第5部第4話


ここで鈴鹿西コースについて少し触れておこう。

西コースは東コースよりも断然スピードの乗りが違う上、テクニカルな区間も多くなった。とはいえ、

環状線外回りサーキットに比べてみればコーナーの数も少ない。

ただ130Rと呼ばれる、メインストレート後に超高速コーナーがあったり、そのすぐ後には一気にスピードが落ちる

右直角コーナーがあったりするので、高速ブレーキング技術も必要になる。


首都高外回りサーキットで200キロ以上出してきたとはいえ、まだあまり高速ブレーキングには慣れていない瑠璃。

コーナー進入時でどうしても気後れしてしまうのだ。

(こ…怖っ! 240キロからのこの高速コーナーへの進入は心臓が飛び出るくらい恐ろしい!

しかもその後にはさらにきつい右コーナーへ…ここで気後れしちゃいけないんだけど…)

頭ではわかっているが、どうしてもブレーキングが早め早めになりがちになる。

もし相手がブレーキングに強かったら、一発で抜かれてしまうだろう。


SPバトルなので手当たり次第に前を走っている車にバトルを仕掛け、

その弱点を何とか克服しようとする瑠璃だが…一朝一夕では無理そうだ。

この180SXならもう少しつめられるはずだと信じて、筑波のバックストレートや首都高サーキット外回りでも

高速ブレーキングの練習に励む。

そんな練習を積み重ねながらも、ライバルはきっちり倒していく。

300馬力までパワーも上がり、直線で負けていたライバルも引き離されることがあまり無くなった。


それでも直線で負けるライバルでは、コーナーで勝負。

コーナーではこちらのほうが大概速いので、ブレーキングで負けてもコーナリングで差を詰めていく。

そしてテクニカルな区間に入ったところで追い抜く、というのが定番になりつつあった。

チラチラと、どこからでも追い抜くという意思表示を見せ、抜群のプレッシャーをかけることが出来る能力で相手がミスすることもある。

その気になれば、強引にでもアウトから並びかけてプレッシャーを与えていく。

鈴鹿西コースでも、筑波でも首都高でもそれは変わらない。



そんな折、フィールド1ランクBのボスが走行会にやってくるとの情報がC1GPのホームページに記載された。

(場所は…鈴鹿東コース!)

鈴鹿東コースなら、ホームストレートで引き離されるとなかなかS字でも挽回するのが難しい。

ギア比を加速力重視にセッティングしなおし、トップスピードが235キロまでしか出ないようにセッティング。

果たして相手は、どんな車で来るのだろうか。



絶好の快晴となった6月の日曜日。気温も段々高くなって来た。

半袖シャツでサーキットは走れないので、長袖のシャツにレーシンググローブ、ヘルメット。

車の中は密閉空間なので、かなり暑い。


今回、鈴鹿東コースは全長が短いので4周勝負のRPバトルとなっている。

ピットには言って準備をする瑠璃。すると隣に、1台新たな車が入ってきた。その車はトヨタのアルテッツァ。

が、そのカラーリングは水色を基調とした、オーディオメーカーのアルパインカラーになっている。

明らかにほかの車と雰囲気が違う1台。瑠璃はそのアルテッツァに近づいたが…その前に多くの女が立ちはだかる。


「ちょっとあんた! 気安くアレイレル様に近づかないでよ!」

「…はい?」

「そうよ! アレイレル様は私たちの王子様なの! あなたみたいなぶっさいくな、色気も無いような女が近づくなんて10万年早いのよ!」

……何だこいつらは…と思っている瑠璃の前に、1人の男が現れた。

よく見ると外国人ではないか。背も高い銀髪碧眼の…。


「アレイレル様! チョコ作ってきたんです! 食べてください!」

「あ、私…クッキー焼いてきたんです! 今日はがんばってくださいね!」

「スポーツドリンクもって来ました! 水分補給してほかの車、軽く蹴散らしてやってください!」

「…ああ、すまないな」

この女ども…この外人のファンなのか、と納得した瑠璃。

それでも女たちに淡白に対応している外人の名前は、どうやらアレイレルというらしい。

「俺は忙しいんだ。これからレースの準備をするから、観戦席で見守っててくれ」

「淡白な所もかっこいい! 応援してます!」

キャーキャーと騒ぎながら、女たちはピットから出て行った。同姓に嫌われるのは良くあることだ。



「ほら、君も観戦席に戻ってくれ。俺は…」

「あ、いえ…あの…私も今日出走するんですよ。このバトルに」

淡白に瑠璃を追い払おうとしたアルテッツァのドライバーであったが、その言葉を聞きわずかに目を細める。

「…そうなのか? 君の車は…」

「隣にある紫の180SXです。あなたがもしかして、フィールド1ランクBの…?」

「そうだ。俺はアレイレル・エスイトクス。君は?」

「白石瑠璃といいます。今日はよろしくお願いします」

やはりこの男…フィールド1ランクBのマスターだ。


しかも、Tシャツを着ていても上から解るほど筋肉がついている。

「それにしても、すごい筋肉ですね」

「ああ。普段はカー用品店で働いているから、結構力仕事が多いんだよ。今日は休暇をもらってここに来たんだ。最近は峠にも行ってる」

「そうなんですか…。でも、あなたを倒してランクAに必ず上がります…私は」

「いいだろう。今度の相手はお前か。見せてもらおう…」

「あなたの腕も楽しみですよ。どんな走りをするのか」

見えない火花が2人の間でバチバチと散る。



「そういえば、そのアルテッツァってワークスマシンですか?」

「そうだ。普段は80スープラに乗っているが、最近アルパインからスポンサードをここで受けられるようになった。

だからサーキットではこれに乗ってる。セダンだからと言って甘く見ていると、火傷するぞ」

「…走ってからのお楽しみですね。それでは…」

あの口ぶりだと、ただのアルテッツァではなさそうである。

トヨタのアルテッツァといえば現代版のハチロクといわれているが、ギア比がうまくかみ合ってないのが有名な所。

そこをうまくセットアップしてきたのか、あるいは…?

スターティンググリッドについてからも、瑠璃は前にいるアルテッツァが気になってしょうがなかった。


相変わらず最後尾からのスタートとなってしまった瑠璃。シグナルブルーで段々うまくなってきたロケットスタートを決め、5位に浮上。

1コーナーへの突っ込みで、4位のDC2インテRを抜いて3位へ。

アレイレルのアルテッツァは結構直線が速い。早目に2位に上がらないと置いていかれそうだ。

(少しでも、差を広げられないようにしなきゃ!)


S字コーナーを1つ1つ丁寧にクリアし、ホームストレート手前の右コーナーの立ち上がりで

2位のEP3シビックを抜き去る。これで2位に浮上した。

残るはアレイレルのアルテッツァである。4ドアセダンのアルテッツァは、やはりコーナーでのもたつきが激しい様子。

後ろから見ていてもアウトに流されがちだ。

コーナーではこっちが速いが、ボディが大きいアルテッツァはなかなか抜けそうもない。


そして3回目のメインストレートへ。残りは2周。

ストレートスピードはアルテッツァのほうが速い。そして、瑠璃はあることに気がついた。

(あのエンジン音…もしかして!)


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