第2部第19話
竜介と共にやってきた、最後の地、名古屋高速。ここは東名阪という、湾岸線と似たようなコースがある。
簡単に言えばほぼ直線だ。
この地に降り立ったところで、残る休みは火曜日をまたいで走り続けたので、後3日。
途中タイヤ屋に寄って、タイヤを買いここまでやってきた。
休憩の後、早速テストバトル&情報収集。
ここではバイパーとR32GT−R、そして3台のスープラが仕切っているのだという。
3台のスープラは連続でバトルを仕掛けてくるため、水温と油温の上昇が妨げとなり負けてしまうのだとか。
そのことを聞き、バトルするときはコーナー同士の間隔が東名阪よりは近い、環状線でやることに決めた。
まずはコースに慣れるために、前走った環状線でバトル。
ハイパワー車が多いが、高速チューンされたZ32でも何とか勝てる。もちろん負けもしたが。
勝っては負けて、負けては勝って。
そんなことを繰り返しつつ、3時間が経過した頃。
緒美のZ32の後ろから、物凄いエンジン音が背後から響いてきた。
(な…何?)
バックミラーを覗くと、オレンジの車がパッシングしてきた。
しかしその車が横に並んだ瞬間、緒美は目を疑った。
(え? 何あのペイント…)
その車は何と、ボディ全体にまるで龍のごとく鱗がペイントされた、オレンジのバイパーだった。
ハザードを出してバトルスタート。
しかし8リッターのトラックのエンジンは伊達ではなく、物凄い勢いで加速していく。
(速い…!)
だがすぐ先には大きく回りこむ右コーナー。ここの突っ込み勝負であっさりかわすが、立ち上がりで追いつかれるのでブロックする。
恵とやった時と、展開が非常によく似ている。
ブロックしたまま次の右コーナーへ突入し、突っ込みで引き離す。
そのまま300キロオーバーまで、一気に引っ張る!
(回れ! VG30!)
アクセルを床まで踏み込み、バックミラーを見る。バイパーがじりじりと迫ってくるが、目の前にはまた右コーナー。
ここでさらに引き離し、立ち上がり重視でクリアしたので、立ち上がりでもスピードを伸ばし、そのままバイパーを引き離して勝利した。
そのままPAに戻って竜介に結果報告。
「先輩、やりましたよ!」
「よし、次は東名阪だな」
すると、さっきのバイパーがPAに入ってきて、緒美の目の前で停車した。
「あんた速いな。突っ込みで引き離されても、立ち上がりで追いつけるのかと思ったが、追いつけずに引き離されるとは…」
「あんたは…?」
「俺は葉山 藤一(はやま とういち)。探偵をやってるよ。ところで東名阪の奴らとはバトルしたのか?」
「これから行こうと思ってます。あ、私は山下緒美です」
「覚えたぜ、その名前。東名阪はR32GT−Rの宮島って奴が仕切ってる。加速が俺のバイパーとあまり変わらないから、気をつけな」
そういい残し、爆音と共に去っていった藤一であった。
「先輩、今日はホテルに行きましょう。もう疲れましたんで」
「そうだな」
竜介と緒美もそれぞれのマシンに乗り込み、高速道路を下りていった。
翌日から2人は東名阪を攻める。緒美は右回りを、竜介は左回りを。
ここに来る前、名古屋で竜介は、最高速重視のセッティングをインプレッサに施していた。
おかげで最高速の伸びは、インプレッサにしては抜群だ。
(ストレートが長いな。湾岸線とよく似ているが、道幅の狭さは環状線並だ)
緒美の方もすこぶる調子はいい。最高速も楽々300キロオーバーである。
(最高速で追い抜くしかないみたいね…これは!)
バトルを繰り返し、数々のチームを撃破していく2人。時折走る方向を入れ替え、5時間が経過した。
さすがに疲れたなと思い、ピットでクールダウン。竜介はもう走らないようだ。
緒美はタイヤを交換し、再び東名阪右回りへ。このまま走るとすぐに環状線だ。
…と。
(ん?)
バックミラーがまぶしく光る。その中には茶色の…R32GT−R!
(葉山さんの言っていたR32って…これ!?)
おそらくそうだろう、と思い、ハザードを出してバトルスタート。
葉山の言うとおり加速が鋭いので、しっかり道幅の狭さも利用してブロック。
そのまま料金所を対向車線に見据え、さらに道幅が狭くなった東名阪を抜ける。
目の前に迫るは、やや下り勾配がついた高速右コーナー。バックミラーをちらりと覗くと、R32は何とドリフトしているではないか。
しかし緒美は、立ち上がり重視のグリップ走行で抜けていく。
目の前には赤い70スープラがいたので、ぎりぎりでかわす。
が、そのR32は運悪く詰まってしまったようだ。
運も実力の内、とも言うが、これで何とか勝つことができた。
一旦ピットに入り、そのR32を待つ。
そのR32は姿を現したと思うと、勢い良くドリフト駐車を決めた。かなり危なっかしい。
「どうも。山下緒美ちゃんだな? 俺は宮島 浩介(みやじま こうすけ)。
葉山から話は聞いたよ。あそこで引っかかるとは俺もついてないな。残るはD3だけか?」
D3…何だそれは?
