第5部第2話


瑠璃はブティック勤務。特に服に愛着があったわけではなく、就職も厳しいこのご時世では就職先が親のコネという感じで決まった。

が、それでも続けていれば自然と職場に愛着もわいてくる。


いつも通り服の販売をこなし、週末の金曜日。180SXに乗り込んだ瑠璃は

夜通し走り続けて三重県の鈴鹿サーキット東コースへ。今回はここがランクCの会場になっている。

とりあえず運転で疲れた瑠璃は、鈴鹿の入り口そばに車を停めて睡眠を取ることにした。



翌朝。天気は晴れ渡り、絶好の走り日和となった。バトル形式はSPバトル。

他の走っている車にパッシングをしてスタートする。

ただ、パッシングしてから始まるまでに少し時間を持たせる決まりなので、そばに別のライバルがいれば

最大3台までバトルを仕掛けることが出来、4台同時でバトルも出来る。

走れる時間は15分間。この間であればいくらでもバトルを仕掛けることが出来るのだ。


鈴鹿東コースは比較的スピードが乗りやすく、運動会のトラックにS字コーナーを組み合わせたレイアウトである。

とりあえずウォームアップに軽く1周。メインストレートを抜けて

1コーナーと2コーナーは大きな1つのコーナーで考えて抜ける。その後に来るのがS字コーナー。

上りながらなので、フロントの加重が抜けることによる、アンダーステアに気をつけなければいけない。


本来ならここから先は大きな左コーナーなのだが、東コースはややきつめの右コーナーが最終コーナーになっている。

その後にメインストレートを抜けて1周なので、いかに早くアクセルを踏めるラインを取るかが重要だ。

何周も走り込んで、バトルもしつつこのコースを走り込んでいく。



翌日のランクC走行会は、筑波サーキットでの開催となった。前日に早めに切り上げて、そのまま茨城県入りした瑠璃。

この日も晴れで、前日に鈴鹿で倒したライバルは8人。

今回も同じくSPバトルでなるべく多くのライバルの相手をする。週休二日制って何だかきついよね、と瑠璃がぼそっと呟いたらしいが、

そこはスルーできそうもないのが現状だ。

筑波は前に1度走ったことがあるので、鈴鹿東よりは走り慣れてきている。



(慣れれば楽しいコースね)

S字コーナーを軽快に駆け抜けていく180SX。そんな180SXの前に1台のAE86レビンが現れた。

黒と赤に塗られたレビン。これはまだバトルしていないライバルだ。

ためらうことなく瑠璃はパッシングし、バトルスタート。


ダンロップコーナーから2つ目のヘアピンコーナーは若干ハチロクの方が速いが、

裏ストレートでターボパワーを生かしてあっさりパス。

最終コーナーを抜けた後のメインストレートでも思いっきり差をつけ、1コーナーを綺麗にクリアすればあっけなく勝負ありとなった。



ピットへと戻り、帰る準備をしていた瑠璃の前に、さっきのハチロクのドライバーらしき男が近づいてきた。

「女か…これは少し驚きだな」

「あなたは…?」

「ああ、さっきあっさり抜かれたレビンの奴だよ。俺は山本 俊明(やまもと としあき)。あんたみたいな女に会ったのは、これで何人目だろうな。

昔、首都高でメチャクチャ速くなっていった女がいたんだけど、あんたからは何か、同じ資質を感じる。この先も頑張れよ…」

「あ、ありがとうございます」

「それじゃな」

ハチロクに乗り込み筑波から出て行く俊明。

少し遅れて、瑠璃も帰り支度を終えて東京へ向かうのであった。




翌日からまたブティックに勤務する瑠璃。

いつものように接客業を淡々とこなしていると、1人の男が店に入ってきた。

「いらっしゃいませ」

「あー…と、ジャケットを探してるんだけど、良いのあるかな?」

「ジャケットですね。こちらへどうぞ」


黒い革ジャンを選んで買って行った緑髪の男は、店の前に停めてあったC33ローレルに乗って走り去っていった。

(C33か……)

