第3部第9話
残るはいろは坂の下りだけ。ここまで来るのに長かったような短かったような。エボ3も移動等を含め十分走り込んだ。
車体のヤレもだいぶたまったかなと思いながらも、もう残るバトルは1つだけだ。
下りもチームが多い。ランエボだけのチームが一番苦労した。
何と言っても後ろから容赦なくバンパーをぶつけてくるので後ろはボコボコである。そのかわりにプッシュされる
寸前にサイドターンでかわし、全員クラッシュさせたのはまた別の話。
そしてあらかた倒し終え、いよいよ街道の王者といえるような奴から書き込みがあった。
「…第一いろは下りPAに来い……」
それだけしか書いておらず、行きます……とこちらも短く返信。
いよいよ最後のバトルだ。
PAに行くと、やたら全高の低い黄色い車が。こんな車は見たことがない。
何だあの車は…と思いつつも、明らかに他とは違う雰囲気を放っているのも事実だ。
するとその車から1人の男が降りてきた。
水色と茶色を半分ずつ、左右で2色に染めた髪をしている男が…。
「…お前だな? 噂の走り屋は」
「ああ」
石田と同じく寡黙な性格らしい。車名を聞くとデ・トマソという会社のパンテーラGTSという車らしい。
「上原 隆(うえはら たかし)だ…。腕を見せてもらおう」
「石田義明だ、よろしく」
「覚えておくぞ…その名前。始めよう」
パンテーラとエボ3がスタート地点に並ぶ。そしてスタート!
パンテーラはミッドシップらしく、最初はエボ3がスタートダッシュで先行できた。
だがパンテーラの加速もすごく、抜かれないように道の中央を走り石田は隆をブロック。
デ・トマソ・パンテーラ(De Tomaso Pantera)は、デ・トマソの第三作目のスーパーカー。
1960年代を代表するレーシングカー、フォード・GT40の構造的特徴をイメージした、イタリア製のボディに
アメリカ製の大排気量エンジンを搭載した、デ・トマソとフォードによる伊米合作のスーパーカーである。
フォード社の希望により、この種の車としては初めて大量生産性を重視して製作された。
隆の乗るパンテーラGTSは、1973年に登場した、パンテーラのハイパフォーマンスモデル。
圧縮比が向上し、それに伴いエンジン出力も350馬力、トルク50kg/mに引き上げられている。公称最高速度290km/h。
パワーに対応するように、タイヤも若干太いものに変更された。
ペイントデザインが変更され、ボディのウェストラインから下がブラックの塗装になっており、これまでのパンテーラより派手な印象が際立っている。
日本にも輸入されたことで知られているが、そのほとんどはGTSルックのまがい物で、エンジンはノーマルのパンテーラのものだった。
隆のパンテーラは正真正銘のGTSらしく、加速がものすごい。
だがコーナーでは…減速せざるを得ない。
やはり大きい外車は、こんな狭い峠では不利だ。バックミラーで少しずつ離れていくパンテーラを見ながら、
石田は1つ目のヘアピンでサイドターン。
そしてふと、首都高を走り始めてから今までのことを思い出していた。
免許を取って、バイトした金でS13を買ったあの日。
初めてドリフトができたときの喜び。
クラッシュをしたときの悲しみ。
ライバルに負けたときの憤り。
リベンジに成功したときの嬉しさ。
街道サーキットに来て、いろいろな人と出会った。
色々なコースも走った。
全てを思い返しながら、石田は麓までエボ3を走らせた。
バックミラーにもうパンテーラは映っていない。最後のストレートでアクセル全開! 一気に5速全開まで引っ張る!
これで全てが終わる…!
そう思った時だった。
ドン! といきなりボンネットから黒いものが飛び散り、エンジンの回転数が下がる。
何とかゴールラインは駆け抜けたものの、麓のパーキングエリアに停車せざるを得なくなってしまった。
エボ3はエンジンブローをし、その役目を終えたのだった。
隆は、停車してライトも消えてしまった石田のエボ3に、気がつくことができないまま走り去ってしまった。
(勝負には勝ったが、自分自身には負けたのかもな……)
夜空を見上げてエボ3のボンネットに背中を預け、石田は心の中で呟いた。しかしいつまでもこうしているわけにもいかない。
携帯を取り出し、レッカー車を呼ぶ羽目になったのである。
何とか家まで帰ったが、エボ3は解体屋行きだ…。
しかもそれに追い討ちをかけるかのように、石田に最悪の事件が降りかかる。
何と会社が業績悪化で倒産。社長が全財産を持って夜逃げしてしまった。良いことの後には悪いことがある。
そんなジンクスを信じざるを得ないまま、街道を制覇した夜は更けていった。