第2部第8話
緒美の新たなマシン探しが始まった。ロードスターを売った金、それに今までバトルで稼いだ金。
これらを合わせると100万とちょっとになる。
真美子や芝山のように群れずに走っている人々は、勝てば普通のライバルより手元に入る金が多いのも幸いした。
(雑誌見ても…あまり車に詳しくないんだよね。…メカとか車種とか竜介先輩に教えてもらって、最近身に付いてきた程度だけど、まだまだ…)
ぺらぺらと音を立てて、真美子からもらった雑誌をめくる。
すると、1台の車が目に入った。
(FD…? マツダのRX−7の、新しい奴だよね? 値段は…58万か。場所もここから近いし…明日の仕事終わったら行ってみるか)
雑誌の青のFDの写真に、赤ペンで印を付ける。
(明日は早いし、寝るか)
というわけで、今日はバトルの疲れもあるので、早々に布団に入った緒美だった。
翌日。バイトが終わりその中古車へ出向く緒美。しかし衝撃の事実が。
「あ、あの…この雑誌、2ヶ月前のですよ?」
「……」
どちくしょおおおおおおおおおおお! とまるで獣のように叫びながら、雑誌をゴミ箱に叩き込んだ。
しかしせっかく中古車屋まで来たので、良い車がないか物色を始める。
FDは売られてしまった後だったため、それに代わるマシン……と、思っていると。
「あ、この車…」
「こちらですか?」
緒美が発見したのは、ベージュと黒のZ31・日産フェアレディZ。2by2のターボだ。
「ええ…これは…40万…。じゃあこれ…下さい」
何と即決してしまった緒美。大丈夫なのか!?
大丈夫じゃなかった。本体価格40万と、諸経費と税金含めてもう少しかかったのに、
乗って帰る途中にいきなりタイヤバースト。
(えっ…)
そのままずるずると走り続け、ようやく1つの整備工場を発見。
これは助かった! とばかりにZを停め、中に駆け込んだ。
「あの、すいません!」
「はい…どうしました?」
中から姿を現したのは、黒髪に赤目が特徴的な男だった。白の汚れたつなぎを着ている。
「タイヤがパンクしちゃって…」
「あ、はい。どうぞ」
Z31を預け、緒美は工場を物色してみる。すると1台の古いマスタングを発見。
(これは…?)
すると緒美の様子に気がついたさっきの男が、声をかけてきた。
「それは俺の車だ。珍しいだろ?」
「あ、はい…見たことない車ですよね」
「そうだろ。マスタングのマッハ1。ところでお客さん。あのZ相当ひどかったぞ」
その言葉に素直に緒美は驚く。
「ひどいって…」
「まずエンジンはろくにメンテナンスされてないし、足回りもくたくただ。古い車だからって言う事以前の問題だな。
ちゃんとした店で買ったのか? これ」
「あ、いえ…FDを探しに行ったんですが、売れてしまっていて…代わりにこの車を」
「ちっ、しょうがねぇな。ところであんた、車は好きなのか?」
「あ…はい。最近までロードスターで首都高走ってて、パワーが足りなくなってきたから買い換えたんです」
「ロードスター…?」
その言葉に男は、はっとして顔を上げた。
「もしかして噂のロードスター使いの女って、君か?」
「多分そうだと思いますけど…あなたも首都高を?」
「いや、俺は2年前まで走ってた。白いカリスマって言うFD乗りとバトルして勝って…俺はそれを最後に首都高を引退したんだ」
緒美、2度目のびっくり。首都高の走り屋の1人から聞いたことがある。
「白いカリスマ」といえば昔、首都高のトップだった人物。
その人物に勝った…!?
「あ、あの…私は山下緒美って言います。あなたは…?」
「宝条 京介(ほうじょう きょうすけ)だ。今はここで整備士をやってる。ちなみにここのショップの店長も
昔、迅帝って奴とバトルして…今は負けたんで、アメリカに特訓に行ってるらしい」
「アメリカ…ね」
と、ここで京介からこんな質問が。
「そういえば、今は名古屋や阪神でもサーキットができたんだって?」
「ええ…一応そこも制覇しようかな、と思ってるんです」
その言葉を聞いた京介、少し考え込んだかと思うと、ポンと手を打ってこう言った。
「わかった。だったら車のチューニングは俺に任せておけ」
「え!? い、いえそんな! 私達初対面ですし!」
「君がどうしても制覇したいというのなら、俺は喜んで手を貸す。その代わりバトルに勝ってくれ。それが車をチューニングする条件だ」
結局その後は緒美が折れ、Z31のチューニングをこのショップでやってもらうことにした。
残っていた金40万ちょっと全てを渡し、やってもらったのはブレーキとサス、吸排気系の強化。
リミッターは元から解除されていたらしい。
加えてパンクしたタイヤも交換し、そのまま首都高の新環状線へ走りに行く。
まず変化に驚いたのはパワーだ。ロードスターやMR−Sとは比べものにならない。
コーナリングはその2台に全然劣るが、それでもストレートの伸びは驚異的だ。
(凄い…これがターボ車の力…)
そのまま新環状線をグルグルと流し、コーナリング性能も確認。その日はそれで帰路につく。
(明日からまた頑張ろう。残りの新環状のチーム、待ってなさいよ)
翌日からまた首都高へ出向く緒美。
さすがに湾岸線でパワー勝負を持ちかけられては、ぶっちぎられて負ける。しかしその後はなるべくコーナーの多い
有明などを選び、リベンジして勝利…といったことを繰り返していた。
そんなある日。あらかたこの新環状のチームを倒し、そろそろ帰ろうと思っていた
緒美のZ31の後ろから、青いパッシングの閃光が。
(大きい車ね…セダンかな? …ん? もしかしてこの車…アリスト?)
