第5部第5話
あの排気音…間違いない。ブローオフバルブが作動し、空気が抜ける音が聞こえる。
(あのアルテッツァは、ターボチューン!)
特別限定車の「280T」と呼ばれるモデルがあるアルテッツァだが、あのエンジン音は普通の3SーGTEエンジンに、
ボルトオンターボした物なのだろう。280Tに積まれている2JZーGTEなら、もっと野太い音がするはずだ。
だからストレートが速かったのかと妙に関心。
(…って、感心してる場合じゃない。高速区間じゃ勝ち目は薄いけど、コーナーなら行ける!)
アクセルを踏み込み、コーナーでアルテッツァを追い掛け回す。
ストレートではスリップストリームに入り、プレッシャーをかけつつなるべく引き離されないようにする。
(流石マスターだけあって、うまいけど…負ける相手じゃない!)
アレイレルはアルテッツァの重量に振り回されているせいか、コーナー出口でもたつくのでそこを突く事に。
引き離されようが、自分がミスしようがどんなときでも冷静沈着で、鋼の心臓を持っているのかと
勘違いされるような性格から「スティールハート」と呼ばれているアレイレル。
ミラーに映る180SXが大きくなってきても、表情は全然変わらない。まるで機械のようである。
(コーナーでは差を詰めてくるか。だが、ストレートなら負けない。俺が前にいる限り、お前に勝ちはあり得ない)
これでは瑠璃のプレッシャー攻撃も役に立たない。
心の中でも余裕を保ちつつ、前を見て走り続けるが…連続S字コーナーの1つ目の右で、何と180SXはアウトから並びかけてきた!
(プレッシャーが効かないなら違うところで勝負ね。あまり長引かせると、タイヤが持たない! 次のコーナーで抜くよ!)
コーナー出口でもたつくアルテッツァにアウトから並び、次の2つ目のS字の左コーナーでは自分がイン側に変わる。
(ここで突っ込み勝負!)
中速でのブレーキング勝負は割と得意なほうなので、ここの突っ込みで前に出ることに成功。
そのままファイナルラップに入る。
パワーの差を活かし、ブロックをかいくぐってメインストレートで並んでくるアレイレル。
このまま行くと最も瑠璃が苦手とする高速ブレーキング勝負である。しかも自分はアウト側だ。
(くっ…でも、私だって練習を積んで来た! タイヤはぎりぎり…。少しは無理もしなきゃ!)
重量的には180SXが有利。
度胸一発、シュマイザーよりブレーキを遅らせて突入!
(く…ぅ!)
(くそ! こっちは180SXより重い分、ブレーキングでは負けるか!)
アレイレルは早めにブレーキングして、立ち上がりで追い抜こうという作戦に変更。
瑠璃はそれに構わずにハンドルを目いっぱいきり、曲がっていく!
アウト側のダートに落としつつ、コースを目いっぱい使って立ち上がる。
(やった…曲がれた!)
(何だと!? あのブレーキングであそこまで突っ込むのか!?)
立ち上がりで追い抜こうにも、コース中央でブロックされては抜けなくなってしまった。
その後はアレイレルがS字コーナーで引き離され、瑠璃が先にゴールしたのであった。
(チッ…。人は立ち止まってはダメなのかもしれないな)
(ふう…これでまずは1人倒したわね…)
帰り道で次のボスに会うためにはどうすればいいか、計画を練る瑠璃。
やはり岡山や大阪まで行かないと、効率のいいライバルとのバトルは無理だ。
という訳でアレイレルとのバトルから1週間後、金曜日の夜に東京を出発して岡山までやってきた。
RPバトルが岡山のTIサーキットで開催されるというので、コースに慣れておくのと一気にライバルを倒すことも含めての参戦だ。
瑠璃が一番苦手なのは、やはりメインストレートとバックストレートでの高速ブレーキング。
180SXが不安定になるので、姿勢変化には細心の注意を払ってステアリングをコントロール。
RPバトルなのでここを走り慣れている先行車の動きを真似して、ブレーキングポイントを覚える。
だが3周勝負なのでそう時間もかけていられない。
1周目はコースを覚え、2周目で2台を抜き、3周目で勝負に出る!
…が、それでも抜けない車が1台。赤いフォルクスワーゲンのニュービートルだ。
(珍しい車…しかもあれってまさか…)
ニュービートルはニュービートルでも、限定モデルのRSIではないか。
ターボエンジンに4WDシステムを搭載した、まさに「羊の皮をかぶった狼」。全くふらつかず、水を得た魚のごとくスイスイと、TIを駆け抜ける。
コーナーの立ち上がりでは負けるが、ストレートではこっちの方がパワーが上なのか追いつける。
でも高速ブレーキング勝負は、かなりニュービートルが強い。
180SXより少し遅れてブレーキングしても、しっかりと向きを変えてヘアピンコーナーを立ち上がる。
(まずい…もうあと残り少ない! 何とかしなきゃ…!)
リボルバーコーナー、バイパーコーナーを抜けて、瑠璃はストレート勝負!
…しかしその後のレッドマンコーナーでのブレーキングではまた先に行かれてしまう。
そのまま逆転できず、2位でゴールした瑠璃であった。
一体どんな人が運転していたのだろうと、ピットに戻ってそのニュービートルの元へ向かう。
しかしそこにいたドライバーは、自分と同じく女だった…。
「…何か私に用かしら?」
「あ…あの、あなたがこのニュービートルを運転していたんですか?」
「そうだけど、あなたは?」
「私、さっきあなたと競り合っていた180SXの者です。どんなドライバーが運転しているのか気になったんで…」
「ああ…。大抵びっくりされるんだけどね、私」
「凄く速いんですね。…あ、私は白石瑠璃っていいます」
「山下 緒美(やました つぐみ)よ。よろしくね」
年齢的には同じくらいだろう。だがあの走り方からすると、結構な経験を積んでいると見える。
「でも、あなたも結構速かったじゃない。私なんてすぐに追い越せると思うわよ?」
「いえ、私なんてまだまだですよ。何処かで腕を磨いていたんですか?」
「ん…2年前は首都高を走り回っていたわね。Z32で。このサーキットには、出会ったことのあるドライバーが
多くてびっくりしたよ。スティールハートとか、ユウウツな天使とか」
しかし、瑠璃はその言葉に、疑問符を頭の中に浮かせた。
(あのボス達に会ったことがある…? と言うことは、この人、まさか…!)
「あ、あの…山本俊明って方はご存じですか?」
「ああ、知ってるよ」
「その人から聞いたんです。首都高でどんどん速くなっていった女のドライバーがいるって。まさかあなたは…!」
その言葉を聞き、緒美は目を丸くさせた。
「山本さんもおしゃべりね…。確かに私は、1回首都高でトップに立った。でもそれは昔のこと。今はもう首都高には行ってないから、
どんな人がトップなのかわからないよ。それに、首都高以外のサーキットは私もあまり走ってないし。
岡山に来たのだって、これで4回目くらいだからね」
たとえ4回目だとしても、あれだけの走りが出来るとは。首都高最速の名は伊達ではないと言うのか。
「でも私はここで終わる気は無い。そろそろこのビートルをチューンして、ランクAに行くつもりだから」
この人もC1GPのトップを狙っている。いずれまた、この人と勝負する事になるだろう。
TIサーキットでの走行会は、こうして幕を閉じたのであった。