って言うのは?」

「そうです」

「そうか。俺は新太郎(しんたろう)。直樹に勝ったらしいけど?」

「直樹…ああ、マインズの人ですか? あの人とはお知り合いとか?」

「ああ、そんな所だな。だが、俺はそう簡単には行かないぜ? 俺も普段は80スープラに乗ってるんだけど、

このアルテッツァはスープラと変わらないくらいのパワーだ。ついてこれるもんならついてきてみろよ。

最高のマシンを最高のドライバーが操る。負ける要素などない」

やけに自信があるなぁ、と瑠璃は少し驚いている。



勝負形式はSPバトル。慎太郎と瑠璃が横並びになり、バトルスタート。

慎太郎のIS220−Rはホイルスピンをさせながらも加速する。確か550馬力はあるとの事だが…。

(でも、4ドアセダンには弱点がある!)

4ドアセダンは大抵重い。アルテッツァはノーマルでも1300キロを超えている。極限まで軽量化をしても1000キロくらいだろうか。

こっちのS2000はそれに対して、1トンを切っていそうな車重だ。


130Rを抜けて、きつい右コーナーへの突っ込み勝負! だが慎太郎もうまくブロックする。

(簡単には抜かせないって!)

2台はダンロップコーナーからデグナーへ向かう。

デグナーで早めにブレーキングするIS220−Rに対し、瑠璃はデグナーでイン側目いっぱいまで使って突っ込み勝負!

ここのイン側の縁石は広めに作られているので、少しだけ突っ込みを鋭く出来る。


突っ込みで慎太郎をうまくかわした瑠璃は、ヘアピンまでのストレートで慎太郎をブロック。

ヘアピンコーナーをIS220−R以上の突っ込みでクリアし、突き放して勝利だ。

(なんだと!? 何がこの俺を敗北に導いた!?)

遠ざかっていくS2000のテールを見ながら、慎太郎は驚愕を隠せないでいたのだった。



土曜日には、前日の夜から走り通しのまま岡山へ。少し疲れが残っているが、今回はDPバトルなのでよかったと思っている瑠璃。

拓也とDPで勝負した時に感じた、初めて走った時の不安はもう無い。

だが天気は雨だ。


ピットに入ると、金髪の男がこちらをちらちら見ているのが目に入った。

気になった瑠璃はその男のところへと向かう。

その横には、スーパーオートバックス千葉長沼店のロータリーコーナーの店員によって作り上げられた、ロータリー専門ショップ「Rマジック」の

オリジナルの超ワイドボディエアロと、長沼店オーディオカスタマイズ「Di Factory」との共同制作デモカーである

SABスーパーストリートRX−8が。金髪の男のマシンはこのRX−8だろう。


「あの…私の事、気になるんですか?」

自意識過剰だなぁ、と思いつつも、男に尋ねる瑠璃。

「へ? いや俺は別に、そんな気は無かったんだけど…白石瑠璃さんって、君の事かい?」

「はい、そうです。私が白石ですが」

「そうか。ほら、君に挑戦申し込んだ奴がたくさん居るって言ってたでしょ? 俺もその1人なんだ。

俺は穂村 浩夜(ほむら こうや)。かっこいい名前だろ?」

「は、はあ」


(正直そんなの、どうだって良いけど…)

とりあえず曖昧に瑠璃は返事を返す。

「じゃあ、バトルにいこうか。どうだよ調子は? 最近は生っちょろいヤツばっかりで飽き飽きしてんだよな〜」

「調子は最高です。それでは、始めましょうか」

「おっけーおっけー。俺、普段はS15乗ってるんだけど、RX−8でもこんなに走れるってのを

見せてやるよ。S2000とS15とRX−8は良いライバルだしな」

はげしくどうでも良い。どうでも良い事しかこの男は話さないのであろうか、と瑠璃はため息をついた。


浩夜は1コーナーからバックストレート前までの4区間で22.000ポイントを出して来た。

思っていたよりも強敵かもしれない。

RX−8は意外とドリフトがしにくい車。そんな車でこのポイントは結構な腕を持っていると言えるだろう。


続いて瑠璃がスタート。

RX−8はS2000とカタログスペックで同じ馬力の車なので、なんとなく対抗心が湧き上がる。

1コーナーはブレーキングドリフトで進入。雨が降っているためリアは振り出しやすい。

浩夜も多分、それのおかげもあってあそこまでポイントがたたき出せたのだろう。

自分もそうすることで高ポイントが期待できそうだ。


スピードは晴れの時程速くは無いが、滑る距離は逆に伸ばせる。

それを活かして、まるでスケートリンクのようにゆったりとした動きでS2000をコントロール。

(ゆったり流すと、どう言うふうに滑っているのかがよく分かるから結構楽しいわね!)