どこにでもある光景だな、とそのときはさして気にもしなかった瑠璃であった。



が、その週末に何と、首都高サーキット環状線外回りで

そのローレルの男に出会ってしまったのであった。


「あれ? 君はもしかして・・・?」

「あ、この前のジャケットをお買い上げになったお客様ですね?」

「ああ、そうだ。このジャケットなかなかいいね。ちょっと高めだけど着心地はいい」

「ありがとうございます。当店はお客様にご満足いただけるように最適な品揃えになっておりますので」

「はは、そうかい。それにしても驚いたね。まさかあのときの店員さんが、こんな180SXに乗っているなんてな」

男は瑠璃の180SXを見て、正直な感想を漏らした。


「首都高を走るのは久々だな。思いっきりやらせてもらうぜ」

「よ、よろしくお願いします」

「俺についてくることができるか?」

「それは走ってからのお楽しみですね」

「そうか。…おっと、紹介が遅れたな。俺は林 友也(はやし ともや)ってもんだけど、今回はRPバトルだろ? ぶつけないようにせいぜいがんばるこった」


その言葉にムッと来た瑠璃。何だか自信ありげなこの男。どれほどの腕を持っているのか楽しみなところだ。

見たところ、友也のローレルはノーマルのようだが…。


そんなやり取りの後、スターティンググリッドへと並ぶ6台のマシン。友也はポールポジションを取っている。

瑠璃は最後尾からのスタートだ。

コースは汐留S字を抜けた後にある、新環状線左回りとC1外回りへの分岐手前の直線をスタート地点にしてあるのだ。

ここからスタートし、2周してトップで戻ってきたドライバーの勝利である。



シグナルがレッドからブルーに変わり、スタート! 友也はロケットスタートを決めて先行逃げ切りを狙うつもりである。

瑠璃は何とか前のDC5インテRを抜き、5位に浮上。


瑠璃はC1に入り、連続シケインの2つ目で4位のS15シルビアをパス。さらにその先にある、右コーナーを抜けた後のトンネルで、3位のFC3Sをパス。

これで2位に浮上した瑠璃。残るは友也のみだ。



(結構追い抜きがうまいみたいだな。だがな、俺は街道サーキットでキングを倒したんだぜ? さらにその前は首都高も走っていたんだ。

まだCランクとはいえ、すぐにでもC1GPに行ってみせるさ)


瑠璃はブレーキングもコーナリングも至って普通なのだが、プレッシャーをかけるのが抜群に上手い。

だがいくらプレッシャーをかけても、全く動じない友也のローレル。

(動じない? 精神力の強い人ね)


それもそのはず、友也はバックミラーをひっくり返し、後ろを見ないようにして走り抜けていく。

そしてノーマルのローレルのポテンシャルを最大限に引き出し、瑠璃のライトチューンの180SXを押さえ込む。

(もう少し金が貯まったらチューンするつもりだが、今はノーマルで走るのが金銭的に精一杯だ。だが、これでもお前を抑えられている!)


銀座線の急な下り勾配がついた直線に入り、パワーで追い抜こうとする瑠璃だがうまくブロックされてしまう。

(上手い…)

豪快にロールさせながらも勢いよく曲がっていく黒いローレルに、瑠璃は翻弄されている。



バトルのほうは2周目に突入。

相変わらず友也が先行、瑠璃が後追いのままである。何かこの状況を打開できる作戦は…。

(向こうはコーナーでロールするから、立ち上がりでふらつく…となると、立ち上がり勝負!)


ローレルは確かに速いが、立ち上がりの加速がやや鈍い。そこをつくことにした瑠璃は一旦距離を置く。

(仕掛けるポイントは、この千代田トンネルを抜けた後の高速コーナー区間!)

千代田トンネルの出口は上りながらのきつい右コーナー。ここでパワーを生かして前に出ようという作戦である。



(どうだ…? ゴールまで後3分の2。どこかできっと来るはずだ!)

そのとき、180SXの姿がサイドミラーに大きく映った。来た!

友也は突っ込み重視でブレーキング、そのままブレーキングドリフトでコーナーを抜けようとするが、

ロールが激しすぎて外に膨らんでしまう。

そこをインから立ち上がり重視でコーナリングして来た瑠璃、何とかぎりぎりでパスして1位に。

(よしっ!)


(くっ・・・)

気を取り直してプッシュしていく友也。コーナーでは瑠璃以上に速いスピードで追い掛け回し、

直線ではスリップストリームを使ってくらいつく。


残るは汐留S字前のトンネルと汐留S字だ。

友也はトンネルS字の2つ目の左コーナーで立ち上がり重視のラインを取り、アクセル全開!

(悪いがな、俺はまだ負けるわけには行かないんだよ!)

パワーに勝っている180SXの横に並び、汐留S字の左で瑠璃を抜き返す。


(え…?)

突然出てきたローレルに瑠璃はあっけなく抜き返され、勝てると思われた勝負は敗北で終わってしまったのだった。



「ふん、なかなかやるようだったがな。俺はあんたより上だってことが証明されたんだよ! 悔しかったらもう1回やるか? 何度やったって俺の勝ちだろうがな!」

楽しそうにげらげらと笑う友也に、瑠璃は悔しさから拳をぎゅっと握り締めた。

走りこめない時間の差もあるが、それはきっと相手も同じはず。



だったら…! というわけで、翌日から仕事が終わった後に、埠頭でまた腕を磨くことに。

合わせてバトルで稼いだ賞金で、180SXのチューンにも踏み切る。

エンジン内部に手を入れ、足回りもグレードアップ。内装も不要なものはネットでやり方を調べて外しにかかる。


全ては友也に勝つために。


第5部第3話へ

HPGサイドへ戻る