第2部第17話
疲労困憊で燃え尽きた緒美は、京介の工場に戻って、Z32を預けて帰ることになった。
その帰り道、先ほど振りきったGTOのドライバーに家まで乗せてってもらうことに。
「大丈夫…? 顔色悪いわよ」
「少し…めまいが…」
「無理し過ぎね。30才越えのチームとやって、私とやって・・それは疲れるわよ」
このドライバーは神橋 洋子(かみはし ようこ)。普段は何をしているのかよくわからないが、気さくで人当たりが良い。
「それにしても、あの状態で永治君とやるなんて無理よ。…とりあえず、今日はゆっくり休んだ方が良いわ」
「面目ない…」
永治というのはあの赤いR34のドライバーだが、それはまた別の機会に話すことにしよう。
肩を貸してもらい、アパートの布団まで運んでもらった緒美。
「はい、おかゆ。それにしても若いのね」
「ありがとうございます…。今私は…23才ですね」
「そっか…私が23才の頃にはアメリカで、バスケットボールやってたからね。もし23才の頃にあなたぐらいのテクニック持ってたら、
今の人生ちょっとは違ってたかもね。…じゃ、お大事に」
それだけ言うと、すっくと立ち上がって洋子は玄関から出て行ってしまった。
(何か…少し寂しそうだった…気がする…)
翌日。すっかり体調も回復し、バイトを終えてから京介の元へ向かう。
「よう。紅の悪魔に振りきられたんだって?」
「え、ええ……。でも何故その事を?」
「君を送っていった後、洋子さんがこっちへ戻ってきたんだ。それで、君に振り切られた後に、永治さんのR34があんたのZ32を追っていくのを
見たって話だったから。多分今から首都高に行けば会えるんじゃねーか? あのR34の人、基本は湾岸線走ってるっていうから」
というわけで、Z32を返してもらい湾岸線へと出向く。東扇島からコースインすると…居た。
パッシングしてバトルスタート。
かなりR34は加速が良いが、負けじとスリップストリームで食らいついていく。
330キロを過ぎてようやく追い抜くことが出来たが、それでもしぶとく食らいついてくる。
(横羽線に行くよりは…横浜環状線に行った方が!)
バックミラーを見ると、まだR34は食らいついてきている。ここは1発、先の分岐で勝負を決めるために気を引き締める。
少しせこい手だが、横羽線へと続く左の分岐に行くと見せかけて減速。当然R34もついてくる。
しかし入る直前で右に進路変更!
焦ったR34は何とか右へ切り返すが、大オーバーステアからスピンを誘発。そして振りきって勝利した。
「はぁ…」
自己嫌悪に陥りかけるも、ぷるぷると頭を振ってその思いを打ち消す。
すると後ろからまた新たなパッシングの光。
(またR34?)
青いR34GT−Rがパッシングしてきた。断る理由はないのでバトルを受ける。
しかしこのR34も速い速い。赤いR34程ではないにしろ、ストレートの加速はZを上回る。
分岐を左に入り、上り勾配のあるストレートでパスされる。
しかしそのすぐ後に来る中速右コーナーへの突っ込みで、R34をインからパスし返す。
(R34とは思えない突っ込み勝負して、限られたスペースでアウトギリギリまできっちり寄せて、速いコーナリングしてる!)
R34をブロックしたまま左コーナーを抜け、分岐を右に行って一気に減速。
だがR34はここで良い突っ込みを見せ、地面に吸い付くかのようなグリップ走行でインから姿を見せる。
緒美も譲るまいとするが、立ち上がりで駆動方式の違いからオーバーテイクされる。
(これは一筋縄ではいかないわね…どこで抜く!?)
