第5部第8話
流斗とのバトルから1週間が経過し、瑠璃は再び岡山までやって来ていた。
ついに、フィールド2ランクBのマスターがこの岡山にやってきたのだ。バトル形式はDPバトル。
区間ごとにドリフトを決め、それを車内に設置される器械で測定。全区間の合計が高かった方が勝利だ。
3.000ポイント以上稼ぐと、ボーナスポイントとして2.000ポイントが追加される。
そしてその相手は…。
「ふーむ。あなたが俺に挑戦してきたって人か」
「はい、白石瑠璃と申します。今日は宜しくお願いします」
「あはは…そこまでかしこまらなくても良いよ。俺は竹森 拓也(たけもり たくや)。普段はうどん屋をやってるよ」
確かにその言葉通り、彼のマシン…トヨタのAE86スプリンタートレノには、うどん店のロゴが運転席側に貼られており…しかも。
(は、配達中って…これでここまで走ってきたの?)
ナンバーにはご丁寧に「配達中」の文字が。ひょっとしてギャグで言ってるのか?
しかしこんなふざけたハチロクでも、マスターを名乗るくらいだからそのテクニックはさぞかし凄いものだろう。
「うどん屋さん…ね。でも、レースにマスターとして出ているんですから、楽しいのではないですか?」
だが、その瑠璃の言葉に拓也はぶっきらぼうに答える。
「マスターは楽しいかって? あんたもやってみたらどうだい。……じゃ、俺が先行してDPをやらせてもらうよ」
そう言ってハチロクに乗り込み、TIの高速コーナーをドリフトしまくる拓也。
しかし、あのエンジン音は明らかにハチロクの物ではない。恐らくエンジンを換装してあるのだろう。
拓也が終わり、6つの区間で出した合計は25.000ポイント。1つあたり5ポイント以上は稼がなくてはいけない。
瑠璃は前述にもあったが、埠頭上がりのためにドリフトは出来ないことはない。
しかしS2000でドリフトはやったことが…無い。
(だ、大丈夫かしら…)
そして……結果は惨敗。14.000ポイントしか稼ぐことが出来ずに終わってしまった。
途中でスピードが足りずに止まってしまったり、逆に速過ぎてコースアウトしたり、スピンしたり。
(すごく…悔しい…)
瑠璃はがっくりとしてS2000にもたれかかった。
そこにそれを見かねた拓也が声をかける。
「まー…そう落ち込むことも無いさ。俺は挑戦を受けた時ならここにいるから、腕を上げたらいつでも来いよ」
「はい…」
その日から、瑠璃のドリフト特訓が始まった。コーチとして呼ばれたのはこの人。
「私がS2000の乗り方を教えるん…ですか?」
「お願いします。S2000でのドリフトはどう言う物なのか、知りたいんです!」
そう、「ユウウツな天使」こと飯田 恵が再登場。
「教えるって言われましても…私、このS2000に乗り始めて日はまだ浅いほうですから、たいしたことは…」
「かまいません、お願いします。S2000に乗ってるのはあなたしか…!」
「……わかりました。出来る限りのことはしましょう」
「ありがとうございます。よろしくお願いします!」
期限は1週間。ドリフトは一応できる瑠璃だが、S2000でのドリフトは普通の車とは違って癖がある。
エンジンのトルクが小さく、アクセルで豪快にスライドがさせられない。
ノーマルではアクセルオンで、危険なスライドがコーナーの立ち上がりで出ていた。しかし、コーナリング中はマイルド。
それゆえにシルビアやハチロクなどと違って、FRとしては安定志向の車になっている。
「とりあえず、LSDは入っていますか?」
「はい」
「でしたら後は…ゼロカウンター作戦で行きましょう」
あまりカウンターを当てないゼロカウンターという、高等テクニックを恵は瑠璃に教え込む。
コーナーに進入し慣性でテールが流れたら、カウンターは少ししか当てずにアクセルコントロールのみでドリフトを維持する。
それでもスピードが足りないとドリフトが戻ってしまう。
相当難しいS2000でのドリフトを、瑠璃は平日に仕事が終わってから毎日、恵と一緒に練習し続けたのであった。
そして土曜日。再び岡山までやってきた瑠璃。
とりあえずリアが滑っていればポイントは加算される。これを利用し、瑠璃はハイスピードを利用して、慣性ドリフトで攻めていくことにする。
まず1個目はメインストレートから加速し、最初の右コーナー。前はスピンしてしまったが、今度はどうか?
ブレーキングから少しだけサイドブレーキを引き、高いスピードを維持したままコーナーへ。
(カウンターはほんのちょっとだけ! 怖くてもアクセルでコントロール!)
右足の動きに全神経を集中させ、目線はコーナーの出口へ。
立ち上がりで少しだけおつりをもらってふらついてしまったが、それでもドリフトは成功だ。
出たポイントは…6.324ポイント!
(やった……まずは成功! この調子で…!)
ウィリアムズコーナーではやや失速してしまうが、その次のアドウッドカーブでは何とかドリフトを最後まで維持。
バックストレート後のヘアピンでは思いっきりスピンをかましてしまう。
(これはまずい…! 後区間は2つ!)
あとはリボルバーコーナーとバイパーコーナーを残すのみだ。
まずはリボルバーコーナー。
ここでは直角の左コーナーなので、サイドブレーキを使って進入。アクセルでコントロールしつつ、適度にテールを滑らせる。
(段々解ってきた…! S2000の乗り方が!)
この1週間でみっちりドリフトの練習に励んできた成果を、今ここで全て出し切る。
続くバイパーコーナーも同じようなコーナーなのだが、やや緩め。
サイドブレーキは使わずにブレーキングドリフトで進入。
綺麗…とまではいかなかったが、まずまずのかっこよさも加わって最後のコーナーを抜ける瑠璃のS2000。
そして出た総合得点は……。
「32.521…すごいや。1週間でここまでレベルアップできるなんて…。「天才」ってのはアンタみたいな人のことを言うのかもな」
大差をつけられて完敗した拓也は、素直にモニターの中の瑠璃に呟いていた。