第1部第7話
近くの出口で下り、適当な場所で車を停める。
「…さすがだ。栗山がほめてただけの事はある」
「あ、ありがとうございます!」
「さて…俺と栗山を走りの世界に引き込んだ奴を紹介しておく。ワインレッドのアリストに乗っている男がいるんだが、その人だ」
その人物の事を聞いた途端、京介の顔が変わった。
「もしかして…流斗さん、という人じゃあ?」
「知ってるのか?」
「ええ。環状線の師弟コンビから聞きました」
「…ああ、なるほど。栗山から話は聞いていると思うが、俺も孤児だ。俺等にとって彼は兄の様な存在だ。
そのアリストはかなり速いから気をつけた方が良いかもな」
「はい。…どうも、ありがとうございました!」
京介は頭を下げた。
「…それじゃあな。さて、帰ってリングでも見るか…」
そう言い残し、岩村は帰っていった。
それを聞いた京介、ふとこんな事を思ったという。
(あの人…ホラー映画マニアか?)
ともかくこれで14人のうち5人は倒した。残りは迅帝を含めると9人。
京介はショップにFDを持って行き、チューンしてもらった。
エアロには手を着けず、直線での安定性を確保するために車高を少し下げ、サスのセッティングも変える。
ブレーキも大型の物に交換し、短い距離で止まれるようにした。
もっとも、チューン費用は全て倒したサーティンデビルズからもらった金だが。
生活費も稼がなくてはいけないため、手当たり次第にチームを見つけては潰していく京介。
FDのセッティングも兼ねてと言う所だ。
そんな生活が続いたある日のこと。乱鬼龍のメンバーから電話がかかってきた。
「もしもし? …おお、久しぶりだな? 何だよ、どうかしたか? ………何?」
電話の向こうから聞こえてきた声に、京介の顔色が変わった。
何でも、昨日首都高でツーリングしていた時の事。
いきなり後から来た黄色いNSXに煽りまくられ、横転してしまったそうだ。
「…そんな奴が…お前等は普段みたいにローリングやってたんじゃなく、普通に流していただけだな?」
「はい。大事には至らなかったんですが、凄い派手なNSXでしたから、首都高で見かけた人も多いのでは…と思って
京介さんに電話したんですが、何か心当たりはありませんかね?」
「…すまん。だがこっちも指くわえて見てる訳にもいかねぇからな。首都高の奴らに聞いてみる」
「お手数かけます!」
「良いって。じゃあな」
(そんな奴がいるのか…。よし、これから走りに行くから聞き込みだ!)
静かに怒りの炎を上げつつ、京介は倉庫の戸締まりをしてFDに乗り込んだ。
(黄色いNSXか…見かけたらぶちのめす!)
思わず下道とはいえ、アクセルを煽る京介。
その勢いで首都高に上がって、PAにいる走り屋連中に聞き込み。
すると情報がポンポン出てくる。
「黄色いNSX…といえばあいつぐらいでしょ」
「知ってるのか?」
「知ってるも何も、そいつ、環状線のレコード保持者だ。黄色いNSXと聞いて真っ先に思い浮かぶのはそいつだな」
「分かった。ありがとう」
環状線のレコード保持者。
有力な手がかりを手に入れた京介は、環状線に向かおうとした。
しかしその時…。
「あー…ちょっとちょっと! 京介ってあんた?」
FDの窓をこんこんとノックする男。この時点で京介は誰なのか、大体見当が付いた。
「…そうです。…あなたは?」
「俺は鈴木 流斗(すずき りゅうと)だ。栗山と岩村から話は聞いてる。早速バトルと行こう!」
男は流斗と名乗った。この男がセダン3人組の最後の…。
「あ…はい。ところで、1つ教えて欲しい事があるんですが」
「ん? 良いぜ。でもバトルが終わってからでも良いか?」
「……はい」
そして京介の目の前に現れたのは、ワインレッドのJZS161アリスト。音からするとターボのV300だ。
C−ONEのエアロが装着されている。
アリストをFDの横に並べ、窓を開けて流斗がルールの説明をする。
「ルールの説明する。この有明PAから新環状左回りに入って、銀座に合流したところでゴールだ。
…あーそこのお兄さん! 悪いけどカウントお願い!」
近くにいた走り屋がカウントを入れ始め、2台がアクセルをふかし始める。
「3,2,1,GO!」
スキール音と共に2台が飛び出していった。セダン3人組とのラストバトル、スタートだ。
有明PAからと言う事で、最初はストレート。しかも上りながらの。
どうしてもパワーの差でアリストが先行する事になった。
(悪いけど、494馬力もある俺のアリストを……簡単に抜けると思わないで欲しいな)
2JZという元々3リッターもあるエンジン、それに加えてタービン交換したりいろいろと手を加えている
流斗のアリストは、ストレートがめちゃくちゃ速い。
沢村に聞いた所、このFDは420馬力くらい出ているらしいが、それでもぐいぐい引き離されていく。
京介は小さくなっていくアリストを見つめつつ、目の前に迫ってくる、湾岸線上りから新環状に入って
最初の左コーナーを攻略するためにアウト側へ。
ブレーキングからシフトダウンをして、イン側にいるS13を避けてコーナリング。そのまま立ち上がりでアリストに食いつこうとするが…。
(な…!?)
