第5部第10話


「驚いたわ…まさかここまで速くなっているなんてね」

「緒美さんも速かったです。それに、あのS字で立場が逆だったら私は負けていたと思います」

「そうだろうけど、勝敗は運も結構左右するから。今回は私に運がなかっただけ。私の負けよ」

「ありがとうございました」

素直に負けを認めた緒美。



そしてふと、緒美は瑠璃にこんなことを聞いてみる。

「そう言えば、このS2000はどこで改造してるの?」

「これですか? これは街のショップで改造してます。でも、パーツが少し高くて…。エアロセットだって安くないのに」


すると、緒美は少し考えた後、携帯を取りだして何処かへ電話をかけ始める。

そして電話が終わり、瑠璃についてくるように言った。




ビートルの後について首都高を降り、たどり着いたのは首都高から割と近いところにある整備工場。

「ここは…?」

「私の行きつけのショップ。そして、私の前に首都高を制覇した人がいるところ」

「え?」

何と、そんな人と繋がりがあったのかとびっくり。


そして噂をすればで、その人物が姿を現した。

「君か…。今噂のC1GPで頑張っている女の子って」

黒髪に赤目の男…この人が…。


「紹介しますね。この子は白石瑠璃さん。瑠璃さん、この人は宝条 京介(ほうじょう きょうすけ)さん」

「初めまして」

「初めまして。C1GPではずいぶんと良い成績を残しているみたいだけど」

「いえ、それほどでも…負けることもよくありますし」

「それでも緒美さんに勝ったのは事実なんだろう? だったら、格安でそのS2000、チューンしてやっても良いぜ」

「本当ですか!?」



思わぬ言葉に耳を疑う瑠璃。さっき緒美が電話していたのはこのためだったのだ。

「京介さんは、本当に速くなりたいって思ってる人しかチューンはしないから…よかったわね」

ともかく、これでチューンに関しては安心できたが…後は自分の腕がついてくるかどうかである。


「私が首都高を走っていた時も、そしてこのビートルも、ここでチューンしてもらったの

「へぇーっ…。あ、京介さんは峠を走ったことは?」

「あるけど、首都高の方が多かったな。スピードレンジが低いからあまり気分が乗らないんだ。俺は首都高の方が好きだ」

ちなみに瑠璃は埠頭ならあるが、峠道はない。


「街道サーキットっていうのは何年か前に出来たらしくて、結構盛んらしいけど私も行ってないわ。

ま、それはともかく…これからどうするかは考えてある?」

「はい。まずはランクAのマスター3人を倒すこと。そしてC1GPに挑戦しようと思います」

「わかった。俺も最大限に協力する」



C1GP参加者は、殆どが有名ショップのデモカーに乗っているらしい。

そんなのに対して個人レベルのチューンで対抗するのは厳しい。

だから、京介の手を借りてS2000でも十分に通用するようにこれから仕上げていくのである。


瑠璃自身もランクAのライバルをどんどん倒していく。

ドリフトもだいぶ出来るようになってきた。大阪まで遠征に出掛けても、パワーの差で負けることも

ほとんど無くなって勝てるようにもなった。




そしてそんなことを繰り返している内に、大阪にフィールド2ランクAのマスターが出現した、との情報が、C1GPのHPで告知された。

早速行ってみると、そこには1人の外国人が。

その隣には関西のチューニングショップ「シーケンシャル」が手がけた、タイムアタック用のデモカーである

「シーケンシャルファイアSF15」…紫を基調としたS15シルビアが停まっている。


その外人が瑠璃のS2000に気が付き、歩み寄ってきた。

「どうもこんにちは。あなたが噂の、白石瑠璃さんですか?」

日本語が流暢すぎて、逆に怖い。

「は、はい。そうですけど、貴方がフィールド2ランクAのマスター…の?」


「そうです。何度味わってもいいものだな。このバトル前の興奮は。…あ、僕はハール・ドレンジー。あなたは…話では180SXに乗っていると伺っていますが?」

「最近乗り換えたんです。ハールさんの車は凄いですね、そのシルビアって…」

「僕のシルビアはデモカーですね。大阪環状線はハイスピードコースですから、少しパワーが足りないかなと感じるんですけど、

S2000なら良い勝負が出来そうです。今日はお互いにベストを尽くしましょう」

かなり礼儀正しい性格のようである。




SPバトルは恵の時と同じく、ピットから出たところでスタートだ。シグナルがブルーに変わり、ピットから出ていくシルビアとS2000。

横並びになりアクセル全開!

先に飛び出したのはハールのシルビア。それでもパワー的にはあまり違いはないようだ。

となると、後は腕と腕の勝負。



プレッシャーのかけ方は、瑠璃は前述の通り凄まじいが、果たしてハールに対して効果は…。

(凄まじい…!)

