第5部第16話
C1GPを制覇した瑠璃の噂はあっという間に広がり、
その噂を聞きつけた強敵ワンダラー(一匹狼の走り屋達)が次々に瑠璃に挑戦を申し込んできた。
フィールド1,2,それぞれのクラスAから3人ずつ。
フィールド3クラスAから2人に加え、そこのSP、DP、RPそれぞれのキング達3人が名乗りを上げてきた。
合計で11人。今のところの予定はこれだけだ。
フィールド1もフィールド2も、それぞれ筑波、鈴鹿東、首都高環状線外回り…と、各コースに1人ずつ散らばっていてなんとも面倒くさいのも事実だ。
フィールド3は日光と鈴鹿フルコースだけらしいので少しだけ気が楽だ。
日本では日曜日が一般的に1週間の始まりの日だといわれている。
まずはC1GPを制覇した日曜日の週の土曜日。瑠璃は筑波サーキットへと向かった。
そこには岸の乗っていたアクアNSXを改良した、アクアNSXバージョン2がやってきていた。
その横には赤い髪の男が。
その男は瑠璃に気がつくと瑠璃のほうへ向かって歩いてきた。
「あんたが白石瑠璃さんだろう?」
「はい、そうです。もしかしてあなたが私に挑戦を?」
「そうだよ。俺は陽介(ようすけ)。普段は180SXに乗ってるけど、今日はこのNSXで行かせてもらうよ」
しかし…何だかこの陽介という男からは変な臭いがする。ニンニク臭い。
「ん…」
「あ…もしかして、臭う? シャワー浴びたんだけどな…」
ポケットからガムを1枚取り出して噛み、口のにおいを抑える陽介。
「俺…普段高校の教師なんだけど、生徒を相手にすると結構腹も減ってな。焼肉が好きなもんで…悪いな」
「あ、大丈夫です。バトルには影響ありませんから」
「そうか。…バトルだけど、今日は3周勝負のRPだからそれで勝負と行こう。本当の頂点に立てる者はただ一人だ!」
陽介と別れて自分の所に戻り、出走準備をする瑠璃。すると瑠璃の元に1人の女がやってきた。
「おはようございます」
「あ、おはようございます…失礼ですが、あなたは…?」
「わ、私のことを忘れたの…? 3回もバトルしたって言うのに…」
瑠璃はRP、DP、そしてSP全てでこの女に勝っていたのだが、バトルバトルの連続ですっかり忘れていた。
「洋子よ。神橋 洋子(かみはし ようこ)!」
洋子は「キューピッドアローズ」という、女ばかりのチームでリーダーを務めていたのだが、
今回はチームとは関係なしにワンダラーとして挑戦しに来たのだとか。乗っている車は赤のFC3Sだ。
「なんだかんだで3回も負けてるからね。セカンドカーのFCだけど、ファーストカーのGTOに
負けないくらいまでパワーをあげてきたからね。以前と同じ気でかかって来ると痛い目見るよ!」
「…はい、よろしくお願いします」
目が洋子は本気だった。パワーに勝る相手とのバトルは何度もやってきたが、どれだけパワーが出ているのか気になる。
ポールポジションは陽介。続いて洋子、そして瑠璃は3番手だ。
シグナルがレッドからブルーに変わり、バトルスタート!
うまく飛び出した洋子は瑠璃をスタートダッシュで引き離し、陽介に接近。
しかし陽介は1コーナー立ち上がりで、MRのトラクションのよさを活かし、洋子のFCと瑠璃のS2000を引き離す。
(流石MR。立ち上がりは速いわね。私のFCも負けていられないわ)
洋子のFCは460馬力を搾り出してはいるが、コーナー立ち上がりで暴れる。
そこを小刻みなアクセルワークでコントロールし、ふらふらテールを揺らしながら立ち上がっていく。
それを後ろから見ている瑠璃は見ていて不安な顔になる。
(いつかスピンしてきそうで怖いわね。足回りとか古いから、パワーに負けてるって感じ…)
コーナーで追い抜く時に、競り合ってぶつかられでもすると危険なので、2ヘアピンを過ぎた後のバックストレートで無難に直線勝負。
460馬力のFCだが、500馬力にはかなわない。
(あー…っ! やっぱりあんたは私が見込んだだけの走り屋だ)
あっさり洋子を追い抜いた瑠璃は、これで2位に浮上。
残り2周で陽介を捉えることは出来るのだろうか?
その陽介は最終コーナー入り口でブレーキングし、コーナリングしている。
MRのよさは立ち上がりの速さ。最大限に活かすためにも立ち上がり重視の走りを心がける。
それに対して瑠璃は突っ込み重視でコーナリング。3周しかないので早めに決着をつけたいところである。
(加速は同じくらいか。だったらコーナーで勝負!)
2周目の1コーナー、S字、1ヘアピン、ダンロップと少しずつ、瑠璃は差を詰めていく。確実にだが差は詰まってきている。
後はどこで抜くかなのだが…。
(勝負をかけるなら…ファイナルラップのあそこで!)
唯一、奴の立ち上がり加速が活かせない場所がある。そこで勝負を仕掛けるのだ。
バックストレートではスリップストリームに入り引き離されないようにし、最終コーナーをぴったりとくっついてクリア。
(さあ…ここからよ!)
ファイナルラップの1コーナーをクリアしたところで、瑠璃は勝負に出た。
S字を直線的に抜け、アウトから突っ込み重視でヘアピンに向かってブレーキング。
陽介はインを小さく回ってコーナリング。2台は横並びのまま立ち上がる。
立ち上がりの加速で、陽介がじりじり前に出ようとする…が。
(あ!)
