第2部第16話
こうして緒美の最後の挑戦が始まった。車高をもう少しだけ落として直線の安定性を稼ぐ。
コーナーでの踏ん張りがききにくくなるが、99%ストレートの湾岸線では、あまり気にすることでもないだろう。
パワーもさらに引き上げ、550馬力を発生させる。エアロはハデさを押さえた今のままで十分だ。
下手にGTウィングを付けると、返って空気抵抗が増してしまう。
ボディの補強もしっかり施し、重くすることによって安定感を増加させる。
軽くしすぎると高速域でコントロール不能になり、吹っ飛ぶ可能性だってある。
ギア比を調整し、5速で320キロまでまわるようにする。400キロなんて出せない。
というかそもそも出ない。
あまり最高速重視にすると、ミスをした時の加速勝負で一気に置いて行かれることだってある。
簡単そうで難しいのが湾岸線だ。
弘樹のRX−7を参考にしてみると、5速で330キロまでは出るようにしているらしい。しかし足回りがふらつき、
まだ納得のいくセッティングが出せていないために横羽線に移ったのだとか。
車は10日で仕上がった。その間は何度も湾岸線へ出て納得のいくまでセットアップを繰り返す。
弘樹を助手席に乗せてのアドバイスもあってか、少しずつではあるが動体視力も身に付いてきたようだ。
そしていよいよ、湾岸線でのバトルが始まる。まずは上りから。
ここは結構歴史の浅いチームが2つ。しかしどっちもリーダーはハイパワー車なのでレベルが高い。
コルベットとR33GT−Rらしい。
とりあえず大黒からスタートして、ひたすらそのチームのメンバーを倒していく。
途中のPAで休憩も忘れず、Z32を操って何日もかけて撃墜していく。
途中で1回、コルベットのチームのR34に負けてしまったが、再挑戦して奴が力尽きて勝利した。
5日後。湾岸線上りへと出向くと、2台から同時にパッシングされた。R33とコルベット。間違いない。
ハザードをつけてバトルに応じる。
が、コルベットの加速がやたら速い。R33はそうでもないが、引き離される。
しかしコルベットは加速重視のようだった。
300キロを超えた時点であっさりとパスし、残るはR33のみ。
R33も高速重視にしてきてはいたようだが、Z32の方が空力的に若干有利。
途中にある料金所跡地への突っ込み勝負で、アザーカーのS14にラインを塞がれてしまったR33をパスし、逃げ切った。
そのまま首都高を降りて結果を報告。
「大したもんだ。でも、湾岸線下りのチームはマジで速いって話だぜ。何でも30才越えの人しか居ないって言うチームが、めっちゃ速いらしい。気をつけろよ」
その言葉を胸に今度は湾岸線下り方面へと突撃。ロータリー車ばかりのチームと、
最近出来たという80スープラがリーダーのチームに出会った。
ロータリー車のチームはFCがリーダーなのであまり苦労はせず、スープラも速いことは速かったが
料金所の突っ込み勝負で横羽線でのバトルと同様、もたついたところをパスして逃げ切る。
…しかし、その後に何だか古い車にパッシングされた。音からするとハチロク…? でもシルエットが違う。
断る理由もないのでバトルを受ける。
でもあっさりとその車はバックミラーの彼方へと消えていった。
いったい何だったんだろう、と思いつつ、家へとそのまま帰ることにした。
だがおきまりのこの展開。
「あんなにあっさりと振りきられるとはなぁ。俺も墜ちたもんだ」
帰る途中でさっきの古い車にパッシングされる。もはやマンネリな展開だがどうしようもない。
「俺は渡辺 亮(わたなべ りょう)。噂の女ドライバーって君だろう?」
何でも聞くところによると、彼は15年近くこの場所を走っているベテランドライバー。
普段はサーキットで走っているプロレーサーなのだが、ゲンを担ぐためゾロ目の日に現れては、こうしてバトルをしているらしい。
「あの30才越えのチームは相当速い。といっても、俺も今年で36なんだけどな。ま、頑張れよ」
そう言い残し、彼は愛車のカローラに乗って去っていった。
本当、湾岸線にカローラとか、別の意味で基地外じみてる、としか思えない緒美であった。
しかも、彼が緒美を探していたドライバーらしい。
京介や亮の言う通り、30才越えのチームは速い。ハイパワー車に高度なチューニング。
1勝も出来ないので、最高速を330キロ出るようにしてみる。
すると何とかギリギリではあるが、勝つことが出来るようになった。アリストやコルベットを蹴散らし、ナンバー2のスープラにも勝利。
残りはリーダーのR34だけだ。
もうすぐでベイブリッジが見えてくる、という所でバトルを仕掛けられた。4WD相手に加速では負ける。
それだけではなく、最高速も速い。350キロは出てるのでは? と思う程。
しかしベイブリッジが近くにあったのが幸いした。横羽線方面へ向かうために
左の分岐に入るが、ここで一気に差をつめる緒美。
テールトゥーノーズに持ち込むために、次の回り込んでいく右コーナーもR34より速いスピードで駆け抜けて、そこの立ち上がりでパス。
その後はブロックしつつ、緩やかなコーナーをいくつか抜けてR34を引き離して勝利した。
もうさすがに疲れたので帰ろう…と思った矢先、何とパッシングされた。バックミラーに映っているのはGTO。
まさかこのGTOは…と思いつつ、とりあえずバトルを受ける。
加速が物凄いが、必死にブロック。幸い湾岸線はもう過ぎた。加えて道幅もこの区間は狭い。
横羽線へと続く、下りながらの高速右コーナーでGTOを引き離す。
だがここからGTOの怒濤の加速が始まった。バンパープッシュするような勢いで
テールにぴったりと張り付き、プレッシャーをかける。それでもGTOの車線変更はスムーズで丁寧だ。
(くっ!)
緒美の体力も気力ももう限界だ。Z32もオーバーヒート寸前。休憩も湾岸線以来取っていない。
それでもしっかりとハンドルを握り、横羽線を駆け上がっていく。緩やかなコーナーではバックミラーをひっくり返し、
プレッシャーから逃れようと必死だ。
(まだ…まだよ!)
汗で前髪が額に張り付き、掻き上げる。すると目の前に昭和島ジャンクションの目印になる急な右コーナーが見えてきた。
最後の力を振り絞って、ブレーキングから慣性ドリフト。
すり減ったタイヤはまともにグリップしないが、そこを気合いで押さえつつ、半目になりながらもコーナリング。
GTOもきっちり食らいついてくるはずだったのだが、緒美の120%の突っ込みにブレーキングが足りずにアンダーを出してしまう。
そのまま引き離し、緒美の勝利となった。
しかし…それはまだ序盤に過ぎなかった。後ろからまたパッシング。だがライトの色が変だ。
(あ…赤いライト?)
バックミラーを戻してみると、そこにはボンネットに角が生えた…R34?
(もう…勘弁して…)
仕方なくバトルを受けるが、もうオーバーヒート寸前の緒美とZ32はなすすべもなく振りきられ、敗北したのであった。