効果は何と覿面(てきめん)。プレッシャーに対してあまり強くはなさそうである。

(噂は伊達じゃないか…。でも、僕もマスターとして、しっかりやらせてもらうよ!)


長い直線の後に来る、ほぼヘアピンに近い右コーナーで瑠璃は突っ込み勝負を仕掛けるが、簡単にはやはり抜かせてはくれない。

230キロから一気に100キロまでスピードを落としても、シルビアはびたっと安定している。

(さすがデモカーね)

感心するのは良いが、残暑もまだ厳しいのでそう長くはつきあえない。

ここは流斗の時と同じ戦法をとることにした。



まずは突っ込み重視でもう1度行くよ、と見せかけて、ライトを点灯させて意思表示。

ほぼ直角に近い右コーナーを抜ければ、長いストレートに入る。

そこでギリギリでライトを消し、ハールだけ突っ込み重視でコーナリングさせる。

(はめられた!?)

(よし…!)

小さくコーナーをまわって、立ち上がり加速に全てをかけた瑠璃は、あっさりシルビアをパスしてぐんぐん加速。

スリップストリームに入ることが出来ずにハールは置いて行かれ、決着した。



「さすがですね。普段はヴェロッサとインプレッサに乗っているんですが、それでも勝てたかどうか…」

「ヴェロッサ…って、あの大排気量の?」

「はい。でも、車のせいには出来ないですね。私もまだまだ甘いな……。今日はどうもありがとうございました」

ハールの一人称が「私」になっていたのには、あえて突っ込まない瑠璃であった。




ハールとのバトルが終わり、翌日の日曜日から次なる目標は筑波サーキットに決める。

筑波なら車の差がなかなか出にくい。

ハイパワーマシンでも、場所を絞ってバトルを仕掛けていけば結構あっさり勝ててしまうことだってある。

日曜だけでも6台にSPバトルで打ち勝ち、ご満悦の瑠璃であった。



そしてそれを聞きつけ、フィールド1ランクAのマスターが筑波に現れたのは、それから丁度1週間後の日曜日。

DPバトルで勝負とのことだが。

筑波サーキットへ出掛けてみると、そこには何とも珍しい黒いマシンが1台停まっていた。


(あら、懐かしい車ね)

三菱のランサーEXターボ。ランエボの前に出ていたFRのランサー、通称「ランタボ」だ。



その横のピットにS2000を停めると、1人の男が歩み寄ってきた。

「…あんたか」

「はい?」

「あんたが話題になっている、S2000の白石瑠璃か」

「…そうですけど、貴方は?」

石田 義明(いしだ よしあき)。フィールド1ランクAのマスターだ」

「あ、貴方が…」


寡黙な性格なのか、あまり多く喋ろうとしないこの石田という男。しかし、結構な威圧感がある。

「DPを先にやらせてもらう。簡単に勝てると思うなよ」

「は、はあ…」

なんだこの人は・・と思いつつ、石田がドリフトをするのをジッと見つめる瑠璃。



ランタボのパワーはそこそこだが、逆にアクセルを全開に出来る。最終コーナーは低いギアで、ほぼアクセル全開で駆け抜けていく。

筑波を1周して、1コーナー、S字から1つ目のヘアピン、ダンロップコーナー、2ヘアピン、最終コーナーの5つの区間で

石田が出したポイントは、36.000ポイント。

1つにつき8.000ポイントは取らないと勝てない。かなりの強敵である。



(でも、勝負はやってみないとわからない!)

車内に計測装置をつけて、今度は瑠璃がコースイン。

最初はタイヤを暖めて、2周目のメインストレートからアタック開始。


最初はヘアピンに近い右コーナーなのでブレーキングドリフトで進入。

大きめにラインを取ってクリア。続くS字と1ヘアピンでは1つ1つのコーナーと考えてドリフト。

カウンターを当てるのが忙しいが、それでもまずまずのポイントでクリア。ダンロップコーナーはサイドブレーキを使ってクリアし、

2ヘアピンも1コーナーと同じくブレーキングドリフトでクリア。


そして最終コーナー。ここは一番の難所かもしれない。瑠璃は意を決し、スピードを抑え気味に減速をしないで慣性ドリフトで進入!

(慣性ドリフトか…やるな)

ピットで、石田はじっと瑠璃の走りを観察している。


ツーッと、スケートリンク上のスケーターのように、最終コーナーを滑っていくS2000。

そして合計は…!

(何…! 38.249だと…!? 俺が負けたって言うのか!?)



最後の慣性ドリフトで、思いの外(ほか)ポイントが加算されたのである。長くドリフトを続けることもポイントでは大きなプラスなのだ。

フィールド1ランクAのマスター、石田義明…ここに散る。


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