第2部第9話
恵を倒し、その勢いで山本と恵と竜介が大阪の遠征についてくることに。移動で2日消費してしまったので、あと16日だ。
この大阪環状線はほとんどが直線。コーナーはあまりないループ状のコース。今の状態のZ31では厳しい。
しかし、ここで思わぬ事実が発覚する。
恵と流斗が、緒美の口座に勝利ボーナスを振り込んでいたのだ。その額2人合わせて何と100万。
当然もらえない、と断った緒美だったが、強引に差し出されて現在に至る。
さて、この100万円はどうするか。
緒美の出した結論は、このZ31をチューニングすることであった。
まずは大阪環状線へ向かう前に、恵の実家を4人で訪問してみる。
恵の家は両親が健在。ごく普通の一般的な家庭だった。母親によると恵は「あまり帰ってこない娘」と思っているらしい。
それは恵自身も理解していた。ちなみに恵みが車好きになった影響は、母親らしい。
更に、恵自身からキックボクシングの、プロライセンスを持っていることも打ち明けられ、学生時代から現在まで、何回も全日本大会に出場したこともあったとか。
だからシルビアを、あんなにきれいに走らせられるのか…と妙に納得してみたりもする。
一軒家の2階の恵の部屋は整頓されており、学生時代そのままらしい。そして、部屋にはサンドバッグが吊り下げられていた。
山本がそれに興味を示し、バシバシと叩いたりもした。
恵の実家を出発し、4人は大阪環状線へと向かうことになった。
シルビア、ハチロク、インプレッサ、Z31の4台で、流しながらどんなコースかを見極める。
恵が車に興味を持ったのは高校生からだったのだが、ここは走ったことがないらしい。
(ストレートが多い!)
(アップダウンも結構激しいな。比較的高速コースなのもハチロクには辛いな)
(スピードレンジが高い分、コーナーの進入には気をつけないとアウトだな)
(大阪城方面のコーナーでなら、シルビアでも勝負できるわね)
それぞれの思いをめぐらせ走った後は、、PAで休憩を取る。
「はい、先輩はコーヒー…山本さんはミルクティー…恵さんはサイダーですね。でも運動した後に炭酸って…」
「あ、私は大丈夫ですよ」
ちなみに緒美はオレンジジュースである。
そして飲み終えた後、ここでは誰が速いのか情報収集だ。
すると地元の走り屋から、こんな答えが返ってきた。
「ここは…前まではノーローザーっていう、ランエボの集団が幅を利かせてたんだけど…今はFD3Sの走り屋に全員負けたらしいんだよ」
「FDですか?」
何でも詳しく聞くと、この大阪では名前どおり負け知らずだった、しかも全員迷彩柄というカオス極まりないランエボの集団。
それがそのRX−7と結構いい勝負をしたまではよかったが、僅差で全員負けてしまったらしい。
その走り屋はもう少ししたら、ここに現れるはずだと走り屋は言う。
「どんな走り屋なんだろうな。FD3SのRX−7か…」
「Z31とバトルするには、ちょっとパワーの差がありすぎるかな」
その時。入り口の方から独特なエンジン音が聞こえてきた。
目をやるとそこには、赤いFD3SのRX−7!
「あいつかな?」
車庫入れをしたRX−7の元へ向かう4人組。
しかしRXー7から降りてきた人物を見て、緒美と竜介の目の色が変わった。
「あ…!」
「…何であんたらがここにいるんだ?」
「関西に行くっていってたが…ここの最速になったってのは、君だったのか…瑞穂」
FC3SからFD3Sに変えて、イメチェン度も満点だ、早瀬瑞穂。
「どうも初めまして。飯田です」
「山本だ…よろしく」
「へぇ…女2人男2人で、ここに乗り込んできた訳か。で、僕の噂を聞いて待ってた…そんな所かな?」
「その通りよ。でもこのお2人は…あなたも知ってるはずだけど?」
「え?」
緒美が指をさした方に目をやると、そこにはS15シルビアと赤のハチロクレビンが停まっていた。
「あれは…! …そうか、ローリングマスターとユウウツな天使か」
「ご名答。今日はただの付き添いだけどね。あなたのいう通り、私達はバトルをしに来た。誰でも良いわよ、あなたが選んで」
そう言われ、瑞穂は緒美を真っ先に指名した。
「そんなの、あんたに決まっているよ」
「私へのリベンジ、って訳?」
「そうだ。忘れてないだろうな、あの時のことを…」
「勿論よ。言っておくけど私も、Z31に車を変えたの」
「良いだろう。首都高での借りは、ここで返させてもらう。勝負はこのコースの外周1周。スタートは先に出ていいぞ」
「上等。車を並べなさい」
中ノ島PAの出口に向けて、瑞穂と緒美が縦1列に並ぶ。そのままPAから出て勝負だ。
(行くぜ)
本線に合流してアクセル全開。そのまま大阪城を左に見据えて走る。
(向こうに前に出られたら…負ける!)
