第5部第11話
ハールと石田、それに緒美を倒してもらった賞金は何と総額300万。京介に頼んでS2000を極限までチューンする。
京介曰く、C1GPのデモカーに打ち勝つには、こっちもレースマシン並みの改造が必要だかららしい。
そして平日の5日間を使い、できあがったS2000はまさしくレースマシンだ。
軽量化は必要最低限以外の物は全て外され、ボディの合成アップもフルスポット増しが施される。
エンジンもS2000としてはほぼ限界の510馬力までパワーアップ。トラクションがかかるようにトランクにはバラスト(重り)を乗せる。
これで車重は1100キロなのだから驚きだ。
耐久性はあまり考慮されてはいないが、レースに出るために作られたのでちょっとやそっとでは壊れないらしい(京介談)。
後倒していないのはフィールド3ランクCとAのマスター2人。
そういえば日光サーキットには行ったことが無いな、と思い出した瑠璃。この際だし、有給休暇を3日ほどとって
土日も含めて5日でライバルを根こそぎ倒しに行くことに決めた。
火曜日の夜に東京を出発し、水曜日の朝方に日光に着いた瑠璃は車の中で睡眠をとった後、サーキットに入った。
コース図を買っておいたので、事前にしっかりとコースの情報は頭に入れておいた。
やっぱりコンパクトなサーキットだ。ここなら軽自動車でもいい勝負が出来そうである。むしろパワーの大きい車が不利になるかも。
今回はSPバトルとのことで、20分の時間でライバルを倒しまくる。
まずはコースに慣れるために軽く1周。ギア比は今日のために京介に頼んで超加速重視にしておいた。
6速全開でも170キロまでしか出ない。
それゆえに3速から4速メインで、オーバーステアに気をつければほぼ全開で駆け抜けていける。
2周目から手当たり次第にバトルを仕掛ける。コーナーでは勝負を仕掛けず、メインストレートと裏ストレートで
500馬力の加速を活かしてきっちりと抜き去る。
前に出るのはなかなか難しいが、前に出てしまえば逆に抜かれにくくもなる。
木曜日はDPバトル。テクニカルなレイアウトなのでドリフトはしやすいが、とにかくハンドル操作が忙しい。
振り返しを知らない瑠璃は1つ1つを確実に、サイドブレーキを使ってクリアしていく。
裏ストレート前の右高速コーナーはブレーキングドリフトで進入し、アクセルはほぼ全開でクリアできる。
低速コーナーの処理は埠頭を走っていたときの応用でクリア。こうしてドリフトポイントを稼ぎ、確実に1人ずつライバルを撃破していく。
金曜日はRPバトルとなり、1コーナーからもう団子状態。一歩間違えば接触事故になる。しかもなかなか抜けない。
裏ストレートで1台1台処理していては2周で間に合わないので、コーナーで多少強引にでもイン側に車を突っ込ませて
砂利を踏みながらコーナリング。
他人の車にぶつけるよりは絶対にこっちのほうがいい。
土曜日も同じくRPバトルとなり、前日の経験を生かしてトップを取ってきっちりと逃げ切る。
初めてのコースでここまで勝てるのは、テクよりも車のおかげかもしれないと瑠璃は思い始めていた。そして同時にむなしさも・・。
そして日曜日。今日の夕方にはもう東京へ戻らなくてはいけない。
瑠璃がコースインすると、隣に赤と白の派手なカラーリングが施されたS15シルビアが1台。
RS☆Rという、サスペンション、ショック(車高調)、マフラー、他、自動車のアフターパーツを製作・販売しているメーカーの車だ。
こんな車に乗った人が来るということは、大体想像がつく。
瑠璃はそのシルビアのドライバーに声をかけた。
「あの…こんにちは」
「ん? 何か用か?」
緑の髪の毛をした、小さめの目の男。
「私、東京から来たんですけど、良かったら一緒に走りませんか?」
「東京から? 珍しいな。でも俺…今日は先客がいるんだ」
「先客ですか?」
「ああ。S2000に乗った女の子がここで名を売ってるって言うから、その子とバトルしにきたって訳」
それは紛れも無く…。
「あの、それ…私のことだと思うんですけど」
「え? 君がそのS2000乗りの女の子?」
論より証拠。自分のS2000の所まで行き、自分の車であることを説明する。
「はっ、そーか。なら話は早いや。俺がフィールド3ランクCのマスター、高崎 和人(たかさき かずと)だ」
やはりこの男はマスターであった。
勝負形式はDPバトルで、このコースを2周して多くのポイントを取ったほうが勝ちである。
「白石瑠璃です。そのS15は…」
「これは俺の車じゃない。チームの車。普段は俺、FDと13顔のシルエイティに乗ってるんだ。
しばらく走りからは遠ざかっていたんだけど、C1GPのマスターにスカウトされて復活したってわけだ」
「遠ざかっていたん…ですか?」
「ああ。前は首都高を長い間走っていたんだけど、乗ってたS13をクラッシュさせちゃって。で、走ることが出来なかったんだ」
首都高を走っていた…ということは、もしかすると。
「あの…宝条京介さんって方は、ご存知ですか?」
「宝条? えーと……ああ、あまり覚えちゃいないけど、暴走族上がりだって噂になってた人かな? その人がどうかしたの?」
「このS2000をチューニングしてくれた人が、京介さんなんです」
和人はその言葉に感心した様子だ。
「へぇ〜…」
「後、山下緒美さんはご存知ですか?」
「ああ、知ってるよ。フィールド3ランクBのマスターになったって話は聞いてるからな。……まさか…」
「はい、勝ちました」
「マジかよ…。でも、俺はドリフトバトルで勝負だから、どうかな?」
「あ…」
この日光サーキット、和人がどれだけのポイントをたたき出してくるか不安になってくる。
「緊張しているのか?」
「はい…いまさらになって、不安が…」
「緊張するな。実力以上の力など、でやしない」
確かにそうだ。だが、実力の限界を上げることは出来る。
「それじゃ、俺はこれからDPのアタックをさせてもらうぜ」
日光サーキットを2周し、和人が出したポイントの合計は52.000ポイント。
最初の大きく回りこむ左コーナー、高速右コーナー前の右直角コーナー、高速右コーナーの途中まで、
最終左コーナーと、その1個手前のヘアピン右コーナーを合わせて1つの区間で1周だ。1周あたり26.000ポイントを稼がなければいけない。
(かなりのプレッシャーにはなっただろ)
自信ありげな和人。
この和人に対して瑠璃はどこまでいけるのか。
(なかなかのポイントね…)
瑠璃が続いてスタート。最初の左コーナーはブレーキングドリフト、右直角コーナーはサイドブレーキで、
右高速コーナーは、1周目は慣性ドリフトで進入。
しかしそれでは失敗しそうになったので、2周目は木曜と同じくブレーキングドリフトで進入してクリア。
最後のコーナーはサイドブレーキドリフトでクリア。
2周で出したポイントの合計は…。
(やっ…た! 54.325ポイント!)
(…噂は本当だったのか。俺のプレッシャーを跳ね除ける。コイツは楽しみだ……)
結果発表の紙を見て、和人は胸中でチクリと何かが痛むのを感じていた。