「何ですかそれ?」
「ここを仕切っているスープラの3人組だ。連続でバトルを仕掛けてくるから、油温と水温には気をつけるんだ。
「わかりました。後、ドリフト駐車は危なっかしいのでやめてほしいですね」
「すまない。では、またな」
バックミラーの中で小さくなっていくR32を見つつ、緒美は環状線へコースイン。
するといきなりパッシングされる。
その車は、銀色の80スープラではないか。
展開がやけに早いなと思いつつ、ハザードを出してバトルスタート。
まずはストレートだが、葉山と宮島からアドバイスを受けたので、巧妙にブロックしつつ走り抜けていく。
そして右コーナーへのコーナリング。向こうはコーナリングスピードがこっちより少し遅い。
コーナーを抜けてアクセル全開にし、一気に突き放してまずは勝利。
その3分後、今度は白の80スープラがパッシングしてきた。これもストレートが速いが、コーナーは意外と遅い。
突っ込み重視でコーナリングすると見せかけて相手に突っ込ませ、立ち上がりで失速した所を一気に突き放して、これも勝利した。
(はぁ…後1台か! どこからでもかかって来なさい!)
ハンドルを握りしめ、エンジンをクールダウンさせながらパッシングを待つ。
そして…来た。黒の80スープラ。コイツだけは明らかに雰囲気が違う。
パッシングを確認した緒美はハザードを点け、最後のバトルをスタートさせる。
加速が相変わらず鋭い。前の2台も速かったが、これはそれ以上だ。
しかもこっちは3連続ということもあり、若干性能が落ちてきている。
それに加え、スープラはコーナリングスピードもこっちとほとんど変わらない!
(突っ込みで少し追いつけるけど、立ち上がりで引き離される! 最高速はこっちが上みたいだけど…!)
最高速はこっちが上、コーナリングスピードはほとんど変わらない、加速では負ける。
となると手段は1つ。まずはアクセルを踏み込んでスリップに入り、スープラに喰らい付く。
(最高速ならこっちは負けないんだから!)
最高速を生かしてストレートの差を少しでも縮め、コーナーへの突っ込みをなるべく抑える。
(突っ込み重視をやめて、なるべく早めにブレーキング!)
その代わり立ち上がり重視でコーナリングし、次のコーナーまでに並んで抜く!
車も人ももう限界だ。
それでも気力を振り絞り、最後まで気を引き締めて挑んでいく。
メーターは320キロを振り切っている。スープラがだんだん大きくなってくる。目の前には右コーナー。
ここで突っ込み重視で前に出て、リアを壁に当てつつコーナリング。
ハンドルが取られるが、それを必死で押さえ込んで、コーナー出口に向かって少しずつアクセルオン!
スープラも喰らい付いてこようとしたが、リアが暴れて若干タイミングが遅れた。
じわじわとアクセルを踏み込んだ緒美が、最後にスープラを振り切って勝利したのであった。
(やった…! 勝った…!)
PAに戻り、ここのボスに勝利したことを竜介に伝える。
「やったな緒美! これで3つのエリア、全て制覇したんじゃねーかよ!」
「自分でもうれしいです! 先輩がいなかったら、私はここまで上ってこれなかったと思います!」
「何言ってんだ! 俺はこの世界へのきっかけを作っただけだ! のし上がったのはお前自身の努力だぜ!」
と、3台のスープラもPAに入ってきた。
「あいつらが…」
「ええ、そうです。特に一番後ろの黒いスープラが速かったですよ」
3台のスープラからそれぞれ男が降りてきた。
「あっさり振り切った人が、まさか女の人だったとはな」
「驚いたぜ…この完璧なマシンを振り切るとは」
「コーナリングスピードは負けていないと思ったんだが、最後に慌てた俺の負けだ」
「ありがとうございます。私は山下緒美です。この人は野上竜介先輩。あなた方が、D3の…」
「そうだ。俺はD3のザ・ルーク、中村 直樹(なかむら なおき)だ」
「同じくD3、ザ・ビショップの星沢 新太郎(ほしざわ しんたろう)ってもんだ」
「D3リーダーの西山 貴之(にしやま たかゆき)だ。だが、俺らもこのまま引き下がるわけにはいかない。またいつかバトルしてもらおう」
そう言い残し、3台のスープラは名古屋の街へ消えていった。
願うことは誰にでもできる。だが、手に入れることができるのはたった1台のマシンだけ。
<名古屋最速>
選ばれし者に与えられる最高の至宝。
夢幻の果て。それは頂点に立った者がたどり着く栄光と孤高の境地。ここで束の間の休息を取るのか、
それともまだ走りつづけるのか?
その答えはマシンだけが知っている。