そう、ダンロップコーナーとこのヘアピンの間の直線はあまりにも短い。よっぽどパワーの差が無い限りここは立ち上がり加速があまり活かせず、
逆にダンロップコーナーで突っ込み勝負になる。
瑠璃はそれを実行し、インとアウトが入れ替わったダンロップコーナーで陽介を抜き去った。
(…よし!)
(マジかよ、俺の負けか…! でも…上に立つ者がいる限り、どんなヤツでも倒していく!)
洋子と陽介を倒した瑠璃は、翌日(翌週)の日曜日に首都高サーキット外回りへ。
そこでは派手なR32GT−Rが1台。
しかもそのドライバーの髪の色も派手である。オレンジに緑に黒…。
瑠璃がポカーンとして口を開けて見とれていると、そのドライバーは瑠璃に気がついた。
そして固まっている瑠璃の前で、ひらひらと手を振る。
「あ、あの…大丈夫ですか?」
「はっ!? あ、し、失礼しました。髪の色に唖然として…」
「ああ、これね。よく言われるよ。派手だって。…もしかして、白石瑠璃さんかな?」
「はい、そうです。もしかしてあなたは…」
「そう。俺は渡辺 亮(わたなべ りょう)。一応レーサーだよ。コルベットがマイカーだけどGT−Rもいいね。
S2000でどこまでついてこられるか、君の腕も見させてもらうよ。SPバトルで勝負だ。…俺と走れるとは、お前は運がいいぞ!」
ピットから出て、亮がハザードをつける。それを見た瑠璃もハザードをつけて横に並ぶ。
(行くぞ)
ぐいっとアクセルを踏み込んで加速。
亮は4WDの加速のよさを活かして、最初の右中速コーナーまでに瑠璃の前に出る。
(やっぱり、GT−Rは加速がいいわね)
感心しつつも亮を追う瑠璃。コーナーは軽いこっちのほうが速い。雨ならば勝ち目は無かったかもしれないが、今日は晴れだ。
SPバトルなので、タイヤとブレーキのことを考えると、あまり長引かせるわけにはいかない。
なので抜くのは早めにした方がよさそうだろう。
(あそこで抜く!)
抜きどころを決めた瑠璃はテンションを高め、R32に接近。
連続シケインを抜けた所で、コーナリングスピードの違いを活かしてR32にくらいつく。
亮も驚き気味だ。
(も、もう来るのかよ! しばらく通わないうちに、強さのヒエラルキー(階級)が変化したようだな)
直線では引き離されるが、その後にやってきた右の中速コーナー。ここで突っ込み勝負を仕掛けて
コーナリングスピードで劣るR32をインからパス。
その後はコーナーでつけた差を直線で少し詰められたが、何とか霞ヶ関トンネル前の右コーナーまでブロック。
その右コーナーで再び差をつけ、トンネル内のコーナーで完全に振り切った。
週最後の土曜日には、鈴鹿東サーキットへ。
だがその前に、ショップが開く頃を見計らって瑠璃は京介の元へ向かった。
鈴鹿東に対応できるセットアップをして貰う為にである。
しかしそこで、瑠璃はS2000に意外な作業までされてしまうのであった…。
「な、何ですか、これ…」
「今、俺が考えているボディペイントさ」
「は、はぁ…」
シルバーのS2000のボンネットに、シンプルに黒のスプレー缶で塗装された文字があった。
いつもより時間が掛かっているな、と思えば…。
せっかく京介がしてくれたので、元に戻してくれと言う事もできず、瑠璃はショップを後にした。
鈴鹿東へと複雑な表情をしながら向かった瑠璃。そこで今度は、コンピュータの性能を最大限に引き出すのが得意なショップ
「マインズ」が作り上げた、N1車両をベースにしたR34スカイラインGT−Rが停まっている。
性能の高さは折り紙つきだが、それを操るドライバーはどうなのだろうか。
そのドライバーは緑と金色の2色の髪の毛で、ヒゲを生やしている。
そして何だか眠そうだ。
「…どうも」
「大丈夫ですか? 何だか眠そうですよ?」
「あー…全然平気ですよ」
(平気そうじゃないから、聞いてるんでしょうよ……)
そんな突っ込みを心の中で入れつつ、まずは自己紹介だ。
「白石瑠璃です。今日は私と対戦したいとの事で…会えて嬉しいです」
「中村 直樹(なかむら なおき)です。車はこのマインズGT−R…。普段は80スープラに乗ってるけど、この車でもいい走りは出来る」
「楽しみですよ」
「ああ…多分だがな。私の走りにはミクロの狂いも許されません…ってな」
「…………」
天然なのか、寝ぼけているだけなのか。走りの方もリズムが狂うかもしれない。
勝負はDPバトルだ。直樹は1周、4区間で24.000ポイントをたたき出してきた。
4WDのドリフトはスピードをつけたゼロカウンタードリフト。なかなかいい点数だ。
続いて瑠璃がスタート。1コーナーと2コーナーは1つのコーナーとして、慣性ドリフトでつなげてクリア。
S字はリズムよくサイドブレーキを使ってクリアし、最終コーナーは下りながらのコーナーなので加速してからサイドブレーキでクリア。
出したポイントは25.712ポイント。ぎりぎりだった。
それをピットで見ていた直樹は、心の中でポツリとこんな事を呟いた。
(寸分の誤差が最大の敗北を生む……。もっと精進だな)
これでフィールド1の挑戦してきたワンダラーは全て打ち負かした瑠璃。
続いてはフィールド2だ。