第2部第1話
京介が引退して2年後。
サーティーンデビルズとそのトップ「迅帝」が敗れたことで、首都高の走り屋達は弱体化していった。
それに伴い、阪神、名古屋でも新たなサーキットが出来、勢力が生まれて行った。
ここは都内のドーナツ屋。ここに1人の女が勤務していた。
「いらっしゃいませー」
金色の瞳が印象的なこの女の名前は、山下 緒美(やました つぐみ)。
最近は暇な毎日に飽き飽きしている20歳の社会人。しばらくして仕事も終わり、今日もこれから帰宅だ。
「お疲れ様でした…」
友人はそこそこ、仕事も別に不満はない。
だが心のどこかにぽっかりと穴が空いている。正直、何か面白いことがやりたいと思っている。しかし、今日もそんなものは見つからず。
また明日から平凡な毎日が続くかと思うとゾッとするのだ。
そんなある日、緒美は仕事が終わってから先輩の家へ遊びに行くことに。
「どうもお疲れ様です、先輩!」
「おう。今日は良いところへ連れて行ってやるから」
この先輩、野上 竜介(のがみ りゅうすけ)は緒美より8歳年上の、28歳のプロドライバー。
つい最近まで緒美のドーナツ屋でアルバイトをしていたのだ。
「じゃあ、とりあえず車乗って」
「はい」
緒美は竜介の車、GC8スバルインプレッサ(4ドア)に乗り込んだ。
「竜介先輩、どこまで行くんですか?」
緒美は少々の不安を感じていた。外の景色は街からどんどん遠ざかり、山道へ突き進んでいる。
「ん? 良いとこ」
やっぱり不安だ。でも引き返せない。
「大丈夫だ。別に捕って喰おうとは思っちゃいねーぞ」
(いや、別にあなたタイプじゃないし)
心の中でキッパリ否定しつつ、更に街から離れていく景色を見つめるのであった。
そして数分後。
「ここ…は?」
連れて来られたのは箱根の山道の頂上。ここで何をしようというのか。
「ああ。これから良いことをしようとな、連れて来たわけだ」
良いこと? 緒美の頭に何個も「?」マークが浮かぶ。
「あ…あの先輩、良いことって?」
「いいから。お楽しみはこれからだ」
竜介はそう言い、インプレッサを発車させる。そうして今しがた上って来たばかりの山道を駆け下っていく。それも、猛スピードで。
「ち…ちょっと先輩!?」
「しっかり掴まって口閉じてろ。舌噛むぞ!」
目の前に迫ってくる連続カーブを凄いスピードで駆け抜けて行くインプレッサ。
(す…ごい! 何これ!?)
初めての感覚。
さらに連続カーブが迫ってくるが、不思議なことに怖いとは思わない。
外を見れば目が眩むような、凄い勢いで後ろに吹っ飛んでいく景色!
「もうすぐ麓だ。…怖かったか?」
「いいえ、全然怖くなかったです。何だか不思議な感覚でした!」
「そ、そうか? 俺のナビシートに乗った奴は大抵怖がるが、緒美は不思議だな」
そう言われても、怖いとは感じなかった緒美。それと同時に何か胸がドキドキしている。
「さぁ、もう一度上へ行くか?」
「よろしくお願いします!」
その後、この日は午前2時まで何本も何本も箱根の山道を上から下まで往復していた。
(見つけた…私がやりたいこと!)
竜介に誘われて箱根の峠に誘われた翌日から、緒美は教習所に通い始めた。
緒美は実は免許をもっておらず、今日から取りに行くことにしたのだ。
(待ってなさいよ、車!)
心の中で呟き、緒美は目の前にそびえ立つ教習所の建物に向かって歩き出した。