先行逃げ切りを狙ってZ31を加速させるが、RX−7はぴったり食いついて離れない。
しばらく食いついていった後、RX−7はあっさりZ31を抜き去る。
クランクを抜けてストレートに入れば、パワーの差が出てRX−7が差を広げていった。
(負けるの…!?)
そしてストレートの後に待ちかまえているのは、湾岸線に続く分岐がある急な右コーナー。
ここでしっかりスピードを落として、RX−7をターンインさせる瑞穂。
それを見た緒美は、Z31の唯一の利点である排気量の大きさを活かし、RX−7に食いつくために突っ込み勝負。
ここで追いつかなければ逃げ切られてしまう。
(タイヤを全て使い切って! 何としてもあいつに追いつく!)
まだまだ荒削りではあるが、アクセルコントロールもだんだんと身に付いてきた緒美。
ミリ単位とまでは行かないが、それでも力を入れては抜きの繰り返しで、Z31を前、前にとに押し出す。
すると心なしか、RX−7との差が少しだけ縮まったように見えた。
(縮まったかもしれない! コーナーはこっちが速い!)
コーナーは後ちょっとだけ。そこまでに…!
そのころPAでは。
「緒美ちゃん大丈夫かな…時間的に、そろそろ戻ってくる頃だけど…」
「心配いらないさ」
「あら、竜介さん、随分余裕じゃないですか?」
その恵みの言葉に竜介はゆっくりと説明を始める。
「いくらパワーで勝っていても、そのパワーを路面に伝えるのはタイヤだ。軽い車が絶対有利、というわけではないが、
パワーのある車、しかもFR車でハードなプッシュを続ければ、リヤタイヤは必ずたれてくる。
そこを緒美がつけるかどうかが、勝負の分かれ目だろう」
その言葉通り、RX−7のタイヤはグリップ力が低下していた。先行になって逃げ切ろうとプッシュしていた瑞穂だったが、
プッシュしすぎてアンダーが出てしまう。
(くっ! アンダーか!)
S字コーナーでアンダーを出すRX−7。
その後は複合になっている右コーナー。そこでもまたアンダーを出す。
「滑る…何故だ!?」
苛立ちの余り、車内で叫ぶ瑞穂のマシンコントロールも、段々荒くなる。
その背後でだんだん追いついてきたZ31。RX−7がS字でアンダーを出しているのを見て、ここで一気に抜きにかかる。
S字コーナーをギリギリのスピードで駆け抜け、複合右コーナーでRX−7のインに突っ込む。
瑞穂が叫んでいた丁度その時、既に緒美は横に並んできていたのだ。
コーナリングでは圧倒的に有利なインのポジションを緒美はゲットし、そのまま緒美は前に出た。
(何故だ! 僕はマシンを変えたのに…! その速さは何なんだ!?)
PAに戻り、緒美は3人に勝利報告。
「やったじゃねーかよ!」
「つ、疲れました…私、今回は正直負けるかと…」
「何言ってるのよ。でも…長く休み取ったのに、関西は1日で終わっちゃったわね」
しかし緒美は首を横に振った。
「いえ、まだ名古屋が残っています。そこでトップになるまでは…戻れません」
「そうね。私も一応、ここ地元だし、ここの走り屋が負けたのは地元民としてショックだけどね。……あれ? ところであの瑞穂って人は?」
FD3Sに乗り換えた瑞穂は、いつの間にかいなくなっていた。
「早瀬さんなら…私とバトルした後、コソコソと湾岸線の方に消えていきましたけど…」
「そうか…」
のみ込むか、のみ込まれるか…それがこの街の掟。どんな強大な力も敗れた瞬間、「無」に墜ちる。
勝者の心に訪れる乾きが、次なるステージにエナジーを求める。