いっこうに差が縮まらない。いや、コーナーでは差が縮まっているのだが、立ち上がりで差を広げられてしまう。
(くそっ…追いつけないのか!?)
ストレートではアリストが圧倒的に速い。しかもまだ驚くべき事は続く。
ハイスピードセクションが続いて、左回りでは左、右、左と不規則な大きさのS字が迫ってきた。ちょうど福住の少し手前になる。
右回りで岩村に並びかけたところと同じ場所だ。
そこの右と左を2台は直線的に抜けてブレーキング。だが…。
(うわ…そこまでブレーキ遅らせるのか!?)
アリストの前輪と後輪から同時に白煙が上がる。ブレーキを目一杯踏みつけてフルブレーキしている様だ。
どうやら得意技はブレーキングらしい。
(ブレーキングだけは絶対に負けないという自信がある! たとえ重いアリストでも、お前よりはマシなブレーキングができるって事を教えてやるよ!)
加速は断然向こうが上、ブレーキングも互角、となればコーナリングで勝負するしかあるまい!
そう思った京介は、とにかくこの先のセクションで突っ込みのスピードを極限まで高めることに。
(ここであいつを倒さなければ、何か悔しいぜ! ……頼むぞFD3S!)
極限まで自分の集中力も高め、必死にアリストに離されないように食らいついて行くのみだ。
だが、ここで前を走っていた流斗に異変が。
(…まずい、タイヤとブレーキが!)
そう。短期決戦のバトルとはいえ、アリストの車重は1600キロはある。
重い分は確実にタイヤとブレーキに来る。いくらブレンボのブレーキを積んでいようが、どれだけハイグリップな
タイヤを履いていようが、元々の車重が違うのだ。
(フロントタイヤの食いつきも悪いけど、慌てる事はない。振り切ろうと思うから焦るんだ…。このまま行けば俺の勝ちだろ?
ゴールまではもう少し! もうこのバトルでアリストのブレーキとタイヤを終わらせるつもりで行く!)
ふう、と息を吐き、流斗はさらなるペースアップを図った。
(嘘だろ!? またペースが上がった…。これ以上は行けないぜ!すっげー突っ込みだ!)
思わず京介はアクセルを離しかける。
が、次の瞬間だった。
(あっ…!?)
いきなり、緩い右コーナーの後に入る、きつい左コーナーでアリストのリアが流れ出した。
流斗は即座にカウンターを当てて修正するが、次の左でもオーバーステア。
(タイヤか!)
実は流斗、集中して飛ばしすぎるあまり、アクセルワークが雑になってしまっていた。
そのおかげでリアタイヤに負担をかけ、グリップしなくなってしまった。オーバーを出したことで、FDとの差がどんどん縮まっていく。
(何だ? アリストの挙動がおかしい…これはチャンスかもな!)
京介は抜きかけたアクセルを踏み込み、左コーナーで一気に食いつく。残りのコーナーは後2つ。
分岐前の右コーナーと、分岐を左に入って坂を上った後に待ちかまえている左コーナー。ここを抜けてゴールだ。
タイヤが終わっていれば加速が鈍くなり、コーナリングも安定しない。ブレーキも限界に近い。
左コーナーを抜けても加速しきれないアリストの横に並び、右コーナーで抜き去る。
そして流斗のブレーキングでも追いつけないほど、京介は鋭い飛び込みを見せて左コーナーをクリア。決着は付いた。