バックミラーに映るはワインレッドの161アリスト。
ドライバーは…。
(ブラッドハウンド…かな。アリストって車は雑誌で調べたから…多分そうかも)
断る理由はないので、ハザードをつけてバトルスタート。だがアリストの方が、やっぱりストレートは速い。
80スープラと同じ3リッターのエンジンを積み、280馬力を発生しているだけのことはある。
(速い!でもこの先は私の得意な環状線外回りの銀座線。そこで一気に食らいつく!)
銀座線の最初は急なダウンヒルなので、ここで少しだけ追いつく。でもまたすぐ引き離され、分離帯に突入。
しかしアリストのブレーキングは凄かった。重い車とは思えない程の突っ込みからフルブレーキ。
ややテールスライドしながらも2車線を一気に使い、分離帯区間を駆け抜ける。
(あそこまでブレーキ遅らせるの!?)
緒美も何とかアリストに食らいついてクリア。コーナリング速度はこっちが軽いために緒美の方が速かったが、
さっきのブレーキングを見せられて軽いパニック状態に陥っている。
(これは…でも、コーナーなら勝負できる!)
深呼吸をして落ち着きを取り戻し、アクセルを踏み込む。そのまま八重洲トンネルまでに食らいつき、勝負は汐留S字へ。
(悪いけどね…コーナーはこっちの方が速いんだよ!)
ブレーキングはアリストの方が奥まで突っ込んでいったが、立ち上がりで若干のふらつきがあった。そこを緒美は
しっかり捉え、立ち上がり重視で2個目の右をコーナリング。
そのまま立ち上がりで前に出て、勝負あり。アリストはスローダウンしていった。
そのままクールダウンがてら環状線外回りを流していると、今度は別の車にパッシングされた。
その車は白のS15シルビア。緊張も解けてきたのでバトルを受ける。
だが…このシルビア、さっきのアリストより加速が凄まじい。
(え…え!? あれ、2リッターでしょ!?)
恐ろしく速い。余裕なんか全くない。
しかもコーナリングも上手いこのシルビアに、緒美はなすすべもなくぶっちぎられた。
(そんな…)
戦意喪失したまま、Z31を走らせて近くの出口で下りる。
缶ジュースを買い、ちびちびと口に運んだ。
(あのシルビアも速かった…。アリストとはまた、別の…)
その時、遠くから重低音のエンジン音が。見るとさっきのアリストがこっちに向かってきていた。
そのアリストは緒美のZ31の横を通り過ぎ、道端に寄せて停車する。中から降りてきたのは男のドライバーだった。
「どうもこんばんは。さっきは俺のブレーキングをよくかわしたな」
「あ、はい、こんばんは。山下緒美っていいます。・・あれは凄かったですね。あそこまで突っ込むなんて驚きました」
事実、あのブレーキングには驚愕した。
「あ、俺は鈴木 流斗(すずき りゅうと)。ところで元気ないけど…どうしたの?」
「え…と…」
流斗に、謎の白いシルビアに振り切られてしまったと話す緒美。
そうすると流斗が意外な行動に出た。
「まだ走れるか? 首都高」
「ええ、私もZもまだ大丈夫です。タイヤもまだ…」
「…わかった。なら、コインパーキングに俺のアリスト停めて、あんたの助手席に乗ってリベンジしに行くぞ!」
「ええっ!?」
しかし流斗は、緒美が引き止める前にアリストで走り去っていこうとする。
慌てて緒美もジュースを飲み干し、その後を追った。
その後コインパーキングにアリストを停め、Z31のナビシートへ流斗が乗り込んだ。
「出会った場所に行って欲しいんだけど…どこで出会ったの?」
「環状線の外回りです」
「よし、なら行きましょう。あいつはまだ走ってるはず」
外回りを流している途中で、流斗にこんな事を聞いてみる。
「あの、流斗さん…サーティンデビルズって、流斗さんがいたチームなんですよね?」
「そうだけど…誰から聞いたんだ?」
「京介さんから聞きました。あの人はサーティンデビルズと、ゾディアックを全員倒した方だったんですね」
それを聞いた流斗は、ああ、と納得したように声を出した。
「京介は速かったよ。俺もバトルしたんだけど、あっさり負け…情けないね。サーティンデビルズは首都高で最強のチームだったんだけど、
京介に全員負けてからは、そのチームは結局解散した。そのあんたが振りきられたシルビアも、サーティンデビルズの1人だ」
さっきの白いシルビアもそうだったのか…。
と、その竜との言葉に反応するかのように、前方に白いS15シルビアを発見。
パッシングしてリベンジ開始だ。
「俺の指示通りにブレーキングするんだ。Z31はそこそこ軽いから、結構突っ込んでいけるはず」
スタートしたのは霞ヶ関トンネルから。そこから出口の下りながら進入する左コーナーへ。
「まだ…まだ…よし、3速に落とせ!」
流斗のいう通りターンしていくと、シルビアとの差が縮まっている!