そのままゆったり走行で瑠璃がたたき出したポイントは、22.195ポイントであった。


それを浩夜は乾いた笑いを浮かべながら、ピットで見ていた。

(まぁ猿も木から滑るって事もあるわな! ……ん? なんか違うぞ?)



帰る前にピットに車を置き、ジュースを買って一休み。ゴキュゴキュと一気に飲み干し、さて帰ろう…と思った瑠璃だったが、

ピットに戻ると1人の赤い髪の男が、自分の車を見ながら立ちすくんでいた。

「あの…私の車に何か?」

その男は瑠璃に気がつくと、申し訳なさそうな顔で謝罪。

「あ…すいません。ボディペイントされているんですね、あなたの車…」


ああ、そうかと瑠璃は、この男が自分の車のボディペイントに興味を持ってきたのだと納得。

「ボディペイントに興味が?」

「はい。あ、俺は寺田(てらだ)って言います。でも、まさか女の人だとは思っても見なかったな。よろしければ俺とバトルなんて…」

「白石です。構いませんよ。まだ時間もありますし」

「ありがとうございます。よーし…この大会の後には、誰もマネできない芸術を愛車のボンネットに……」



寺田は青の80スープラ乗りだった。勝負はSPバトルだ。

コースに飛び出し、瑠璃がパッシングをして横並びになり、スタート。

最初はスープラ先行。しかし瑠璃もS2000の軽さとスリップストリームを活かして食いつく。

後ろから追わざるを得なくなった瑠璃は、早急に抜かなければならない。

しかも寺田は、見ててすごく綺麗なドリフトを繰り出してくる。

だが、見とれている暇はない。


勝負をかけるなら立ち上がりで決めるしかない。

寺田がバックストレートのブレーキングからターンイン。リアのグリップが失われドリフトへ移行。

瑠璃は早めにブレーキングし、立ち上がり重視でコーナリング。

そのままドリフトを止めて、加速体勢に移ったスープラを、横からスパッとオーバーテイク。

(ぬ、抜かれた!?)

寺田も負けじと食いつこうとするが、S2000の軽さを武器にした瑠璃のコーナーワークに引き離されて行く。

そして抜き返せるはずのホームストレートまでやってきた頃には、瑠璃S2000の姿はもう、遥か前方にかすんでしまった。

(負けか…最近、何だかコーナリングが不安定だからなぁ。…こりゃペイントよりも先にレストアだな……)



岡山から大阪のホテルを予約し、大阪に向けて夕方から再び走り通し。

ホテルに着いたときには、もうくたくたになってしまっていた。

(はー…疲れた…)

バトル、バトルで疲れた体をルームシャワーで癒し、ドライヤーで髪を乾かしてベッドにもぐりこむ。

そのまま夕食のときまで、瑠璃はぐっすりと眠り続けた。


夕食時に、ふと食べながら瑠璃は考えてみる。

(このまま走り続けてどうなるんだろう…)

サーキットで走る。確かにそれは、埠頭で走っていた頃からの夢であった。

しかし、こんなにバトル、バトルの連続ともなると正直に言って体が持たないだろう。

レーサー1本で金を稼ぐことは厳しい。だったらこのままブティックで働いていたほうが良い。


そう考えた瑠璃は、一つの決断を下した。

(うん…私、もう少しで引退しよう…!)

挑戦者を全て倒したら引退する。そう決め、部屋へと戻ってベッドへもぐりこんだ瑠璃であった。



大阪環状サーキット。ここに来るのも今日が最後になるだろう。

ピットに入った瑠璃は挑戦者を探すため、とりあえず散策。しかし、それっぽい車は見当たらない。

だが代わりに気になる人を発見した。

(あれ…?)

暗い黄緑のBL5レガシィのボンネットにコース図を広げ、分度器と三角定規を当てて

なにやらぶつぶつ言っている水色の髪をした人。


何をやっているんだろう、とチラッと見ると、次の瞬間振り向いた人と目がばっちり合ってしまった。

(!?)

