第2部第10話
大阪環状線よりストレートが長く、長方形型のオーバルコース。パワーのあるマシンが勝つ。ここに来るまでに
大阪のショップで100万を使ってパーツを買い、恵のガレージを借りてZ31をパワーアップした。
330馬力のパワーを絞り出している。
軽量化は安定性確保のためにあまりしておらず、代わりに足回りを強化して直進安定性を高める。フロントにグリップの
強いタイヤを履き、アンダーステアが出ないようにする工夫も施した。
そのまま4人は名古屋へとやって来た。
「大阪以上にストレートが長くて、道幅も広いな。ハチロクには不利だ」
「俺のインプレッサはパワーあまり出てないから、ちょっと辛いな。恵さんのシルビアの方が…」
「私のシルビアは最高速重視してますから、ここは走ってて気持ちいいですね」
とりあえずコースを覚える…といっても、周回コースなのでそこまで意気込んで走る程でもない。
だが、地元の走り屋と経験を積むために、緒美はバトルする。
さすがに大排気量の車種が多い。
Z31も3リッターはあるのだが、なかなかストレートではいい勝負ができないため最初は負けっぱなしだった。
そこでポイントとなるのが4つの隅にあるコーナー。
なるべくここの近くでバトルを仕掛け、コーナーへの突っ込み勝負で抜きそのままブロックして逃げ切る、という戦法で緒美は勝ちを収める。
ハチロクも同じくコーナーで勝負を仕掛け、竜介も緒美と同じ戦法で、恵は最高速で相手をぶち抜いていった。
その翌日も、そのまた翌日も…。
そうしているうちに、今居るチームの連中をほぼ全員を撃破することに成功した。
「ふう…あらかたここのチームも倒しましたよね?」
「そうだな。後残ってるのは2チームか。恵さんはまだ戻ってきてないのかな?」
「ああ。一休みして…さっきまた出て行ったな」
恵はまだ戻ってきていないようなので、とりあえず3人は、それぞれの車のエンジンをクールダウンさせる。
すると、噂をすれば影、と言わんばかりに恵のシルビアが戻ってきた。
「どうだった? まだ倒してないチームに会えたのか?」
「ええ…何か黒いアリストと、茶色のスープラと1対2のバトルになりまして。それで何とか振りきりました。でも、その人達が、ここのトップの人達だったみたいで…」
「本当か? だったら今の名古屋のトップは…ユウウツな天使ってことになるじゃないか」
そして間髪入れず、竜介がちらりと緒美を見た。緒美は無表情のまま。
そんな緒美を見て、竜介はこんな事を呟いた。
「何だ…緒美はトップに興味がないってのか?」
「え?」
「首都高、阪神と制覇してきて、名古屋のトップには立ちたくないのか?」
その言葉を聞いた緒美の顔色が変わる。
「あります。私は…この世界に入って、勝ちたいって気持ちが出来ました。なので…」
「だったら、今どうすればいいか、わかるだろ?」
緒美は竜介にそう言われ、今の名古屋のトップである恵とバトルすることに決めた。
「恵さん…私と決着をつけませんか?」
「はい、私もそう思っていました。あなたとの首都高での戦績は1勝1敗です。なので、ここで終わらせましょう」
「面白くなってきたな。普段の態度からは、全くやる気を見せない恵ちゃんが、今は静かに燃えてる」
コースは外周を1周。一番上まで行き、一番下まで行き、先に戻ってきた方の勝ちだ。山本のカウントで、バトルが始まる。
「カウント行くぜ!3,2,1,GO!」
恵先行、緒美後追いでPAからバトルが開始。首都高と同じように緒美はストレートで引き離されていく。
しかし前よりも引き離されることはなくなった。
やはりパワーアップと、強化した足回りの効果は大きい。
(たった1周しかないけど、タイヤはお互いにズルズルのはず。条件は同じ!)
(ここで勝たなかったら、私はこの先には進めない!)
アザーカーを避け、ストレートを矢のように突き進むシルビアとZ31。
目の前に迫ってくるのは右コーナー。
ここでの突っ込み勝負で一気に緒美が恵に食らいつくが、ストレートでまた少しずつ引き離されていく。
コーナーの進入で加重をしっかり前に乗せきれていないとアンダーが出る。
コーナリング中に不用意にアクセルを踏めばオーバーステア。アクセルコントロールも微調整が必要だ。
(少しずつ…でも焦ったら終わり! コーナーではこっちが速い!)
Z31はシルビアよりも重いはず。だがタイヤの摩耗度は若干シルビアが上回っていた。それは走り方の違いにあった。
恵はドリフトで駆け抜けるタイプだが、緒美はグリップ走行で堅実に走るタイプになってきている。
そのためごく僅かではあるが、まだタイヤは緒美の方がグリップが良い。
(まだ向こうのシルビアよりコーナーは速い! 後はストレートでどうするか…)
シルビアのテールがストレートではジリジリと離れていく。緒美は無意識のうちに、ぴったりと真後ろに張り付いた。
すると少しだけ加速がよくなった気がする。
そう、これがレースでも使われる「スリップストリーム」だ。
自転車で前屈みになるのと同じように、前の車を利用して自分の車の空気抵抗を減らす。
そうすることで加速力がアップして、追いつくとは行かないまでも引き離されるペースが遅くなる。
コーナーは後2つ。緒美はスリップから飛び出し、シルビアの右斜め後ろでブレーキング。
インをしっかり取り、ズルズルとアウトに流れていく恵を横目にここで前に出る。
しかしそこからの加速は、タイヤの差があろうがシルビアの方が上。
(まだ勝負は終わって無いわ…!)
後ろから抜きにかかってくる恵のシルビアを、緒美はしっかりブロックしたまま、勝負は最終コーナーへ。
(ここさえ押さえきれば、私の勝ち!)
(立ち上がり重視で抜けて、最後のストレートで抜く!)
シルビアは早めにブレーキングして、立ち上がり重視のコ−ナリング。緒美は突っ込み重視のコーナリング。
その後の加速で恵は追いつこうとした。だが!
「うっ!」
ここでまさかのアンダーステア。恵のシルビアはフロントタイヤもリアタイヤももうボロボロで、立ち上がり加速で勝負しようと思い、
焦ってアクセルを早く踏み込みすぎたことも、また敗因になってしまう。
何とか壁への激突は免れたが、失速してしまい時既に遅し。
いくらシルビアの加速が上回っていようが、もうゴールは目の前だった。
そのまま2台はスローダウンし、もう1周してPAへ戻っていった。
山下緒美、再び飯田 恵を下す!
「負けました…何を言っても言い訳になってしまうけど、あそこで私はコントロールできる自信があったんです。
でも…アンダーを出したのも、私の腕だった。私はそれを一番悔やんでます。
本当は近いうちにサーキットへ行こうと思ってたんですけど、戦ってみて、ちょっと気が変わりました。
まだ、私はやるべきことがあるんだなって。もう少しこの首都高サーキットで腕を磨いてから、本格的にサーキットへ行こうと思います。ありがとうございました」
夢を掴む者の影に、夢敗れて消え去る者がいる。昨日までの覇者が、一夜にして失墜する世界。
次のステージへのパスポートを手に入れ、勝者は新たな夢を見る。
首都高、阪神、名古屋…すべてのエリアを制覇したマシンのウワサは、瞬く間に全国を駆け巡った。
限界の向こうに見える、もう一つの限界。
何かを一つ得るたびに、何かを一つ失い、それでも手を伸ばさずにはいられない。
さらなる限界に挑むため、走り出した本能に安息の日はない。