「凄い…!」
「ぼやっとするな! 次は千代田トンネル出口の右カーブ。ここは上りながらだから…ここだ!」
今度はアウトいっぱいから進入し、上りながらの右なのでアンダーが出るより早めのブレーキ。向きを変えて立ち上がり重視のコーナリング。
すると立ち上がりで、突っ込みすぎたシルビアに並ぶ。
「良い調子だ。この先の連続高速コーナーで決めるぞ!」
タイヤとブレーキを考慮し、早めに抜き去る作戦だ。アクセル全開で2台はサイドバイサイド。幸いアザーカーはいない。
「後はイン側になった時に、一気に行っちまえ」
結果、自分がイン側になった右コーナーで抜いて、勝負ありとなった。
「やったな! 勝てたんだぜ緒美ちゃん、ユウウツな天使に!」
「え…ええ…! やりました!」
流斗のアドバイスのおかげとはいえ、何とかあのシルビアを打ち破った緒美。
そのまま流斗をアリストを停めたパーキングまで送っていく。
すると、バックミラーにさっきのシルビアがそのまま着いて来ていた。
「あ、あのシルビア、ついてきてますよ?」
「本当だ。だったら降りて話でもするか」
コインパーキングで一旦Z31を降り、流斗はアリストを取って近くの公園へ。
座り込む2人はまるでヤンキーみたいだなと思いつつ、シルビアから降りてきたドライバーを見る。
そのシルビアのドライバーは女だった。ピンクのロングヘアーに、黄緑の瞳が印象的だ。
「こんばんは…」
何か、やる気を全く感じないこの女。本当にさっきのシルビアと同一人物なのか。
「こ、こんばんは…。あの、このシルビア運転してたのって…」
「初めまして。飯田 恵(いいだ めぐみ)です。これは私の車ですね。あ…流斗さんも」
「久しぶり。紹介するぜ。この娘は山下緒美ちゃん」
「よろしく。それにしても…一旦振りきったはずなのに、その時とは打って変わって、さっきは速かったですよね」
「あ、あれは流斗さんにアドバイスを頂いたからでして…」
「俺のアドバイスもあるけど、運転は緒美ちゃん自身がやったことだからな」
「そうですか…私が負けたとなると…もうこのエリアに速い人は居ませんね」
ふう、と一旦置き、恵はこんな提案をする。
「どうですか? 大阪や名古屋の方に行ってみては?」
その言葉を聞いて緒美は思い出した。大阪や名古屋でも新たな勢力が出来ていると聞いたことがある。
「で、でも仕事がありますよ…私。ドーナツ屋のバイトですけど」
「あ…そうか…有給って、バイトでも雇用契約の中に入ってるはずだけど…何日くらい取れますか?」
「えーと…」
今までバイトは…何日か休んだことがある。
週3で入ってて…16の時から20の時までの4年程勤務しているから…。でも半年はたっていないか。だったら…。
「1年ごとに8日休みもらえて、3年分で…何日か休んだから…18日ってところですかね」
「18日…単純計算で9日ずつか…移動の帰還も含めると、飛行機とか使わないにしても…1週間ずつあれば何とかなるかも」
そんな勢い任せに決められても…と緒美は思ったが、さらに驚くべきことが。
「私の実家、大阪なんですよ」
「え?」
「そろそろ顔見せろって親がうるさいから、緒美ちゃんと一緒に行きましょうかね。ちなみに、このシルビアも大阪で買ったんです」
こうして女2人での、大遠征が始まろうとしていた。
俊明と竜介と京介にも3人で事情を説明。すると、何と竜介と俊明がついてくることになった。
「ユウウツな天使」の敗北。首都高の混沌はさらに深まり、拡大していく。新たなるステージ。増殖するライバル。
1度目覚めてしまった本能は、すべてを征服し尽くすまで眠らない。