またもや外人である。このまま居るのも気まずいので、瑠璃は声をかけてみる。

「あ…あの…何をしているんですか?」

「俺? 勝つために最も必要な要素はコースを熟知することだから、コースを分析しているんだよ。俺の本業は地学者だから。

地学という言葉は幕末に geography の訳語として提唱されたものであるが、明治になってgeography を地理学、

geology を地質学と訳すのが普遍的になったため、地学という語義はやや曖昧。

一般には物理・化学・生物などと同様に、高校の授業科目や大学受験科目として、地球や天文に関するものを「地学」と呼ぶことが多い。

大学などにおける専攻分野としての「地学」は、地質学・鉱物学を主体とするものであるが、通常これに加え古生物学や自然地理学などが含まれる。

さらに広義には、「地球科学」とほぼ同義に用いられることがあるんだ」


長い。覚える気にもならない。

「…えーと、つまりすごく分野が広い言葉って事ですか?」

「そういうことになるな。おっと、自己紹介が遅れたな。俺はヴェイラー・リレアード。よろしく頼む」

「白石瑠璃です。よろしくお願いします」

「あんた、コース図は持っているか?」

「はい、持っていますけど…」

「ははっ、そうか。コース図も持っていないような奴は、俺は眼中にないからな。

お互い良い走りをしようぜ。…みんな! ちゃ〜んとコース図見てるか!?」



ヴェイラーと別れた瑠璃は、挑戦者は居ないか再び散策するが、見当たらない。

挑戦者はみんなど派手な車で来ていた。でもここにはそんな車がいない。

しょうがないので自分のところに戻って出走準備。

2周のRPバトルなので体力を温存しておこう…と決めた時だった。


「すいません、白石さんですか?」

突然後ろから声をかけてきた1人の男。薄い銀髪の男だ。しかもかなり若い。

「あ、はい」

「俺、白石さんに挑戦の申し込みした双波(そうは)って言います。初めまして」

「初めまして。白石瑠璃です。あの、あなたの車って何なんですか?」

「俺は黒のインプレッサに乗ってます。ほら…向こうに停まってる奴」


双波がピットの外で指を指す方向には、確かに黒の涙目のGDBインプレッサ。

見た目はノーマルっぽい。確かにあれだとわからない。

「あれが…」

「ええ。では、そろそろ俺も準備に移るので。今日はよろしく! サーキットはもう走り飽きたね!」


伊吹のインプレッサはポールポジション。ヴェイラーのレガシィは2番手、瑠璃は3番手だ。

シグナルがブルーに変わり、瑠璃はロケットスタートを決めることが出来た。しかし、それでも4WDの前の2台にはかなわない。

スタートダッシュは圧倒的に4WDが有利だ。しかもこの2台は結構パワーが出ていそうである。

最初の右コーナーへの突っ込みで食いつく瑠璃だが、立ち上がりで引き離される。

ストレートスピードはあまり変わらないようなのが救いと言った所か。


そして前2台が競り合いをしている。

(白石のS2000より、このレガシィの方が速くねーか?)

(俺のレガシィとストレートが変わらないだと? だが、この先のS字コーナーは出口で道幅が広くなる。そこで抜く!)

双波はS字コーナーでヴェイラーを引き離すが、ヴェイラーはS字コーナーの3つ目を立ち上がり重視で抜け、ストレートで勝負をかける。

(来た…! これは突っ込み勝負か?)

(次の右で突っ込み勝負と行くか!)

双波とヴェイラーは同時にブレーキングし、双波はアウト側まで粘るがヴェイラーがここで並んできた。

(こ…のぉ!)

(駄目か…抜けないか!? おっかしいな〜? 地図上の計算では……。うわ! 3ミリ間違ってた!)


再びサイドバイサイドになった2台。

その後ろで、瑠璃はもしかしたら一気に2台を抜けるかもしれないということを考えていた。

(ヴェイラーって人のレガシィは突っ込み重視、あの双波って人のインプレッサは必死のブロック。お互い、次の直線でスピードが伸びなくなる。だから…!)

立ち上がり重視で一気に抜けるかもしれない。


そう考えた瑠璃は慎重に2台の動きを観察。

やはりスバルの2台は、スピードが最初と比べて伸びていない。

長い直線の後に、再び右へと曲がる。ここは上り勾配なので仕掛けても立ち上がりで抜き返されるだろう。

しかし差を詰めることは出来るので、自分だけ2台の後ろでさらに突っ込んで差を詰める。

そうすると、立ち上がりで2台が少ししか離れない。仕掛けるポイントは、この先の下り勾配のある1コーナーだ。


2周目に入り、前の2台はまだ競り合っている。

(さあ、行くわよ…!)

競り合っている2台の後ろで、瑠璃は早めにブレーキング。

インに着くタイミングを遅くし、直線が伸びない2台の横に並ぶ。


(えっ?)

(しまった!)

スピードが伸びない2台は、S2000に横からゆっくりゆっくりと前に出られる。

まるでスローモーションを見ているようで、何も出来ずに悔しいまま、1位争いから2位争いに転落してしまった。

(たまには負ける経験もしておかないとね)

順位が落ちたと言うのに、双波はすがすがしい表情になっていた。


最終的に漁夫の利で瑠璃が1位、双波が2位の、ヴェイラーが3位という結果になったのであった。

これでフィールド2も制覇だ!


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