先行されたまま超高速右コーナーを抜け、高速S字コーナーへ飛び込む。
まずは右。テールが少し流れるが、それを逆に利用してアクセル全開のまま激しくバーンナウトしつつ、左コーナーへ。
幸い左コーナーには、イン側にS15シルビアが居たので、それを避けつつアウトいっぱいまでドリフト。
イン側についてしまったR34はそのシルビアを避けるため、少し減速。
ドリフトしつつスピードを乗せた緒美、ここの立ち上がりでR34をパスしていった。
(あまり長引かせるとまずいわね。この先で勝負を決める!)
踏ん切りをつけ、上り勾配の先にある高速右コーナーをグリップで駆け抜ける。
その先に待ちかまえるは、真由美が駄々滑りしていた、下りながらの高速右コーナー。幸いアザーカーは居ない。
ここの左側には合流があり、その先は当然車線が減少。
(タイヤももうあと少し…! 行くしかないでしょ!)
坂を登り切り、今度は下り。R34は突っ込みすぎないよう減速するが、緒美はアクセルオフだけで飛び込んでいく。
グイグイと音を立て、アクセルをコントロール。
そのまま合流地点終了まで幅をいっぱいに使うが、やはり少しスペースが足りずに左のリアをぶつけてしまう。
が、それも合流が終わったところにぶつけたので、クラッシュだけは免れた。
バックミラーを見るとR34はついてきてはいるが、だいぶこれによって離れる。
そのままアクセル全開で横浜環状、横羽線へと突き進んでいけば、バックミラーからR34が消え去っていった。
(多少の傷でも、勝てば官軍!)
が、やっぱりさっき、あの赤いR34をスピンさせたツケは回ってくるものだった。
「聞いてんのか? 一歩間違えば俺クラッシュしてたぞ!」
やっぱりあれは少し卑怯だったなと。目の前に立つコスプレ男から詰め寄られ涙目になる。
気の強い緒美ではあるが、やはり自分の非を認めるしかないようだ。
「す、すいませんでした永治さん! 私…どうしても勝ちたかったんです!」
この男は白井 永治(しらい えいじ)。昔から首都高を走っている生き字引のような存在だが、今回はお怒りのようだ。
だが、もう1つ別のエンジン音が聞こえてきたかと思うと、永治の勢いが止まった。
やってきたのは、さっきの青いR34GT−R。
そこから降りてきたのは、長めの黒髪が印象的な、長身のイケメン男だった。
「その辺にしておけ。さっきのスピンは俺も見ていた。コース内の事をコース外に持ち出すな」
「…令次? だ、だがコイツが俺をはめようとしたのは事実だろ」
この男は宝坂 令次(たからざか れいじ)。
「たとえそれが事実だったとしても、俺はその程度でスピンはしない。あんたのテク不足だ」
「くっ…わかったよ。4WDで同じ条件で…スピンするとは俺のミスかもな。だが、今度あったときはかならずぶっちぎってやる。覚悟してろよ」
それだけ言い残し、永治は赤いR34GT−Rで走り去っていった。
「大丈夫か?」
「あ、ありがとうございました。私は平気ですが、あなたは…」
「俺は大丈夫だ。が、ああいうやり方は2度としないほうがいい。君も走り屋なら、正々堂々と勝負するんだ。いいな?」
「…はい、すいませんでした」
「…そうだ。風の噂なんだが、阪神のほうで君を探している走り屋がいるらしい。インプレッサの走り屋だ」
インプレッサ? 何だかわからないが、行ってみるしかなさそうだ。
「俺も君に負けた。首都高最速の座は、君のものだ」
その言葉に緒美は息をのんだ。
「えっ?」
「俺も迅帝と呼ばれてはいる。走りこみもしているが、まだまだ俺より速い人もいたもんだ。上るべき階段ができたことはうれしい。
またいつか、バトルしよう。それじゃあ、またな」
令次も青のR34に乗って走り去る。緒美は呆然としていた。
(何だか、実感沸かないなぁ)
それはともかく、首都高トップの座を勝ち取った緒美は、また関西に行くことを決めた。
生き残ったモノが真実。それ以外は幻。この街では頂点に立った者だけが許される栄光の真実がある。
<首都高最速>の称号。